機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その八 解かれる紐
【機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その八】
(こちらクラーゲン、コヅカハルトが会場に入るよー! エルフィを探しているみたいなのだな。今のところ会場を出入りしたのはこの二人だけ。本物のシュトラフおよびユリシスはまだ会場内だと思われ!)
クラーゲンから念話による連絡が響くと同時、パーティ会場に一人の男が踏み入れた。白い髭、高身長……多分彼がコヅカハルトだが、変身の影響を受けてしまっているらしい。シュトラフの姿格好になっていた。
隣には漆黒のパワードスーツを身に纏ったおそらく人間と思われる護衛が彼の数歩後ろを歩いていた。フルフェイスの戦闘服で目を観ることは叶わない……プロだ。足取りが違う。
見世物を眺めるみたいに勇者を中心に出来ていた人の壁を縫いぬけて、二人が前に出た。コヅカハルトの脚は落ち着きがなく小刻みに震えていた。緊張の面持ちで俺達に歩み寄って、勇者が視界に入るなり呼吸を乱す。目が見開いていた。
「コヅカハルト様ですね」
「はい、……そうです」
カノンは一応の確認を取ると彼を注視した。変身の影響で顔認証も光彩認証も機能していないと言っていた。その弊害だろう。気難しそうに髪を掻いていた。
(あなたが機械を嫌がる理由が理解できたかもしれません)
(そりゃどうも。けど生憎、俺は見分けられるから機械より百倍は相手しやすい)
俺は向き直った。本当は彼の対応なんて後回しにするべきだ。今でも理性が叫んでいる。勇者と対峙したときにも無視した。……偉大なる父の命令を効率的に、最善に果たすための思考を放棄している。
「お客様、我々は可能な限り協力したいと思っております。当ホテルで幸せな想いを、記憶に残る最良の思い出を作って欲しいと考えています」
脳が回るよりも早くぽろぽろと言葉が溢れた。ホテルに深入りし過ぎている。……今更か。ホテルマンと治安維持隊の仕事なんて両立できると豪語した時点で手遅れだった。俺は言葉通りのことを想ってしまっている。
カノンの口調も移ってしまった。気づいたときにはお客様呼び。敬語に違和感がない。俺が尊敬する人は偉大なる父だけ……いや、他にも少しはできたからなのか?
死地を乗り越えて興奮極まっていた脳みそがぐるぐると考え込む。緊急事態は乗り越えたんだ。勇者から聞いた情報から考えるにこれは……はた迷惑な痴話喧嘩だ。今優先すべきはシュトラフとユリシスで……。
(バロン、ワタシが彼の相手をします。あなたは――――)
(いや、……俺がやる。表情に出てたか? すまん。カノンはお客様を変身してるのとしてないので分けてくれないか。クラーゲンたちを信じるならあいつら二人はまだ会場内にいる)
(了解です。……その、どう言ったものでしょうか。変わりましたね)
(機械相手に照れたくないから変なこと言うなよ)
カノンが小さく嘲って俺の隣を横切った。お客様に協力を求める。……我が儘を言ったかもしれない。適材適所を考えれば、逆を担当すべきだった。
「失礼しました。お待たせして申し訳ございません。お客様」
「いえ、俺が全部悪いんです……俺が、俺が」
彼は自責して俯いた。冷えた口調だったが切羽詰まっている。貧乏揺すりは増すばかりで、自傷するように頭を強く、何度も搔いていた。
「お客様……可能な限り正直にお答えください。――――あなたはなぜ、この少女と恋人のフリなどしたのですか? プライバシーを侵害していることは承知です。しかしあなたの想いがどこにあるのか分からなければ、我々は最善の行動を取ることができないのです」
そう、分からないのは動機だけだ。勇者は嘘を言っていない。彼女は俺を尾行していたことがバレて、恋人のフリをするように脅迫された。特別手出しはされておらず、わざと写真を撮るなどの証拠を現場に残している。
「……エルフィは金銭を理由に、まだ中学生なのに俺と結婚させられました。ずっと……それが申し訳なくて、つらくて、彼女を……自由にしてやろうと思ったんです。親父への反抗もかねて」
コヅカハルトは途切れ途切れの言葉で語り始めた。嘘を言っていない。真実のみ。ああ……彼らは本格的に爆破予告犯とは無関係らしい。
「…………それで、浮気しました。いえ、浮気の証拠として認められそうな行為をしました。そうすれば、離婚の際に莫大な金が彼女に渡されます。金銭問題も解決して、俺が汚名を背負って別れることができます。そう思って――――俺は愛されてる演技をされてるのかと思い込んでたんだ……! ああ、あああ! けど! けど! 彼女は、エルフィは泣いたんだよ! 俺を見て…………嗚呼」
後悔と自責に顔を歪めて何度も搔きむしった。握り拳を自らに振り上げて、頭を殴ろうとしたので慌てて彼を押さえる。
「わかりました。お客様は嘘を言っていない! けどエルフィ・シュトリヒ様はあなたに浮気をされたと本気で思っています! これが彼女の投げた指輪です!」
強引に握り拳に小さな銀輪をねじ込んだ。金属の冷えた感触が伝わったのか、ピタリとコヅカハルトの自傷が止まる。両肩を握った。お客様に失礼だと罵られるかもしれない。けどこれはもう個人でしか解決できない。協力はするけど、幸せになるかどうかは二人にしか決められない。
(こちらバロン、エルフィ・シュトリヒを人気のない場所に誘導させてください。可能なら、彼らにとって記憶に残る風景を! 素晴らしい場所に移動させてください! バレないように!!)
頭のなかでいくつもの声が響く。了解と。あと俺ができることと言えば、彼の背中を押すだけだった。
「お客様! 最高の場所をご用意いたします。全てを打ち明けてください。奥様はきっと信じます。そのうえで、もう一度この指輪をお渡しになってください。せっかくの異世界旅行なのですから絶対に打ち解けましょう。まだ間に合います。諦めてはいけません!」
こんなことを堂々と口にするけど、俺は男女交際の経験もない。けど部下や仲間を励ましたり、応援することは自慢だが得意だった。
ハッとしたようにコヅカハルトが眼を見開く。大きく息を吸って、吐いて、ギラリと眼光が輝いた。
「……ありがとうございます。エルフィはどこにいますか?」
「こっちよ! 案内するわ!」
激しいドラミングをしながら魔王のために離脱していたピンク色のゴリラが戻ってくると、ウホウホと声をあげた。翻訳機が姦しいおネェボイスで出力してくる。
(魔王とクロノディアスはもう平気なのか?)
(もちろんよ。今頃二人でVRゲームをしてるわ)
VRゲームが何かは分からないがとにかく平気ならそれでいい。ゴリラは幹みたいに太い手でコヅカハルトを優しく掴むと引っ張り、早足で移動し始める。
「こっちよお客様! わたしたちは愛のためならいくらでも協力するわよん! ほら、あのプレゼントも上げましょ! せっかく買ったんだから、ね♡」
コヅカハルトは明らかに困惑していた。ゴリラと俺を交互に見返して、されるがままに引っ張られていた。それでも人ごみをかき分けるなか、やがて自分の脚で駆け出した。思い出しように振り返って、黒一色のパワードスーツに指示を出す。
「プラフォード! お礼の品を考えておけ。頼んだぞ!」
嵐のように去って行ったのを見届けて、プラフォードと呼ばれた彼の護衛は頭を下げた。彼らの世界にとって感謝や、謝罪を意味する動きだった。
『ホテルには大変ご迷惑をおかけしております』
「いいえ。とんでもございません。お客様のお役に立てることが我々の喜びですから。ぜひプラフォード様も肩の荷を下ろされてください。お客様の護衛も、この世界では我々ホテルマンの役目ですから」
あと解決すべきは二つ。爆破予告犯についてと、はた迷惑なバカップルをお縄につけることだ。前者はいまだ痕跡一つすらない。警戒は続けるべきだが後者は絶対逃がさない。俺の目の前で犯罪者が逃げる? ありえない。
仰々しく両腕を振り仰いだ。ばかばかしいくらい演技掛かった声で会場全体に響く声をあげる。
「お客様! いくつものトラブルの発生を心より謝罪申し上げます。ただいま会場内にこれらの工作を行った諸悪の元凶が……犯人がこのなかにいます!」




