神の顕現(5)
男神様と女神様の言い争いに口を出せるわけもなく、わたしはできるだけ身体を小さくして気配を消そうと試みた。男神様の腕はがっちりとわたしの腰を掴んでいるので、その試みは失敗しているのだろうけれど。
先ほどの男神様の言葉から考えると、この場所は男神様の御所だということになる。神様の御所だなんて……改めて、わたしはとんでもない場所にいるんだ。
「疾く失せろ」
「お主がその者を元の世に戻してからならば」
このまま女神様が男神様を丸め込んでくれたら、わたしは元の世界に戻れるかもしれない。けれどそう簡単にいくのだろうか。現に二柱の力は膨張していて、この力が暴発でもしたらわたしなんて散り散りになってしまいそうである。
びくびくしながらユイナート様の姿をした男神様の様子を伺う。彼の紅い瞳には光がなく、どんどんと闇に呑まれているようにも見えた。どうして彼がユイナート様の姿をしているかはずっと気になるけれど、聞けるような雰囲気ではない。
その時、彼は少しだけ目線を下げてわたしを見た。目が合った瞬間に、わたしは彼の瞳から目が離せなくなった。怖いけれど、なんだか悲しくなってくる。どうしてだろう。ユイナート様の目から光がなくなると、彼のような姿になってしまうのかもしれないと考えてしまったからだろうか。
「——汝は」
彼は何かを言おうとしたが、その続きは聞けなかった。その理由は、この一帯が突然大きく揺れたからだ。
体幹のないわたしは、この揺れに耐えることができない。咄嗟に、男神様の身体にもたれかかることになってしまった。彼の身体はびくともしていない。髪の毛一本すら揺れていないので、やはり彼は人ではないのだとこんな時に実感した。
「貴様の差し金か?」
男神様はぎろりと女神様だと思われる光に目を向ける。しかしそこにあった光は消えていた。どうやら、女神様はお姿を消したようだ。この揺れと何か関係があるのだろうか。
「——煩わしい」
吐き捨てるように男神様はそう言って、わたしの頭に手を置いた。まさか、殺される!?
しかしそのような恐ろしいことは起こらなかった。彼はわたしの髪をなぞるように手を滑らせると、そのまま立ち上がる。彼が何をするのかと思い顔を上げると、その時にはもう彼の姿はなかった。女神様と同様、忽然とお姿が消えたのだ。
何が起こったのか分からない。さっきの大きな揺れは神々の力によるものではないということだろうか。
わたしが呆然としていると、目の前の空間が大きく歪んだように見えた。虚空に扉のようなもの現れたのだ。
「…………?」
食い入るようにその扉を見つめていると、裂け目の向こうから空間を力任せに抉じ開けるような衝撃が走った。次の瞬間、爆圧と共に一人の……否、二人の人影がその光の穴から飛び出してきた。
「「シェルミカ!!」」
聞き覚えしかない声。空間を裂いて現れたのは、銀髪紅目の美青年と白髪紅目の美青年だった。彼らの姿を見た時、わたしは相当間抜けな顔をしていただろう。
「無事ですか、シェルミカ! 何もされていないですか? 気分は悪くありませんか?」
銀髪紅目の青年……ユイナート様だと思われる方は、すぐさまわたしの元に駆け寄り、わたしを抱き起してくださった。このユイナート様は、本物のユイナート様だろうか。幻ではないだろうか。
「え……あの。ユイナート様、ですか?」
「ええ。僕はユイナートです。もしやまた、記憶が曖昧になってしまったのですか……? この男のことは分かりますか? 忘れていても都合は良いですけど」
間違いない。この人はユイナート様だ。彼はにこりと美麗な微笑みを浮かべ、わたしの腰に手を回している。
彼に指を向けられた白髪紅目の青年は、苦い顔をして首を振った。そしてわたしを見て、にこりと笑みを浮かべる。
「シェルミカが僕のことを忘れるわけないじゃん。ね、シェルミカ」
間違いない。この人はセシリオ様だ。ユイナート様とセシリオ様が、わたしを助けに来てくださったのだ。
「はい、セシリオ様。助けに来てくださって、ありがとうございます」
わたしは彼らに頭を下げる。どのように彼らがこの場所に辿り着いたのかといったことは気になるけれど、彼らが来てくださらなかったらわたしは大変なことになっていただろうし、命を救われたようなものである。わたしは何度彼らに命を救われたら満足するのだろう。
深々と頭を下げていると、くいと髪を引かれたような感覚がした。……違う。引っ張られたのではなく、ユイナート様がわたしの髪を梳いているのだ。
「幼き頃の貴女も可愛かったですが、やはり今の貴女の方が僕の好みです。久しく見ると、愛おしさが募るものですね」
「え……?」
「口説くな。……この場所にいると、気分が悪くなる。早く帰ろう」
ユイナート様にすごいことを言われた気がする。しかしセシリオ様が不機嫌そうにわたしとユイナート様を引き剥がそうとしたため、深入りすることはできなかった。




