機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その四 錯綜する推理
【機械仕掛けと世紀末潜入捜査員その四】
「ダメだ。どこにもいない。カノン、本当にすまない」
一度カウンターに戻り、仮眠室。倉庫。天井や床下。ホテルマンのロッカーの中まで捜したが勇者の姿はなかったことをカノンに告げた。
彼女はこちらに視線も向けず、柔らかな笑みを通り過ぎる客に浮かべていた。
「まさか鍵を盗られるなんて……クソ、ホテルマン以前の問題だろうが……!」
「反省するのは構いません。機械でなければミスをするものです。しかしバロン、お客様がいつ通るか分からない場所で苛立つのはやめなさい。迷惑です」
咄嗟に謝りかけて、慌ててポーカーフェイスを取り戻す。謝ったところで余計に憂鬱になるだけ。後悔しても手遅れだ。 けど仮眠室の扉を閉めるべきだった。義手を付けてるときに鍵を盗られたに違いない。勇者に協力者がいるかもしれないことは分かってたはずなのに……。
「カノン、怒るかもしれないが聞いてくれ。勇者の脱走を手伝ったのはコヅカハルトかもしれない」
「……何故そう思うのです?」
怪訝そうに紫の双眸が俺を見詰める。言ったら絶対に怒るだろうな……顔を赤くして。こんなことになるならもっと細かく客の動向を伝えるべきだったかもしれない。
「彼が勇者のことを壁ドンした後、無理矢理どこかに連れて行った」
案の定カノンはフリーズした。瞬きすらしなくなって、我に返ったと思うと目を見開いて耳まで紅潮してしまった。白銀の髪のせいで、通常時が完璧なせいで余計に赤面が際立つ。俺は慌てて視線を逃がした。
一瞬で心臓がバクバクと高鳴っている。女の人が恥じらう表情は苦手だ。こっちまで見ていて恥ずかしくなる。
「そ、それは駆け落ちということですか? 禁断のこ、こ、恋がこの非常事態を引き起こしたと?」
「痛い。待て、動揺するのは分かるが蹴るな。真面目に言ってるんだ」
八つ当たり半分に膝裏を蹴られる。カウンターのおかげで客に見えることはなかった。
「可能性はゼロじゃない。治安維持隊をしてるとよく見かける事例だった。アンドロイドに恋をして反機械法に触れる青年とか、死刑囚に恋して公開処刑の会場に殴り込む少女とか」
ああいうやつらは死にそうになると決まって接吻をするから目も当てられない。羞恥心を捨てているのだ。女の人と……キスだなんて、ありえない。不健全だ。規制すべきだ。
コヅカハルトの瞳を見るにとてもじゃないが浮気や犯罪をするようには見えないが、何か途方もない決意と罪悪感が伺えた。……ありえない話ではない。事実、彼に連れられたあとの勇者は明らかに気配が変わっていた。
「いえ、待ちなさい。そうなると支配人が注文していた豚と食用神話生物の檻が破壊されていたことは全く別の案件ということですか?」
そうだった。なぜ檻を壊す必要があった? 俺はいままで培ってきた経験を元に頭をフル回転させた。
勇者が魔王を殺そうとする。これは独立した事件だ。ならコヅカハルトが関わる理由は? 恋情? だとしても俺の鍵をどうやって盗んだ。動物脱走との関わり……。
考えた末に脳裏に一つの可能性が過ぎる。そうだ。俺がここに来たのは爆破予告がされたからだ。最悪な事件を防ぐためだ。
「犯人は爆破予告をしたやつで、コヅカハルトは人質を取られて言いなりになってるかもしれない」
勇者も動物も利用したに過ぎないとしたら? 全てが陽動。爆弾設置のためにどこかの警備や人員を減らす魂胆だとしたら? わざわざ本人でそれら全てを行うか? 否、トカゲの尻尾切りだ。
「そして俺達の対応次第ではエルフィが殺される。いや、殺されればマシなほうだ。別世界に攫われ身ぐるみを剥がされ、見るも無残な暴行を受けるかもしれない。まだ幼い少女にはあまりにも深い傷となる。そしてホテルの爆発の惨禍も防げなかったら復讐の輪廻はさらに悪化するだろう。コヅカハルトは財力があるのだろう? カリスマや金を持つテロリストほど悪質なものはない。歪んだ心がホテルへの怒りへと変わり、このホテル以外の無関係な施設にまで被害が出る。けど国家が成立している世界なら個人の力は結局無力なもので、いかに機械や強化装甲を纏っても同士が一人、また一人と殺される。そして最後には――――」
「……いや、さすがにそれはどうなんですかね? そんなことがあるわけ――――」
直後、プルルルルルと電話が鳴り響いた。コヅカハルトの部屋からの着信。慌ててカノンが受話器を取る。
「はいこちらフロント係のカノンです。コヅカハルト様ですね。どのようなご用件でしょうか」
受話器の声は聞こえないが、彼女が深刻そうに俺の顔を覗いてきて、ただ事ではないことだけは理解できた。
「はい。……はい。かしこまりました。至急従業員を当てさせていただきます。お手数をかけますが一度フロントの方に来ていただいても構いませんか? はい。ありがとうございます」
ガチャリと電話を切って、カノンはため息を隠すように大きく深呼吸した。苦虫を噛み潰したような表情を刹那浮かべ、頭を抱えてしまう。
「認めたくはありませんが……あなたの言った通りかもしれません。後半の妄想垂れ流しな長台詞のほうではありませんよ? 人質の話です。コヅカハルト様から連絡を受けました。エルフィ様が誘拐されたかもしれないと。ワタシ達にとってもこうした事件は初めてです。バロン、治安維持隊としての力を貸してくれますか?」
「推理があってるか断言できないけどな。それとカノン、忘れちゃいねえか? 俺の任務は元々、ホテルの脅威を退けることだぜ? まぁそれに……愛着も湧いてきたしな。偉大なる父の命令もあるけど、このホテルを守りたい」
俺はおかしなことを言っている。ホテルマンの仕事を優先したり、命令ではなく俺の意思だと主張したくなったり。……冷静じゃない。カノンは機械なのに。なぜ彼女を考慮しようとする? 自問自答。答えが出なかった。これじゃあまるで、機械に惚れたあの青年みたいだ。
(こちらバーテンダー。……申し訳ありません。僕の不手際です。勇者に危険が迫ってるかもしれません。彼女、コヅカハルト様の浮気相手だったみたいで、エルフィ様がそのことに気付いて殺気立って出て行ってしまいました。どなたか至急、エルフィ様を監視状態にしてくれませんか?)
エルフィは誘拐されていない? コヅカハルトはやはり浮気をしていたのか? なら何故……わざわざフロントに電話をした?
(こちらバロン、すぐにエルフィ様のところへ向かいます。……事態は思ってた以上に複雑かもしれない)
コヅカハルトが勇者を助けて、勇者が動物の檻を壊して、それから誘拐されたと電話した? 陽動? けどエルフィは一人で動いているのか? ……分からない。どうやって鍵を盗まれたかも。何が目的で、誰が黒幕すらかも予想できない。
「カノン、悪いけどバーの方に向かわせてもらう。信じないだろうけどエルフィの目は……今日のお客様のなかで一番狂気的だった」
彼女の瞳はカルト宗教に洗脳された信者に似ていた。何かを大切に想っていて、そのためならどんな悪事も躊躇いなく行えるし、命すら投げ出せる。自分を悪だとは思わないけど枷の外れた一番危険な奴らの目だ。
「ホテルマンはお客様が主役です。お客様を信じることが仕事です」
カノンは毅然としていた。真剣な眼差しで俺を睨む。表情は硬く威圧的で、対峙しているとだらだらと冷や汗が流れてくる。考えろ。発言を選べ。俺にしか出来ないことだ。
「……コヅカハルト様にエルフィ様は勿論、勇者様だってお客様だ。彼ら皆が寛げる時間を提供するために行かせてください。ホテルマンとして、治安維持隊として。ここの平穏を取り戻させてください」
カノンは沈黙したままだった。力を貸してくれますか? と言ってくれたのに。俺を信じてくれたと思ったんだが、やっぱり機械は機械。いや、彼女はホテルマンとして我を貫くのか。
そう思ったさなか、カノンはこれまでにないくらい長く大きな溜め息をついて、俺に顔を向けた。開き直った穏やかな笑顔だった。紫の瞳が妖しく揺れる。儚いような明るいような、掴みがたい光だった。
「後輩の指導不足は上司の責任。後輩の不要な言動を助長したのはワタシの責任です。コンプレインは一緒に受けましょう。ですから安心して行って来なさい。怪我はしないように。ワタシはコヅカハルト様の対応に当たります」
「……了解!」
カノンに見送られて俺は逃げるようにバーの方へ向かった。こんな状況なのに、彼女が確実に俺を信頼してくれてることが嬉しくて、あの笑顔が脳みそに刻まれて頬が緩んでしまいそうだった。
「なに照れてるんだ俺は。……見た目が可愛くたって、ホテルマンとして完璧だとしたって、カノンは機械だぞ」
自嘲が独り言になって口から零れる。それでも悪い気分ではなかった。




