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神の顕現(2)


 暗闇の中、ただただ前に足を動かす。前に進めているのかすら分からなくなるほど真っ暗で恐怖が湧き出てくるけれど、止まることはできない。


 しばらくすると、微かに光が見えてきた。出口だろうか。そう願いながら、光の場所をめがけて走る。

 そして、眩しい光の中に勢いよく飛び込んだ。あまりの眩しさに、目を細めながら周囲を見渡す。わたしが閉じ込められていた場所よりも遥かに広い。


 こんなにも眩しい理由はすぐに分かった。この辺り一帯が、真っ白だからだ。白い壁、白い柱、そして白い像。

 足音が反響する廊下を歩く。ここは教会なのだろうか。幼い頃のわたしが過ごしていたという教会と造りが似ている。しかし、並べられている像は、一般的な女神像とは異なるようだ。女神様ではないとしたら、男神様だという考えが浮かぶ。


 ……もしかしたらここは、男神様を祀る教会なのかもしれない。それなら、ここにいるのは危ないのだろうか。


 そう思ったけれど、他に行く場所はない。どこまでも続きそうな廊下を足早に歩いていると、段々身体が重くなってきた。力を貸してくれていた影が離れてしまったのだろうか。ここで倒れたら、せっかく逃げ出せたのにすぐ捕まってしまう。


 息が切れる。これは体力の問題もあるだろう。普段から全く運動をしてきていないわたしは、軽く走っただけで息が切れるほどに体力がない。

 ふらふらと視界が揺れてきた。身体が重い。頭が揺れる。壁伝いならなんとか立っていられるけれど、これ以上動くことはできなさそうだ。どうしよう。動けないからと、このままでいるわけにはいかない。


 どこかに隠れられる場所がないか探していると、白い空間の中に、一か所だけ暗い場所があった。あれは……影、だろうか。

 影に触れたら、再び力が入るかもしれない。そう思い、柱に身体をぶつけながらなんとかしてその場所に向かった。倒れ込むようにしゃがんで、そっと影に手を伸ばす。


 その瞬間。影が独りでに動き出し、わたしの腕に絡みついた。その絡みつく力が、さっきとは大きく違う。わたしの腕を潰さんばかりの力だ。気が付いたら、わたしの全身にその影が纏わりついていた。


「……っ、やだ……!」


 必死に影を振りほどこうとするが、わたしの手は宙を切るだけ。影はわたしの足を固定し、首にも絡みついてきた。


 息ができない。苦しい。それに、この影からは……強い、憎しみを感じる。


「ぁ……」


 なんだろう。よく分からないけれど、この影はわたしをただ単に吞み込もうとしているわけではないように思える。まるで、わたしを取り込もうとしているかのように……わたしを、乗っ取ろうとしているかのように思えるのだ。


「——許さない」


 声が聞こえる。影から聞こえてきているようだ。意識が朦朧としているから、頭の中で誰かが囁いているかのようにも聞こえてくる。


「——許さない」


 強い憎しみ。そして、わたしへの殺気。わたしが何か、誰かに酷いことをしてしまったのだろうか。わたしが気づかないうちに、誰かを傷つけていたのだろうか。心当たりを考える力も、今のわたしには残っていない。


 吞み込まれる。取り込まれる。抵抗したくても、身体の自由が利かない。

 わたしはこのまま死ぬのだろうか。知らない場所で、一人で死ぬのだろうか。


「……ゃ、だ」


 嫌だ。わたしにはまだやるべきことがある。やりたいことがある。ユイナート様の本心をお聞きして、セシリオ様の心を癒して、シェンド様に沢山お礼を言って、トア様やカイト様に久しぶりにお会いして、ミハイル様から幼い頃のユイナート様たちのことを聞いて、ニーナ様たちに刺繍を教えてもらって、白様の本当のお名前を聞いて、おじ様やおば様に事情を説明して謝って、カナちゃんにドレスを返してお喋りして……。


 もっともっとやりたいことはある。だからわたしは、死にたくない。


「ぅ……」


 首元の影を剥がそうとするが、影には実体がなくて触れることができない。そういえばユイナート様は、攻撃してきた影を凍らせていらっしゃった気がする。ああ、わたしも魔法が使えたら良かったのに。神様の力が、操れたら良かったのに。


 視界が歪む。苦しさからの涙か、それ以外の涙かは分からなかった。

 そして、意識が暗い闇の中に沈む……まさに、その時だった。


『——失せよ』


 声が、響いた。

 その声が聞こえた直後、わたしに絡みついていたすべての影が消滅した。いきなり開放されたわたしの身体は地面に叩きつけられる。

 わたしは何度も何度も呼吸をしながら、顔を上げた。わたしを助けてくれた人物は、目の前に立っていた。


 月の光を閉じ込めたような銀色の髪。美しく、宝石のような紅い瞳。黄金比の顔立ちで、神の手で直接造られたかのように完璧な見た目からは、ユイナート様だと断言できる。


 ……それでも、彼が彼ではないことは、もう分ってしまった。

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