機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その九 ホテルの仕事
【機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その九】
暴れ出した怪盗カップル二人は駆け付けたバーサーカー、天照、クラーゲンの協力もあって五分も経たないうちに鎮圧された。何もない場所からカードを出したり小賢しい罠を一瞬で仕掛けたりと厄介だったが、身体能力自体は勇者と比べたら蚊みたいなもんだった。
「……このホテルは魔境かね? 警戒心の欠片もないものだから容易だと……ああ、馬鹿だった。初めてしくじってしまったよ」
「アハ! シュトラフと一緒に縛っちゃうなんて……! 盗みが失敗して良かったかも」
反省の『は』の字だってない怪盗二人をワイヤーでまとめて縛って真っ赤な絨毯に転がした。スポットライトを当てていた金銀の照明ももはや通常稼働だ。同じく縛られ仲間の勇者が呆れたように苦い表情を浮かべていた。赤竜の尾が微動だにもしない。
「嗚呼……。君は本当にホテルマンかね? せっかく縛られてからの脱出劇も披露したかったというのに……この縛り方では逃げられない」
シュトラフは、この油断ならない髭面は縛られる際に手の甲を上向きにしていた。その状態で縛っても手の甲を横向きにすれば隙間が空いて逃げられるのだ。知らずに縛りかけていたバーサーカーを俺が止めた。
「参考までに教えてくれ。他に俺がホテルマンじゃないと思った理由はあるか?」
「人の台詞を真似ないでほしいものだな。ふむ、して理由か。私たちが初めて顔を合わせたときのことを思い出したらどうかね」
拗ねる様に吐き捨てて、彼はそのままそっぽを向いてしまった。だが変身の呪術はもう解いてくれたおかげでお客様は全て本来の……人型からやや魑魅魍魎まで元通りだ。同じ顔が何人もいるよりは健全に見える。
「あのお二人が逢うまでに間に合っていればいいのですが……こればかりは確認しようがありませんね」
カノンが不安げに呟く。三人を縛り付けたワイヤーを一纏めにしながら。ある種のお祭り状態だった騒ぎが落ち着いてくると、本来のパーティが中断されていたことが露わになり始めて、心なしかざわついてくる。
場の雰囲気が消えて今の状況を口々に囁くような声。そして動き。様々な方法で。異界の種族ですら情報のやり取りの方法というのは共通点がある。
戦闘でわずかに乱れた衣服を正した。皺を伸ばし鼻で息を吸う。口で吐く。筋肉が緊張したままでは警戒されてしまう。できる限りリラックスして、しかし注意を払う。俺は深く一礼をした。
「犯人逮捕にご協力くださり誠にありがとうございました。しかし異界の宵はいまだ長く、引き続き当ホテルの創立記念パーティを続けたいと思います。料理のほうもちょうどよくメインディッシュが仕上がりました。ぜひお楽しみください」
畏まって、思いついたことをそのまま口にする。小さな拍手やら羽音やらが会場に広がって、お客様方は再び自由に動き始めた。怪盗を捕まえるために来てくれた二人と一体が落ち着いて給仕や質問に応じていく。
「バロン、ワタシは彼らを支配人の下に連行します。パーティの進行を任せても?」
「了解。それに偉大なる父も、俺がここまで反逆行為をしておきながら中途半端に職務を終えることを赦さないはずだ。きちんとやりきってみせるさ」
この世界にきてそろそろ半日を超えただろうか。結局、爆破予告犯の痕跡だと思ったものは全て別問題で調査は生憎ふりだしだ。意気揚々と推理していた俺を処刑したい。
「あなたは行動を予測する才能と観察眼はあります。お客様ですら気づかない配慮をし続ければ。きっとその意思は伝わるでしょう。あとは……人間性がどうにかなれば」
「機械に人間性についてとやかく言われたくはないな。特にカノン。あんたにはだ」
彼女は性格が悪い。プログラムによってつくられたのだから仕方ないと言えばそれまでだが俺が困惑するのを面白がるし、思い出してみれば最初もパワハラ紛いの苦行を強いられた気がする。
「ようやくホテルらしい……なんて言い方は好きではありませんが、そうした仕事をさせられますね。給仕とコンツェルジュ。どちらも繊細な仕事です。お客様の様子を見て声を掛けなさい。話しかけられたくないお客様を見極めなさい」
穏やかな眼差しで彼女は淡々とプレッシャーを畳み掛ける。『異次元ホテル行動基準――さすが異次元ホテルと言われるために』の表紙だけを見せつけてくる。
「同じ世界で同じ種族だとしてもお客様は様々な側面があるのです。それが世界も種族も違えばなおさら。つまりは――――」
「サービスは多方面的に。風格は誠実さがもたらす。具体的に言えばグラスをどの触手で受け取るか覚えたり。酒を求められても酔っていれば、医者としてストップをかける。……どうだ? 俺はまだ不安材料か?」
カノンは口を開けたまま硬直した。紫紺のレンズが俺を睨んできて、ムスっとお客様には見せられない表情で俺にだけ何かを訴えてくる。
「無難なサービスにすればコンプレインは起こりませんが、あなたなりに挑戦してみてください。ストップをかけることが客観的に良いことだとしてもお客様自身は主観的です。避けられないコンプレインはあります。そうしたことがあっても……いえ、過剰な心配でしたか? とにかく、そのですね」
言い淀んでいるのか段々と声が小さくなっていく。機械とは思えないぐらい唸り悩んで、頭を押さえて白銀の髪が僅かに乱れる。フリーズしないか心配になるくらいだった。彼女は何を言おうとしている?
眼を覗くけど分からない。機械の感情を読み取れない。けど、今日一日の言動から推測するに――――。
「「無事パーティが終われば……ホテルマンの仕事が無理だと言ったことは撤回……するかもしれないです」」
一字一句狂わずに同じ発言をしてやった。特別な言葉の代わりに俺は嘲笑を寄越す。カノンは唖然として黙り込んでしまうと、プルプルと身体を震わせ始める。
ハハハ! 正直いい気味だ。カノンには助けられたことも多かったがやっぱり根本的に馬が合わない。彼女に認められたいなんて想いはあったがこれで確信できた。それに安心もした。ずっと胸にあった違和感は恋情じゃあない。俺は反逆者じゃない。
「どうしたカノン。ツンデレも設定に入れてたのか?」
カノンは今日一番に顔を真っ赤にして恥辱を噛み締めると、引き攣った笑顔で去り際に。
「ごほっ……!」
本気の肘打ちを奢ってくれた。とんだ上司だと思う。全て支配人に密告してやろうか?




