機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その九 真実
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(カノン、耳の長い人型種族がトイレが攻撃してきたとか言ってくる。どうすればいい。確かめてみたが本当に水で攻撃してくるみたいだ。罠か?)
(お客様の話に全て耳を貸して、説明不足を謝罪したうえでそれがウォシュレットであることを説明しなさい。……ウォシュレットについては今説明を頭に送ります。もし服が汚れていたらゴリラにコンタクトを)
バロンから響くコンプレイン対応についての念話に応えながらワタシは応接室へ向かった。今日一日が決定的になってしまった場所。簀巻きにした三名もここに連行した。
「やや、お待たせいたしましたかな? カノンちゃん」
空間をこじ開けて支配人が現われる。二メートル超の体格。四本の腕を組んで、真っ白で表情のない仮面がワタシたちを覗く。蠢く触手。支配人の六感は全てそこにある。
「お客様の一人を暗殺しようとして捕まったものの脱出を図った方と、おそらく照明施設を一時的に使い物にならなくしたうえにパーティ会場のガラスを破壊した二名です」
結果的にとはいえ三人はディナーの食材を逃がすという行為もしでかしています。我々ホテルマンの警戒不足も覆いにありましたがまた脱走されても困るので手っ取り早く処理を行うためには支配人の許可が必要です。
「ふぅむ。パーティが中止にならなかったのが一番だ。この小さな世界を維持するためには感情の力がいる。電気や魔力も勿論だけどね」
素っ頓狂な声で支配人は一人頷く。それから品定めするみたいに三人を触手で足の隅から頭の天辺まで見回した。
「死にたくない。私はまだなにもしてない……」
勇者が泣きそうな声で呟いた。彼女がどういった経緯で魔王を殺そうとしたかまでは分からないけれど、耳にして心地良い声ではなかった。生憎ワタシにはそういう趣味はない。けど、けれど。支配人は違う。
「死にたくないか。そうか。けど死ぬ人は大抵皆、救われたいって思うらしいね」
――――彼は性格が悪い。ワタシと勇者にだけ聞こえる声で飄々とした態度で絶望に叩き落とすようなことを言ってのける。
勇者は目を見開いた。開き直ったような笑みを浮かべる。瞳はとっくに乾いているようで涙こそ流さなかったけど、彼女は既に何もかもを諦めていた。支配人の対峙してしまうと、わずかに揺れていた尻尾も動きを無くす。
「……まぁ冗談さ。君の処理についてはバロン・フォールズに一任するよ。実はさっき念話で交渉されてね。君の才能を使いたいらしい。こんな天才に居場所がないなんて世界の恥だってさ」
カッと勇者の顔が少女じみていくのがわかった。ピョコピョコとさっきまで微動だにしなかったくせに尻尾が揺れ動く。……わかりやすいです。にしてもワタシに何も告げずにそんなことを言っていたのですか。そうですか。まぁ構いませんが。ワタシについてもう少し感謝を述べても良い気がしますが。
「そこの二人に関しては……うん! 損害分働いてもらおうかな?」
シュトラとユリシスを指差して支配人がとんでもない提案をしてくれた。この二人を……ここで働かせる? あり得ない。彼らだってそう思ってるはずだ。虚を突かれたみたいに唖然としてる。
「お言葉ですが支配人。ホテルはワタシ達とバロンがいれば十分です。こんないい歳して享楽で物品を盗むような輩は必要ありません」
「まぁ仕事があんまりにも成り立たなかったらクビにすればいいさ。けどカノンちゃん、君達が先輩役としてサポートしてくれたら出来ると信じての発言だったんだけどなぁ」
支配人がワタシに信頼を――――そうです。できます。ええ、簡単なことです。彼ら二人の腐った性根を調教してホテルマンの『ン』の字程度にすることぐらい。
実際バロン・フォールズはワタシが育てたようなものです。敬語もやる気もない不良をよくここまで育てたと我ながら感心します。人の言おうとしたことを先に言ったり、一ミリも合ってなかった推理をドヤ顔で語る。……ワタシも少しばかり本気を出しましたが見世物で本当に破壊しようとしてくる。
(まだ問題は多いですね。今思い出してみれば推理も頓珍漢です)
(なんか言ったかカノン)
(いえ、なんでも)
誤って念話にしてしまいました。とにかく信用してもらっているなら仕方ありません。苦労は増えるでしょうがこのカノン。十を任されたら百を熟すことができます。しなければなりません。人手不足は事実ですし。
「分かりましたやります。支配人、そのうえでワタシ達がいればこのホテルはどんな問題でも乗り越えられることを証明してみせましょう」
「達か。いいね。今朝よりも頼もしく見えるよ。それじゃあ明日から頼んだよ」
「待て待て待て! ここで何かやらかしたら元の世界に追放されるだけじゃあなかったのかね!?」
「そうよ! 怪盗がせこせこホテルで働くなんて聞いたことないわ!」
外野がガヤガヤと喧しいです。特に褐色肌のまだ幼い少女のほうは必死でした。簀巻きにされながら魚みたいにぴょんぴょんと活きの良い跳ね方をします。捕まるのが悪いんじゃないですか。
「仕方ない。ちゃんと働いたらルナティックストーンもあげるように交渉するつもりだったけど、元の世界に戻りたいなら第五世界の警察にきちんと身柄を届けて――――」
「わーわー!! やります! 働きたいなぁ!?」
「そうね! シュトラフがそういうなら私も身を粉にして呪術を活用したいな!?」
声で支配人の話をぶった切って怪盗二名は強く頷く。念話で何か話し合っているみたいですが、あらかた隙を観て脱出するつもりでしょう。空間転移が使えないようにあとでしっかり魔術処理を行いましょうか。
「それじゃあ後の処理は任せたよ」
「待ってください。支配人。一つだけ聞きたいことが」
空間の狭間に行こうとした彼を慌てて呼び止める。わざわざワタシが連行しに行ったのも用件があったからだ。聞かなくてはならない。ずっと違和感があった。バロン・フォールズも似たような感覚があったかもしれないが、彼は間違っても口に出来ない。だからワタシが。
「本当に爆破予告はあったのですか? なぜワタシ達ではなく、先に彼が知っていたのですか?」
支配人は足を止めた。触手がゆっくりとワタシを覗く。しばらく答えに悩んでいたみたいだったが、数秒の沈黙をおいて呆気からんとした声でワタシに問い返した。
「バロン・フォールズの様子はどんな感じだったかい?」
この質問は二度目だった。一度目は……そうだ。ビッグファザーがフロントに立ち寄ったときに訊かれた。そのときも、今もワタシは彼がどうだったか確信がもてない。
「……今日はあまり接客対応をさせられませんでした。しかし、まかないの昼食を食べたとき。勇者を殺さずに鎮圧したとき。催しで拍手を受け取ったとき――――誇りに思えて、嬉しくあって……欲しいです。彼の世界はあまりに酷ですから」
「そういうことさ」
支配人は一言だけ言い残してワタシの前から見えなくなってしまいました。……そういうこと。どういうことなのでしょうか。考えてもエラーばかりで、人間的に言うなら。
「……胸が痛い」
ワタシは機械だから。痛みなんてわからないのですがね。




