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異次元ホテルへようこそ!  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:パーティが終わるまでに
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幼妻と浮気したい俺 その五 すれ違い

【幼妻と浮気したい俺 その五】




 エレベーターなど待てずに階段を駆け下りた。踏み出して、蹴り込んで、着地して、痺れる神経を無視してエントランスを出て別館へ疾駆した。


『こちらデルタ! なんらかの影響により会場にいる客の多くが変身しました! エルフィ様もかと! 目標をロストしました!』


「どこで監視してるんだ! なんで見失った!」


 プラフォードの怒号が響く。透明迷彩の所為で姿は見えないが俺の隣で駆けてくれていた。


『透明状態を視れるやつがいて入れません! エルフィ様はオレ達全員どころかハルト様の会社に勤める数百人全員の名前と家族構成を記憶しています! 怖いくらいに! ッすべて記憶しているんです! 入ったら警戒されてしまう!』


 知らない。そんな話は聞いたことがない。確かによく顔を合わせるやつの名前や趣味を把握していたのは知っているが……俺は彼女のことを何一つ理解してやれてなかった。悔しい。自分が情けない。


 思考がぐるぐると回るほどいてもたってもいられなくなる。駆ける。駆ける。急ぐあまりプールサイドで派手にずっこけた。


 瞬間、ボフンと奇妙な音がして周囲に白い煙が生じる。すぐに晴れたが体に違和感があった。立ち上がって、僅かに高くなった視界。衣服も変わり、顔を撫でれば髭が生えている。


「プラフォード! 俺はどうなってる!」


「姿が変わっております。おそらく別世界の魔法や呪いなどの類かと」


 慌ててプールを覗き込む。水面に映る顔は原型すらない、白い髭を蓄えた見覚えのない男だった。


「くそ! なんで今なんだ! これじゃあ会ったって俺かわからない」


「けど行く以外の選択肢はありません! 向こうの状況によるとエルフィ様も姿を変えられている可能性があります。けれど、見つけるしかありません。そうでなければ、あなた方夫婦は本当に会えなくなってしまいます! 互いが想い逢ったばかりに! そんな悲劇は観たくありません。悲観している暇はありません。走れ! 走ってください!」


 悲観する俺を見えない力が引っ張り上げる。行くべき道へ背中を突き押された。そうだ。走らないと。行かないと可能性はなくなる。もう一度エルフィに逢いたい。話がしたい。本当の彼女を理解したい。


「プラフォード! 逢ったら俺はなんて言えばいいと思う!」


「彼女に謝りなさい。礼を言いなさい。あとは自分で考えろ」


 加速した。プールサイドを抜け鬱蒼とした木々を縫うように伸びる外廊下を駆ける。前方から誰かが向かってくる。数時間前にエレベーターで会ったホテルマンらしき女の子だった。露出の多い服装、長い白髪(はくはつ)を靡かせて逃げるように走っていた。


 一瞥が交わった。茶の双眸が俺を覗き込んで慄くように見開く。思わず足止めてしまった。名前も知らない少女のはずなのに酷く近視感があった。彼女のものか、刹那足を止める。


「…………君は」


 声をかけるとビクリと肩を震わせた。怯える瞳が見上げてくる。彼女は俺から距離を取るように一歩、二歩と後ずさって背を向けずに横をゆっくりと通り過ぎていく。


「いや、怖がらせてすまない」


 構っている場合じゃない。俺は少女とすれ違って会場へ向かった。外廊下はやがて道幅を広めて、白い塗装の別館が見えてくる。建物の入り口には一匹のクラゲが浮いていた。ゼラチン質の傘にくっついたバッチ。間違いないホテルマンだ。


 すぐに彼女の元に向かった。俺一人じゃエルフィを見つけられない。プラフォード達でも行けない場所がある。


(パーティ会場へ入場でしょうかー? 入場の際は透明化を切って、一応荷物チェックをさせてもらいます。武装の持ち込みは構いません。生身で銃器より強い生物がいるのに不安だと思う方もいますので)


 頭のなかに直接声が響いた。隣で香るオゾン臭。バチバチと紫電が走り、プラフォードが透明迷彩を解除する。無骨な漆黒の外骨格が姿を露わにすると、彼はクラゲの前に跪いた。


「重々迷惑なのは理解しています。しかしどうか、ホテル以外のどこにも情報を漏らさないことを約束してコヅカハルト様のお願いを聞いてほしいのです」


(顔をあげていくださいな。我々はホテルのルールに違反しない限りお客様のありとあらゆることをサポートいたしますから。ぜひご要望を述べてください)


 感極まって触手を手に取った。今にも叫びあげたくなる想いを押し殺して、彼女の名前を口にする。


「エルフィに……俺は妻に酷いことをした。彼女がここに来たはずなんだ……。会いたいんだ。お願いします……協力してください。このままじゃ、このままじゃ俺は……」


(かしこまりましたなのだな。我々はお客様に協力する。けど、エルフィ様の考えも汲み取らないといけない。最善を尽くすには状況理解が必須。あなたのプライバシーに関わる行動について質問させて欲しい。それでもいいなら会場に入ってくださいな)


 ホテル側にも多大な迷惑をかけている。間違いなく浮気のことを詰問されるだろう。……最初は全員にバレてしまえと思っていたのに、今更胸が苦しくなる。息が縮む。


「……わかりました」


 俺は会場へ足を踏み入れた。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 ハルトがいた。姿はまるで変っていたけど絶対に彼だった。わたしを見て見開いてくれた。口を震わせてくれた。気づいていたかは分からないけど、わたしは耐え切れず逃げちゃった。すれ違ったときオゾン臭がした。きっとプラフォードが近くにいたんだ。


 どうしよう。どうしよう。……結婚指輪を投げ捨てちゃった。そうするって覚悟してたはずなのに途端に指が寂しくて、泣きたいのに涙はもう出ない。


 いてもたってもいられなくてその場から逃げ出しちゃった。どこに行けばいいかもわからなくてただ外廊下を突き進んで、けど人がる場所に行くのも嫌で、鬱蒼と木々が生い茂る道を駆けた。


 でもこれで離婚に関する情報整理のときに、わたしが暴行を振るおうとしたって分かってくれるはず。これで原因をわたしに擦り付けることができるはず。


「大丈夫……大丈夫……間違ったことはしていない」


 慣れない足。ちょっぴり高くなった視線。何度も転びそうになって、それでもその場に留まるのが嫌で逃げ続けた。


 どこに行けばいいかもわからない。元の世界に帰ればいいのに、戻ったら最期な気がして、決意したはずなのに胸が苦しい。息ができない。


「……わたしは」


 わたしは走り続けた。

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