勇者と魔王の最終決戦 その八 盗聴への報復
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魔王!! 姿が変わろうとも幼い相貌に刻んだ嗤笑は、私の宿敵の魔力は決して変わらない。物心あったときからずっと待ち望んでいた。あいつを殺す。……違う。望んでいたのは私じゃない。
私は望まれただけだ。国が滅ぼされた。だからなに? 私を勇者に仕立て上げたやつらが死んだ。スカっとした。けど許せない。許さない。誰も助けてくれなかったから剣を取ったのに。邪知暴虐を振る舞う魔王が取るに足らない小娘に手を差し伸べたことが気に食わない。
なんで私じゃなかったの。
殺意だけを研ぎ澄ましたつもりだったのにいざ対峙すると想いが募った。聖剣が深紅の魔力を交える。宙を漂う残光。鋭さは落ちたが破壊力が増した。
魔王殺しの邪魔をする二人を一閃。直撃は避けられたが吹っ飛ばす。回転。受け身を取って彼と彼女は突貫した。
遅い。魔王以下。クロノディアスよりも彼等は弱い。精々魔王城周辺で遭遇するB級モンスターだ。
二人が仕掛けてきたのは真っ向勝負。そうじゃないと私が魔王を殺しに行くから。食い止めようと対峙する。蹴り込んで、三次元を描く連続跳躍。天井を蹴って肉薄。
撃ち出す弾丸。連射。紅の円弧が斬り落とす。仕掛けられる白兵戦。振り下ろされたナイフを聖剣で撫で、背後を取ろうとする少女を竜尾で殴り飛ばす。だが決定打にはならずに二人はすぐに態勢を取り戻す。
「【聖剣変異】」
黒檀の殺意と激情を高ぶらせる深紅の魔力が分離する。一本の大剣は黒刃と紅刃へ形状を変える。感情の炎が刀身で揺れる。
二人が警戒を強めたのが分かった。念話をしている。筒抜けであることも知らずに。
(バロン、気を引いてください。永久機関装置を開放して彼女を重力超地場に閉じ込めます。目を発光させるのでそしたら下がってください)
(何言ってるかわからんが仕掛ければいいんだな)
二人は無言のまま頷き合う。バロンと呼ばれた男が踏み込んだ。
揺れ乱れる空気。紫紺眼光が爛々と輝く。横薙ぎするナイフ。黒刃で受け止める。ぶつかり合う刃。軋む金属音。私は唄った。
「戦火の一条。――――【ビジティション】」
「……っ!?」
攻撃力増加の付与魔法。剣撃は大閃へ。受け止めるバロンのナイフを刃ごと切り落とす。敵は目を見開きながらも笑っていた。義手が突き出される。ガチャリと音を立てて金属部品が展開。蒼い蛍光が漏れる。
「起動しろ」
これが俺の必殺技だと言わんばかりに、彼は一声した。収束する光。突き出されていた機械仕掛けの手から迸る稲妻状の炎。鼻を刺す薬品臭が溢れる。
次の刹那、弩級の蒼雷が撃ち出された。拡散する閃光。……弱い。精々中位魔法程度。詠唱なしにできるのは称賛に価するがそれだけだ。
「戦場の盾。――【プロテクション】」
詠唱。魔力によって形成された加護の力が破壊の雷を全て霧散させる。この程度の攻撃で気を引こうなんて可愛いくらいだ。
何かを仕掛けようとしている少女へ紅刃を一投。彼女は人外じみた反射神経で私の一撃を避けたけど、鋭さを代償に得た破壊力までは想定していなかった。
刃の着弾。深紅の渦が乱れ巻き、周囲の空間そのものを切り刻む。擦り切れる衣服。少女は歯を噛み締めて睥睨を寄越す。発動しようとしていた得体のしれない力は中断していた。危険な臭いが消える。
「……分かったでしょ? あんたたちが束になったって無意味。それとも助けが来るのを待つ? それまで時間を稼ごうとするなら次はないわ。殺す。魔王には効かないけど即死の魔法っていうのがあるの」
この二人程度なら容易にかかるだろう。無理なら石化させる。それでもダメなら部屋もろとも斬り刻む。……本気だった。彼等も理解しているはずだ。
(……勇者、あんたは殺すなって言ったら剣を収めてくれるのか?)
その問いかけは私に向けられたものではなかった。男から白銀の髪の少女へ送られた念話。けど明らかに内容が私に対してのものだった。……彼はジッと目を覗くようにこちらを正視していた。
こいつは一度、不意打ちで私に勝っている。二度と同じミスはしない。私は睨み返した。警戒の糸を張り巡らせる。罠は仕掛けられていない。彼が気づかれないように道具を手に取る様子もない。
(ああ、やっぱりか。ずっと疑問だったんだ。勇者、なんであんたは最初に俺を尾行したんだって。……見えてるんだな。念話が)
「だからなによ。もう痛いスプレーも効かない。対痛の付与は済ませてるもの」
「いいや、今日のことを想い返しててな。あんたの唯一の弱点を思い出しただけだ」
――弱点? 脳裏に蘇る記憶。勢いよく抱き締められて、しかもギュッと。確かにあのときはいきなり男の人にハグされてちょっと混乱したけれど、今はありえない。あんな状態になる前にこいつの両腕を斬り飛ばせる。
男が別のナイフを取り出して一歩距離を詰めた。少女もまた、白い光刃を展開すると臨戦態勢を取り戻す。
(カノン――――)
男が少女の名を呼ぶ。また念話で作戦会議ごっこ? 挟撃しようが時間稼ぎしようがもう無駄だ。
「……呆れた。ならいいわ。名誉の殉職でもしちゃいなさい」
靴裏で魔力を炸裂させ――疾駆した。纏う風圧と慣性。聖剣を振り向ける。男は回避動作すら行えずに、惚けるように私を凝視していた。
(カノン、今日は凄い激しかったな)
「殺される直前に何話してんのだわ!?」
脳に響く幼い艶やかな声。念話盗聴を切らないと。ダダ、駄目だ。魔力が練れない。ま、まさか私を捕まえたあとにそんなことを!? この二人、確かにただならぬ感じはしし、したけけど。男の人と女の人がががが――――!?
ふらりと魔力が離散した。速度強化のエンチャントが暴発して足がもつれる。纏っていた風と慣性に引っ張られて半身が宙を飛び込む。咄嗟に両翼を広げようとしたときには、背に両腕が回されていた。
「捕まえましたよお客様」
抱き締められて地面に落ちる。血と鉄と汗の臭い。服越しから伝わる血の流れ。思考が酩酊する。破廉恥だ。この男はいけない人だ。
「ふ、不純なのだわ! そ、その人ととととと……! 愛し合ったのにわわわわわわたしと!」
「俺だって好きであんなこと念じたわけじゃない。けどあんたの隙を作れそうな方法がこれぐらいしか浮かばなかったんだよ」
男は顔を真っ赤にして弁明しながら、私の口に缶をねじ込んだ。慣れた手つきで栓が外された直後、喉奥にまで異臭と舌が悲鳴をあげる冒頭的な味が満たされる。脳が痙攣する。涙で視界がぼやける。鼻水が出るのがとめられなかった。ぼたぼたと口に入りきらない異物が溢れ出る。灰色のジュレだった。




