幼妻と浮気したい俺 その二 電気銃を握り締めて
pc壊れたので頻度が堕ちます
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いない。エントランスにもプールサイドにも。愛しいあなた。格好良くて逞しくて、正義感が強くて優しいあなたはどこに行ったの? ……下の階に行ったとホテルマンが言ったのに。……まさかあの男、わたしと彼を会わせないために嘘をついた?
ううん、それはきっとない。嘘つきの仕草はしてなかったし、そもそもあの階段にいた彼はわたしがコヅカハルトの奥さんだってことを知っている。隠す理由がない。
きっとわたしが探せてないだけだ。大切な探し物に限って、見つけるのは大変なのだから、焦れったくて、恋焦がれてしまいそうで、恍惚としそうになるこの顔を必死で天津爛漫な少女らしく振る舞う。
「あと行ってないのは……地下かしら」
地下室はあまり好きじゃなかった。閉鎖的でいつだって薄暗くて、逃げ道もあまりないあの空間にいると暗闇が怖くて脚が震えて、子供っぽいって思われたくないから。
「……でも、でも。はは、あははァ。あなたがいるかもしれないならどこにだって行ける。早く頬ずりしたいよぉ」
いけない。ハルトの奥さんなんだから、淑女らしくしなくちゃ。わたしは自分を律して、緩み切って熱を帯びた頬を整える。カツカツと地下への階段を下りた。降りれば降りるほど胸が締め付けられていく。息をゆっくりと吸ってから重い木製扉を開けた。むわりと香るアルコールと爽やかな果物の匂い。
静かな店内。テレビで観るようなバーだった。子供には不釣り合いな場所だと分かってしまって緊張した。薄暗い店内。何人かの男が酒を飲んでいた。
(お客様。人間種ですね。申し訳ございませんがホテルのルールで一定年齢にならないとお酒を提供することはできないのでご了承ください)
脳内にいきなり声が響く。加えて、カウンターでウィスキーの瓶や氷が突然ふわふわ浮遊し始める。驚いて涙腺が熱くなってしまった。怪奇現象を前にして心臓がバクバクするし、肩はビクってしてしまう。
(ああ、申し訳ございません。知らなければ驚くのも当然のことでしたね。失礼いたしました。僕はバーテンダーの……そうですね、ポルターガイストと言えばよろしいでしょうか。そう言った存在です)
そうだった。この世界にはドラゴンだっているし、名状しがたいエイリアンみたいのもいるからねって前々から言われてたのに。怖がったら失礼だ。わたしはハルトの奥さんなんだから、人前ではきちんと子供らしく、良妻らしくしないと。
「ご、ごめんなさい。少しビックリしちゃって」
わざと瞳を潤ませる。いかにも健気な少女風な笑顔を浮かべると、酒を飲んでいた客がやれ泣かせただのと見えないバーテンダーをからかい始めた。
(良ければソフトドリンクのほうを用意いたしましょうか。これもお詫びです。お代は気にせずに)
「ううん。平気。けど人を探してて……。この人を見ませんでしたか?」
私は秘蔵のコヅカハルト寝顔写真集の一枚を見せる。連日の徹夜漬けでわたしがいれた睡眠薬入りのココアを飲んでようやく爆睡してくれたときの貴重な一枚。思い出すだけで頬角が緩みそうになってしまう。
寝てる彼をベッドに移して、彼の隣でわざと薄着で寝たら翌朝凄い驚いていて、本当に可愛かったなぁ。
(申し訳ございません。ご一緒に宿泊されている方でないと親族であってもそう言った事を口にできないものでして。いえ、元から口はないのですが)
「わたしはエルフィ。彼の妻です」
バーテンダーの姿は見えないけれど空気が凍り付いたのが分かった。穏やかで落ち着いた店内が途端に冷え込むような、触れてはいけない事に踏み込んでしまった確信。
(……彼でしたら三十分ほど前にこの店を出て行かれましたね。静かなところで一人になりたいと言っていたのでここは少し騒がしかったのかもしれません。はっはっは。南端の海岸のほうは見られましたか? あの場所はとても静かで綺麗で良い場所ですよ)
ハルトは一人になりたかったからわざわざわたしに睡眠薬を飲ませたとでも言いたいのかしら。……ありえない。彼を馬鹿にするな。このお化けはなにか隠してる。わたしも嘘つきだから、駄目な自分を見られるのは恥ずかしいから、いつだって隠し事をしてる。だから断言できる。同じ臭いがする。
わたしは周囲を見渡して彼の痕跡を探した。ふわふわと浮かぶ酒瓶が何かを隠しているように思えて、少し怖かったけど店の奥に入っていく。
そして見つけてしまった。隠そうとしていたものが何かを理解してしまった。バーの壁にあったコルク製の掲示板。色んな種族の客の写真が飾られていて、その一枚にわたしのハルトの姿もあった。笑顔を浮かべて、わたしよりも大人で綺麗な赤い髪の竜の少女と恋人みたいに肩を寄せていた。
「誰、この女……」
プツリと頭のなかで何かが切れた。堪えていた恋情と愛情と幼いわたし自身への劣等感が限界を超えて、気づけば六発もの電撃針を撃ち込んでいた。空気を切り裂く小さな音と共に蒼雷が走る。我に返ったときには掲示板が抉れ、客がこちらを注視していた。
(お客様、指定されてない場所と道具でのダーツはお控えください。よければカウンター席にどうぞ。ウィスキーボンボンはいかがでしょうか? アルコールは飛ばしてありますので。……お気持ちはわかります。しかしだからこそ一度席に――――)
「黙って答えて。ねぇこの女の人はだれかしら。仕事仲間なはずないもの。異世界人でしょ? バーテンダーさん。答えてよ。わたしは彼の奥さんなの。わたしが永遠の愛を誓った! 政略結婚でも書類一枚の手続きでもわたしにとっては……わたしにとっては……!」
喉が掠れるくらい声を張り上げて顔を俯かせた。嗚咽して、体を震わせてぽたぽたと涙を落とす。ああ、わたしの大好きなハルト。あなたのためならいくらでも泣いてみせるし、か弱い少女を演じてみせる。
(お客様。申し訳ございません。写真の女性の情報まで提供することになってしまいますので、いかなることがあってもお答えすることは……)
「そう。……ふふ、そうね。ごめんなさい」
もうこの場所にいても意味はない。頬を拭ってバーを出た。ボロボロと本当に涙が頬を伝ってしまって、堪えようと階段を見上げる。暖かな陽が差し込んでいた。
わたしを睡眠薬で眠らせて、大人びたバーで女の人と二人きり? ……彼が浮気したとでも言いたげなバーテンダーの態度。許せない。許せない許せない許せない許せない。
「愛を誓ったのに一瞬でもあなたを疑った……わたしが憎くて仕方ないの。ふふふふ……探さなきゃ。あなたが浮気なんてするはずないもの。あの女の人に脅迫されたのね」
彼女は剣を持っていた。竜のような翼と尾。獰猛そうな二本角。バーテンダーのように魔法を使えたっておかしくない。一体何が目的でこんなことをしてくれたのかしら。
「ふふふふ……探さなきゃ。あなたはわたしと一緒にいるだけでいいの。あは、あははは……! わたしが退治してあげる。新婚旅行……二人きりで、水入らずにならないと」
羨ましい。わたしより背が高くて大人びていて綺麗な人。けど許さない。どんな理由があったとしても、大切な、何よりも大切な時間を奪ってくれたからにはきちんとケジメをつけないと。
――――わたしは二人を探すことにした。睡眠薬と電気銃を握り締めた。




