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異次元ホテルへようこそ!  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:パーティが終わるまでに
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勇者と魔王の最終決戦 その八 溶けた意思

「ミッ……!? ゃ」


「いいか。大人しくしてろ。じゃなきゃ今度は抱き締めるじゃ済まない。……肩とか触るからな。その拷問用のジャムもまだ沢山ある」


 男は顔を真っ赤にしたまま立ち上がった。缶が口から抜かれる。


「おぇえ……!  うッぇえええ……!」


 苦い。まずい。臭い。吐き出そうと内蔵がせり動く。何度も嗚咽して、大量流し込まれた灰色を嘔吐する。みっともない。恥ずかしい。衆目の前で敗北したうえに吐いた。泣いた。全身を拘束された。魔王に見られた。


「……フー! ……フー! 大人しくなんて……、無理。私は、私は! 魔王を殺すためだけに、生きてきたの! 動機も、理由もないけど、それが、存在理由だから……!」


 必死に声を出した。全身が震える。今度こそ敗けた。逃げられない。魔王を殺すための十八年間が全て無意味になったんだ。考えるだけでどうしたらいいかわからなくなった。名前も捨てたんだもん。娯楽も全て捨てた。分からない。途方もなくて嗚咽した。涙がとまらない。


「ハハハ! 勇者もここまでくると無様ですね。魔王様。彼女をどうしますか?」


 変身の呪いによって姿を変えたクロノディアスが嘲り、皺をより一層深く刻む。魔王たちは私に歩み寄った。見下ろされる。……これから私はどうなるのだろう。殺される? それとも魔王に身柄を引き渡される? そしたら、死ぬよりも酷いことになる。嫌だな。私、まだ何も出来てないのに。


 なんで私だけ誰も助けてくれなくて、楽しいことも全然なくて、一緒に使命を抱いていたはずの仲間バーサーカーは報われて。嫌だ。まだ嫌だ。何もしてない。何も出来てない。このままじゃ本当に、なんでいままで生きてきたのかが分からない。


 真っ白になった頭のなかで無念と怨嗟が渦巻く。研ぎ澄ましていたはずの殺意も失った。子供じみた嫉妬があの砂浜にいた少女に向かう。ずるい。卑怯だ。皆して私ばかり。


「…………死にたく、ない」


 命乞いが零れた。それ以外なにもできなくて、村娘みたいにこいねがう。どうしたって声が震えて、嫌になるくらい恥ずかしくて、築き上げた誇りを全部ズタズタに引き裂いてしまった。


「フハハ……ハハハハハハハ! 相打ちだったようだな。我が角はへし折れた。勇者の正義は潰えた。小娘、もはや貴様に用はない。ほれ、ピンクのやつ。抽選で当たったとかいうツアーに案内しろ。パーティとやらは充分楽しんだ。予定していたより楽しめた」


 ピンク色の巨大猿が歩き出すとあいつらは何事もなかったかのように踵を返した。歩き出して、けど不意にこちらを向いて少女の顔で魔王が笑う。


「そうだ。勇者よ。この宿は素晴らしいぞ。旅をしていた貴様なら文字通り人生が変わる料理がある。我々では成しえなかった異種族の壁を次元もろとも超えている。楽しむといい。いままで何かを楽しんだことはなかっただろう。貴様は」


 そう言い残して、今度こそ魔王は背を向ける。歩き出して、変身の呪いの所為で人ごみに入られてしまうとすぐに見分けがつかなくなった。


 視界に映る情報が頭で処理されなくなってくる。魔王への殺意すら潰えて、自分の名前も分からないしいままで生きてきた意味も分からない。正義も信仰もなくて、何をすればいいかわからなくて、頭が真っ白になった。抵抗する気力もなくて諦めると、男のホテルマンは拘束を少し緩めてくれた。


「ひとまずは大人しくしてろ。そしたら悪い事はしない。生きる目的も才能の使い道もなくしたなら用意してやる。だから自暴自棄になるな」


 嗚咽して震える背中を撫でられた。恥ずかしい。男の発言に安堵している私が恥ずかしい。体が熱くなる。顔が真っ赤になって、尾が揺れる。


「ただ勇者。答えろ。あんたの所為でホテルは混乱してるんだ。今から二つ質問する。いいか?」


 態度を一転させて淡々とされると思考が固まっていく。吸う息は生ぬるいはずなのに、冷たかった。私は頷く。魔王を殺すことに完全に失敗した時点で、隠し事なんて無意味だ。


「あんたは檻に閉じ込められたときどうやって脱出したんだ?」


「……蜘蛛が助けてくれた。友達が今夜のパーティのために調理されそうだから助けてって言われて、私は代わりに檻を壊した。ねぇ、あいつらはどうなったの? 食べられちゃった?」


 男は苦い顔を返す。そうか。逃げ切ったのか。だとしたら少し嬉しいかもしれない。


「笑うな。二つ目の質問をする。嘘をつけばすぐにわかる。あんたは特に感情が眼に出るからな。あんたとコヅカハルトはどういう関係だ?」


 名前を思い出すのに少し時間がかかった。私にもあの人のことはよく分からない。恋人のフリをしてくれとは言われて、汚れ仕事のコツを少しばかり教えてもらっただけだ。


「私は――――」


「その人はハルトの本当の想い人です」


 幼い声が遮った。誰? 視線を向ける。声の主は呪いによって少女の姿に変えられていて誰か分からない。けど彼女は小さな歩幅でカツカツと歩み寄ってきて、ホテルマン達の警戒も気にせずに目の前でしゃがみ込んだ。


 そして彼女は拳ぐらいの銃を私に向けて振り下ろした。寸前、男のホテルマンが少女の腕を掴んで止めに入る。


「お客様、いかなる理由においてもホテル内での暴力行為は認めておりません」


「知ってる。ねぇ、これでわたしを追放する理由ができたでしょ? 見ず知らずの女の人に嫉妬して暴行未遂。書類を作ってくれないかしら。妻が犯罪を犯したことになればハルトの名前を汚さずに離婚できるもの」


 妻? ハルトの名前を汚さずに離婚? もしかしてあの人既婚者だったの? なのに私に恋人のフリをしろなんて――――。


「ねぇ待って! あなたは誤解してる。私は彼の想い人なんかじゃなくて――――」


 必死に勘違いを解こうとした。私の所為で誰かが不幸になるのが嫌で、頭が必死に叫んでいた。真っ白になったはずの思考が巡る。けど女の子に声は届かなかった。銀の指輪を目の前で投げ捨てられる。それは小さく転がって、煌めきながら動かなくなった。


「……いいの。あなたはわたしより魅力的な人だった。それだけだもの。余計な同情も慰めもやめて。あなたはわたしより大人で、綺麗で……わたしと違って嘘吐きじゃないから」


 少女は卑下するたびに吐く息を震わせた。違うって、口にしようとしたら濁った双眸が睥睨していた。下る視線の鋭さが怖くて、本能が私を押し黙らせた。


「……ハルトによろしくね。けど、やんちゃなのは迷惑だから控えてね」


 泣きそうになって彼女は目を擦るけど、瞳は乾き切っていた。ハッとして彼女は背を向けると、ふわりと髪を揺らして逃げてしまった。


(こちらバロン、おそらく一人が会場を出る。エルフィだ。犯人じゃないことは確かだがバレないように尾けてくれ)


(了解……した。たった、今少女が通過し、た。彼女以外に……出た者は、いない。クラーゲンがいる以上、透明化、……空間転移について、も全て把握できる。時間干渉な、ら、オレが……見え、る。昔、敵で……、厄介だっ、たから、な)


 念話が響いた。応答した相手はバーサーカーだった。バロンと名乗ったホテルマンが私に向き直る。


「聞き直すぞ。コヅカハルトとはどういう関係性がある? あんたは会ったばかりのやつと恋人になれるタイプじゃない。初心すぎる。俺が言えたことじゃないが。……壁ドンされて何を言われたんだ。なんで彼の奥さんに浮気相手だと思われている」


 私は事実を話した。なんで恋人のフリをさせられたのかは理解できないけれど、あの女の子を傷つけたのは確かで、私にはどうにもできないから彼等に任せるしかなかったから。


 殺意を鋭くするために捨てたはずの偽善的な感情が揺らめいていて、もう疲れたから目を閉じた。……考える時間が欲しかったんだもの。



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