機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その五 不審物処理
【機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その五】
「嗚呼、穏やかだ……」
魔王はその称号に反してあまりに穏やかな微笑みを浮かべてそう呟いていた。確かに俺の世界と比べものにならないくらい太陽は綺麗だった。風は吹き荒むことなく髪を靡かせて通り過ぎていく。
沈んでいく光は生物を死に至らしめるものじゃない。砂塵もなく、弾丸が頭上を通り過ぎることもない。もっと感傷的にさせるような……、とにかく、カノンが俺をこのツアーに誘導させたのも理解できた。
「……見せたかったんだな」
機械のくせにカノンは多感だ。全部プログラムがそうさせているに過ぎないのかもしれないが、彼女の誇りやらホテル自慢やらに共感している俺がいる。
――幸福を共有してください。楽しんでください。
彼女が言った言葉の通りに自分が動ているのは癪だが……礼を言うべきなのだろうか。綺麗だったと感想を言うべきだろうか。まぁ仕事が終わってからでいいだろう。考えてるとやはり恥ずかしくなってくる。
感傷的になりかけた脳みそを律した次の瞬間、遠くで空気が破裂するような軽快な爆発音が轟く。全員が反射的に視線や触角を向けた。目がチカチカするぐらい濃いピンクの煙が、何十個もの色彩豊かな風船と共に空へ空へと、次元の向こう側へと上がっていた。
爆発? けどどう見たって破壊兵器による爆煙じゃない。……いや、安全だと判断するのは早計だ。あれは着色煙幕だ。何かのサインか? でもだとしたらなぜ風船?
「ふむ、ホテルマンよ。あれも何かの催しか?」
魔王が尋ねる。俺が答えに悩んでいると、一緒にいたイベント係のホテルマンが割って入ってくれた。
「はい☆ あちらはイベントのためのリハーサルでちょっと失敗しちゃったみたいですね。驚かせてごめんねー」
空色の髪……に見せた触肢を揺らして、中身に大量の蟲が詰まってるとは思えないくらいチャーミングな笑みを浮かべてぶりっ子めいた声で答える。
(本当にイベントの事故なのか?)
普通時を装いながら念話で尋ねる。彼女は俺のほうを向いて快活な笑顔を返すと、
(んな訳ねえだろ童貞。可愛い俺に見惚れるのはいいが状況を考えやがれ。早く行け。俺がお客様の相手をするからてめえはさっさと現場を確認してホウレンソウだ。動け無能! あと次休憩室に罠張ったらタダじゃおかねえ!)
口悪いなこいつ。
そう思いはしても念話には出さない。コツを覚えた。
(了解。すぐに向かう)
口が悪くて明らかにキャラを作りまくっていても彼女は確かにプロだった。何もない空間からやれ飲み物だのなんだのを取り出したり、写真撮影だの映像記憶マテリアだのと爆発に目が向いた客の意識を逸らしていく。
俺はすぐに行動に出た。治安維持隊としての意地があった。誰にも見つからないように、全員の視線と思考の位置を把握して、音を立てず、息を殺して砂を跳んでその場から離れる。
客がいないであろう草木のなかを突っ切って煙があがる場所まで向かった。ホテル東。巨大キノコに囲まれたイベントブース用の広場。そのど真ん中に怪しい煙をもくもくと発している箱が設置されていて、空を巡回していた警備係の何体かは既に現場にいた。
おかげで全長五メートルは超えるだろうドラゴンや翼竜がピンク色の煙を囲うこの世界でしか見れないような光景が広がっている。
「おお来たか青年。すまないが箱をを確かめてくれないか? あの大きさだと我々は手に取れないのだ。魔術、呪術の類の罠は解除したがこればかりはどうにもできない」
緑鱗のドラゴンは厳ついアギトを開けて物腰柔らかに俺に頭を下げた。地響きのような唸り声が、翻訳機によって俺の知る言語に解析されていく。
「分かったが少し離れてくれ。着色煙にも見えるがもしかしたら催涙ガスの可能性もある。煙はブラフで箱が爆発物の可能性もある。考えられる類だと金属探知による爆破、熱探知による爆破。けど同時に、不審物の最も安全な処理は爆破処理だ」
次元門が開けばイヤホンに通知音が来る。さらに言うなら出るときと入るときで音が違う。なら仕掛けた犯人はこのなかにいるだろう。少なくともこの小さな世界を吹き飛ばすほどではない……はずだ。
いや、自爆テロだったら? 爆破予告まで送り付けてるんだぞ。このホテルはいいところだが恨みを買っていないとも限らない。勇者だって間違いなく俺のことを憎んでるはずだし、いままで追い出されたりした奴らが復讐のために自暴自棄になっている可能性もある。
(こちらカノンです。バロン、詳しい状況を説明できますか?)
(詳しくは分からない。ただホテル東イベントブースエリアの中央に着色煙幕を発する箱があった。中身は不明。爆弾の可能性もある。なので俺としては別世界の砂漠とかで爆破処理を提案したい。行き帰りの次元を開けてもらうことはできるか?)
(こちら西棟管理及び次元転送装置及び電源管理及び魔高炉担当兼海圧観測係の紫銀シギンのイェソード。内容は把握した。ちょうどいい。まもなくこちらの世界に人が来る。一緒に門を形成するからその間に移動しろ)
遅れて、ピーとイヤホンに通知音が入る。この音は……確か第七世界だっただろうか。けど番号は覚えていてもどんな世界かまではまだ俺には把握できていない。少なくともチェックイン、チェックアウト共に今日は開いてない音だ。
ジジジと周囲の空間が歪み始めた。蒼雷が迸り、空間が裂けるように玉虫色の光を零すと白いヴェールが形成される。……この世界に来たときと同じ光景だった。
(次元門を形成したぞ。……っと、おい。今のは何の音だ。集中が削がれるから不用意な物音を立てるなとあれほど――――きゃッ!? なっ、なにこの紫色の蜘蛛! ちょ、やめっ!)
ぶつりと念話が切れる。あまりの突拍子の無さに俺はドラゴンと顔を見合わせて、まったく同時に首を傾げた。
(彼? 彼女? そもそも性別があるのかもしれないが、イェソードは平気なのか?)
(……一応、様子を 見て、くる)
客室係のバーサーカーが、フレイルが応答する。……彼なら相応の戦闘力はあるだろう。実戦経験があるかないかでまるで違う。トラップの類にも気づきやすいはずだ。俺は俺がやるべきことをしよう。
金属探知によって爆破する可能性を考慮してまず対象製品をその場に下ろした。自動拳銃に手榴弾、ワイヤー、ベルトまで。
「これ、俺のロッカーにしまってくれ。ただ開ける前に3秒ほど扉を暖めてからだ。じゃないと爆破する。それと箱を中に入れているが絶対開けないように」
「だからなぜ罠を仕掛けるのだ」
「敵がどこかにいるからだ」
俺は絶縁手袋を身に着けた。赤外線ゴーグルとガスマスクを装着。爆弾及び機械解体用のカーボン製器具を手に持って箱に近づく。こんな準備をしたところで安全は保障されない。まず持ち上げただけで爆発するかもしれない。
いや、もっと酷ければ魔術だのと理解できない力で何もできないまま――――考えても仕方ないか。いつだって覚悟はできている。
一歩、二歩と歩み寄って義手に取り付けたマニピュレーターで触れる。……伸びるアームのようなものだ。そこから義手に装填していたガス装置で箱を瞬間冷却。
ドラゴンたちが神妙な表情を浮かべるけど、俺にとっては命がけだった。あらゆる想定が頭を巡る。距離を取ったところで今は手元に盾もない。殺傷用の散弾が爆発と同時に飛散したら? とてもじゃないが助かる自信はない。
幸いにも特別反応はなかった。聞き耳を立てても怪しい物音などはない。材質は金属。スイッチを押すと蓋が開く構造。石畳を掘り返したような痕跡はない。
思い切って持ち上げた。マニュアル的にはその場に近づかずに防護服着用の上で爆破。……屋外ならそれ以上に正しい答えはないのだが仕方ない。
まだ爆発する様子も箱が開いてガスをまき散らしたり、突然モンスターが襲撃してくることもなかった。箱をアームで持ち上げたまま次元門まで慎重に歩き進める。一歩、二歩。一瞬が永遠のようだった。
(気を付けるように。少しでも怪我をしたら言いなさい。ワタシはエントランスでお客様の対応を行います)
(了解。随分可愛いくなったもんだな)
(バロン、あなたほどではありません)
……ユーモアはいい。気を紛らわしてくれるし、余計な緊張がほぐれる。顔が赤くなりそうだったけど。俺は白いヴェールの向こう側に足を踏み入れた。――まさか一日に二度も世界を行き来するなんて、今朝の俺は思いもしなかっただろうな。




