神の顕現(3)
息を整えながら身体を起こした。銀髪紅目の青年は、立ったままわたしをじっと見下ろしている。その目からは、何の感情も読み取れない。
「あなたは……誰ですか?」
声が震えないようにしたかったけれど、無理だった。弱々しい声しか出ない。喉が絞められていたからという理由だけではないだろう。目の前の彼から漏れ出る気配が、わたしを頭の上から押さえつけているのだ。
彼は、人間ではない。それはすぐに分かった。黒様が助けてくださった時に聞いた話では、実体を持たない影の一つが男神様の力によって、わたしの記憶を読み取り姿を模倣していたということだったけれど……このユイナート様も、影なのだろうか。
でも、さっきとは違って、この人物からは妙な気配がする。瞬きを一切しておらず、呼吸もしていないように見えるので人間らしさがないけれど、ただの影とは少し違う気がするのだ。
彼はただ、何も言わずにわたしを見下ろしている。普段は柔らかな笑みを浮かべているユイナート様が感情を消していると、非人間的な美しさが際立っていて恐ろしさを感じるほどだ。
「ユイナート様」
彼の反応を見るためにも、小さく呟いてみた。すると、初めて彼が顔を動かした。感情が一切籠っていない、冷たい視線がわたしの目を真っ直ぐに見据える。その視線に射抜かれると、喉の奥が締まって声が出なくなった。
怖い。身体の芯が震えていて、気を抜いたら意識すらもなくなってしまいそうだ。
そのままびくびくして彼の視線に耐えていると、彼は僅かに首を傾けて、ゆっくりと膝を折った。高い位置にあった紅い瞳がすぐそばに寄り、息が詰まる。
「——汝が望むものは?」
低く、冷酷な声。彼の指がわたしに頬に向けて伸ばされる。何かされると思ったわたしは、恐怖を和らげようと目を閉じた。
しかし、何もされることはなかった。頬に優しい感触があっただけ。これは……手のひらが、添えられているのだろうか。
「汝は愛いな」
彼の目的が分からずに動揺していると、もっと訳がわからない言葉が聞こえてきた。思わず目を開けて、彼の顔をまじまじと見つめてしまう。すぐに耐え切れずに目を逸らしてしまったが、間違いなく彼の手がわたしの頬に添えられているようだ。彼はわたしを害するつもりがないのだろうか。
「あ、あなた、は……」
「余は汝の半身。汝は余のものである」
「え……?」
その言葉に、わたしの中にはある可能性が浮かんできた。だけど……そんなことあり得るのだろうか。
わたしが考えたことというのは、ユイナート様の姿をしたこの人が、男神様だという可能性である。確証を持つためにも、一か八か直接訪ねてみることにした。
「あの。あなた様は……男神様、ですか」
「——」
彼はわたしの目を見つめる。わたしのすべてを見透かすような視線に、身体が強張ってしまう。ユイナート様と同じ色の瞳なのに、冷たく、暗い。
身体が震える。彼が目の前にいるだけで、怖いと思うよりも先に身体が震えてしまうのだ。これは、本能が恐ろしいと叫んでいるからなのだろうか。逆らってはいけない。わたしのような軟弱な者では相手にもならない。彼は畏怖すべき御方だと、わたし自身が気づかない間にも理解しているのかもしれない。
「——余は世界の均衡を司る者。されど、本体は別である」
わたしの問いには答えてもらえないと思ったけれど、答えが返ってきた。
世界の均衡を司る。そのような力を持つのは、神々しかいない。やはり、彼は神様なのだ。
本体が別にあるというのは、ここにいるユイナート様の姿をした男神様は、男神様ではあるけれど男神様の完全体ではない、ということだろうか。……駄目だ、頭が全然働かない。自分でも、何を考えているのか分からなくなってくる。
どうして、男神様はユイナート様の姿をしているのか。どうして、わたしを欲しいと思っていらっしゃるのか。聞きたいことは山ほどあるけれど、神様に対して質問攻めすることは流石にできない。それに、彼の地雷を踏んでしまったらわたしなんて一瞬で消されてしまうだろう。慎重に言葉を選ばないと。




