機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その五 第七世界の交差
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(気を付けるように。少しでも怪我をしたら言いなさい。ワタシはエントランスでお客様の対応を行います)
(了解。随分可愛いくなったもんだな)
(バロン、あなたほどではありません)
念話が切れた。ピーピーと音が告げていた。もうじき第七世界、つまりはバロンのいた世界から誰か来る。彼は気にならなかったのだろうか。……それともワタシを信頼して自分の仕事だけを真っ当するようになったか。だとしたら少し嬉しいかもしれない。ちょっぴりだけだけど。
でもその信頼には応えよう。完璧を保ち、お客様を満足させる。ワタシはエントランスに立った。まもなくして自動ドアが開く。同時、深く頭を下げた。
「異次元ホテルへようこそお越しくださいました。この世界においては機械はお客様の快適な時間を提供することを約束しましょう」
お客様は綺麗な人だった。細長い特徴的な三角耳。第七世界にいないはずの種族。人の形をしているけど、聖霊だの上位の独立種族の類に近い。中性的な顔つきでバロンと同じ凛々しい紫の瞳が奇しく煌めいていた。穏やかで達観したような空気。肩に触れるアッシュブロンドの髪。
ゆったりとした袖の長いローブのような服装。……金属繊維服だ。それに一見すると華奢な体格なのにバロンと同じぐらい、いや、それを上回る量の武器を携帯している。なかには三式別世界の武器すらあった。
「やぁ、丁寧に出迎えてくれてありがとう。けど大丈夫。ここに来たのは初めてじゃないんだ。支配人と旧友の仲でね。カノンさん。バロンはどんな調子だい? 考えてみたら彼はずっと危険な世界で育ってきたから、もしかしたら迷惑を掛けている気がしてね」
ワタシは彼に会ったことがない。バロンの知り合い? 治安維持隊の仲間? ……いや違う。なんでワタシの名前を知っている? お客様に対してこんな感情を抱くべきじゃないけれど、正直な話気味が悪かった。
神格の類でもないのに支配人と同じ空気を感じる。なんて非科学的な判断材料だろうか。バロンの目でわかる発言を指摘できたものじゃない。
「……よろしければお名前を窺ってもよろしいでしょうか」
「ああ、そうだったね。僕は――――ビッグファーザー。偉大なる父、救世主だとかって呼ばれてる。恥ずかしい話だろう? こんな外見なのに」
彼? は自嘲するように首を横に振った。思慮的な笑み。灰銀の髪が撫でるうなじが艶やかだった。
いけないとは思いながらもワタシは警戒をせざるを得なかった。彼の正体を理解して、だからこそ理解出来ない。このホテルに爆破予告が届いたからバロンを派遣したのに、なんで最も権力を持つ彼がこの場に来る。この余裕はなんだ? 爆破予告の話を聞いたときから感じていた違和感が再燃していく。
……ワタシは人工知能としてはやはり優秀過ぎるかもしれない。けど今は複雑に考えてはいけない。お客様に怪訝するな。誠実に、真摯に対応しなくては。バロン絡みで嫌に不安になり過ぎているのだ。
「ご宿泊が希望であれば受付までお願い致します」
「いや、すぐ帰るつもりさ。ただ少し様子が気になってしまってね。カノンさん、君の視点から見て彼はどうだい?」
深い紫の双眸がワタシのレンズを見詰める。……なんて答えるべきだろうか。彼の世界は無秩序だ。退廃していて、不用意な発言がバロンの首を絞めることになるかもしれない。
……けどでっち上げたことを言っても、彼なら気づいてしまいそうだった。プログラムの直観なんておかしな話だけど。胸のうちがざわつくような不安が波打っている。
「……どうだい? とは、具体的に何を答えればよろしいでしょうか。職務態度? 優秀か否か? 人格の話?」
「彼は楽しめているかい?」
――分からない。でももしバロンがホテルマンの仕事を楽しいと感じれて、誇りに思うことができているならば今度こそは素直に褒めてあげたい。何かを奢ったっていい。けどそんな単純な話じゃない。彼は爆破を防ぐために派遣されたのだ。治安維持隊の心構えとしてはつねに緊張を持ち、すべてを疑うべきだろう。
ワタシは、……ワタシはどう答えるべきだ。情報処理プログラムに電力ソースが割かれていく。何億ものデータが巡っていた。考えすぎ? でもこれは……ただのお客様対応じゃない。クレーマーやルール違反者への対応とも違う。
ワタシの返答次第でバロン・フォールズの未来を変えてしまうかもしれない。そんな考えが過ってしまうと、瞬間的に何度も思考がフリーズした。テクニカルエラーが口から零れそうになる。
「……分かりません。最初は嫌がっていました。ワタシが機械な所為でしょう。そちらの世界のワタシ達はあまりに残酷ですから。けれど、仮初めのホテルマンだったとしても、楽しく、誇りを持ってくれていれば嬉しいと思います」
はしたないものを見たわけでもないのに顔に熱が蓄積していく。口がふにゃりと歪んでしまいそうで咄嗟に手で覆い隠した。ビッグファーザーはそんなワタシを見て穏やかに微笑む。
「君に任せて良かった。バロン・フォールズを頼んだよ。彼は疑心暗鬼になって罠を仕掛けたりすぐ銃を向けるかもしれないけど、本当はそんな風に生きるべきじゃないんだ。僕もよくなかったと思っている。彼の、目を見る才能に頼り過ぎていた節があるからね」
「それはどういう意味でしょうか?」
尋ねたけど、ビッグファーザーが何かを答える前に受付に事前に開けていた帰還用の次元門からバロンが戻ってきてしまった。周囲の空間が玉虫色を帯びて揺れる。
「げほっ……! おぇぇぇ。空間酔いばかりは絶対慣れる気がしない」
ぼそぼそと愚痴を漏らしながら彼はガスマスクを外してワタシに視線を向ける。それからすぐにビッグファーザーと目が合った。瞬間、顔色が変わる。目の前の彼の正体に気付いたのかと思った。
「大変見苦しい姿を見せてしまい申し訳ございません」
……だが違ったらしい。特別驚いたり怪訝する様子もなくバロンはホテルマンとしての体裁を整えた。臨戦状態から背筋を伸ばして黒いスーツの皺を伸ばす。
「気にしてないさ。支配人と知り合いでね。少しこうしてカノンさんに無駄話につき合っていただけさ。それじゃあお仕事頑張ってね。応援しているよ。ここはとてもいい場所だ」
ビッグファーザーは踵を返してしまうと、エントランスの待ち合い席に腰かける。バロンはその様子をどこか神妙な表情で見届けてから、すぐに深刻な陰を差してワタシに告げた。
「別世界に移動して不審物を爆破処理してきた。どうやら中身は毒ガスや爆弾の類ではなくホテルの客室でタダで貰える紙類だったみたいだ。爆破の所為でほとんど文章が消し炭になったが万見の眼鏡を使ったらそれでも少しは読めた」
万見の眼鏡は別世界の言語だろうと読めるようになるマジックアイテムだ。最初のチェックイン作業のために渡していたが、有効活用してくれているらしい。
「これを見てくれ」
バロンは煤と黒焦げに汚れたボロ紙を手渡す。文章は彼の言った通りほとんど讀めない状態だった。機械で書いて文字を切り貼りしており文字から犯人の特定は不可。
―――― 告
我 罪 宴に 、
光 破 し 狂気
き します。
「これは間違いなく爆破予告だ」
彼は自信満々に豪語した。
「しかも一番最悪な狂人タイプかもしれない。文章はおそらくこう書いてある。『――――告白します。我は罪深き者です。宴にて、光あるものを爆破します。狂気で心が疼きます。全員殺します。』」
本当にそんな文章なのだろうか? しかし真相がどちらにしても宴というのは今夜の創立記念パーティのことだろう。
客観的事実部分だけを見るに第五世界のアメリゴヴェス合衆国連盟の言語で,機械の操作が可能かつイベントブースにいても注目されない程度の大きさの種族。容疑者は相当絞られる。なら警備を要点に絞るべき? ……でもこれが嘘だったりすれば思うツボ。そしてドツボにドボン。
「パーティのときは特に警戒しておきましょうか。しかし警備比重は常時の通りにしましょう。ハッキリと言って建物の規模とお客様の多様さに対してただでさえ従業員が少ないのです。割ける余裕がありません」
「了解。だがいつまで次元門を開けてるんだ? ……空間酔いするから早く閉じてもらいたいんだが」
バロンが訝しげに空間の切れ目に視線を向ける。白いヴェールが三次元的空間を無視して生成されたままで、周囲の空気が玉虫色に揺れ続けていた。
(イェソード、すぐに次元門を閉めてください。空間安定指数が低下する原因になります。セフィロトシステムにエラーが発生しかねません。聞こえていますか? いつまで蜘蛛ごときに驚いているのですか)
(こちら、バーサーカー……。空間・電気・魔力管理棟の鍵が 開いている。罠 だらけだ。応援を 頼む。何かが、変だ)
「バロン、あなた――――」
「俺じゃないからな?」
休憩室に仕掛けた罠は全部片づけたのだろうか。
「とにかく誰かが罠を仕掛けたっていうなら見てくる。多分、こういうことなら俺が一番詳しいだろ?」
情けない話だけど否定できない。ワタシも金属探知機能などはあるけれど、基本的には情報として記載されている罠にしか対応できない。パワーや魔力が常識外れな面子はたくさんいるけれど、ホテルマン業務以外の精密作業は苦手だ。どうしたって命の危機をつねに感じれるような生物でないと警戒の網が薄くなるのだ。
「……最悪なことに否定できませんね。侵入されたかもしれないのも初めてです。バロン・フォールズ。今日入ったばかりのあなたに頼むのは恥ですが、頼みます。ただし間違っても私設内の機械を壊さないように細心の注意を払ってください」
「了解」
彼は緊張した面持ちで返事をした。ビッグファーザーのことは……まだしばらくは黙っておこう。そうすべきだとワタシのプログラムが判断していた。
――――何が正気で爆破予告を受けた建物にヘラヘラと笑顔で来れるのか。ワタシにはいささか理解できません。神でもなく、弾丸を受ければ死ぬ体の生物だというのに。
一瞥するように察知されないように一瞬だけ第七世界の支配者に目を向ける。彼は透かした笑みでバロンの行く先を見届けると、黄昏る老人みたいに噴水を凝視していた。
……バロン・フォールズの悪癖が移ってしまったかもしれない。前なら疑おうとも思わなかったはずなのに、学習プログラムがおかしなことを記録してしまったのかもしれない。ワタシはビッグファーザーが何か隠し事をしてる気がしてならなかった。




