創立パーティは豪華絢爛ディナーと共に その二 紳士的蜘蛛であれ
【創立パーティは豪華絢爛ディナーと共に その二】
(――私の声、理解できる?)
誰にもバレないように駆け抜けて、天井を這って、親友を逃がすためにあの檻をどうにかする鍵を探していたし、探さなきゃいけねえのにオレは牢に入れられたドラゴンの少女を見過ごせなかった。……助けてる暇なんてねえ。
けど紳士として育てられたオレの悪い性分か? オレ達を狩る側の種族とはいえ囚われの身の女の子。これを無視してしまったら、オレがモンブラン卿でいられなくなる気がしたのだ。
「――おう、聞こえるぜ。蜥蜴の姉ちゃんよ。オレに何か用か?」
彼女の話を聞くために足元まで降りた。赤い鱗を纏う翼と尾。炎のような髪に猛々しい二本角。黄金の竜眼。……強者だ。生物の頂点に君臨すべき生物のはずだ。それなのに彼女は頬に涙の痕を残し、全身を拘束されている。
(お願い。貴方はきっと人間は嫌いだろうけど、頼れるのは貴方しかいないの。隣の部屋にいる男が鍵を持ってるから、それで拘束を解いて欲しい)
人間は確かに大嫌いだ。けどオレは好き嫌いで物事を決めない主義だ。この子は運は無さそうだが悪運はあるな。それに打算的な考えだけど、彼女はきっと恩を返してくれる。誠実な人だ。いや、竜か?
「いいぜ任せな。鍵とやらを盗って拘束を解いてやる。けどもしあんたが礼をしたいっていうならオレの仲間を助けて欲しい。あんたと同じで囚われてるんだ」
(それぐらいなら全然問題ないわ。牢を出れれば大魔法も使えるはずだから。外からならこんな牢屋だって壊せるもの)
強気な発言をオレの頭に響かせてくるけど、彼女はいまだに半泣きだった。こんなやつがオレの友を助けられるのか若干不安だが乗りかかった船ってやつだ。やるしかねえ。
格子を伝って天井に上がった。隙間から牢を出る。豚野郎だったらできねえ真似だ。隣の部屋は仮眠室だった。花の匂い。白いベッドやらハンモックやらが並んでいる。人間は……黒いスーツを着た灰髪の男が一人いるだけだ。幸運なことに彼の意識は義手の一点に向いていた。ガチャガチャと機械仕掛けのそれを腕に着けようとして苦戦しているみたいだ。
荷物は彼のすぐ隣。鞄に纏まっている。キラリと銀に煌めく鍵も見えた。糸で釣るか? いや、この男は人間的じゃねえ。目つきが野生動物のソレと同じだ。大胆な動きをすれば微細な空気の揺れで間違いなくバレる。
なら手段は一つだった。迅速に、けれども絶対に音を立てちゃいけねえ。気配を押し殺すんだ。……いけるか? 一瞬のチャンスを探り神経系を巡る。覚悟を決めて前脚の一本を壁から離す。
「ぞえぞえー! ここに居ったかバロン・フォールズ!」
直後、奇怪な鳴き声? と共に宙を浮かびながら長い黒髪の童女が部屋に乱入してくる。布製のお淑やかな衣を纏ってるくせに快活で悪戯っぽい表情だった。
驚いたのはオレだけじゃねえ。義手を弄ってたバロンとかいう男も、少女の突然の闖入にビビったのか咄嗟にチャカを構える。
「誰だお前。勇者の仲間か? あいにく鍵を渡すつもりはないぞ」
がさりとオレの目標地点を壁に寄せる。ナイスだ。これで移動距離が縮まったぜ。けど警戒心が強くなっちまった。……いや、いやいや! この野郎は目の前の女の子に意識が向いている。チャンスじゃねえか?
「ちょ!? 待つのじゃ。我はシェフの一人じゃぞ。そして神じゃ! 神! 新入りが気になって気になって仕方なかったからのぉ……。おぬしに餌やりをすると言って覗かせてもらったのじゃ」
少女はくるりと宙を一回転するとどこからともなく銀のトレイを取り出して蓋を開ける。むわりと香ばしい匂いが漂う。なんだろう? カタツムリを焼いたもんか? けど皿にあるのはオレの全長と同じぐらいの大きさをした赤い宝箱が一つだけだった。
「……これはなんだ? 食べられるのか?」
バロンとかいう男。警戒は怠らねえが日頃の食事が良くねえらしい。匂いを嗅ぐなりみっともないくらい腹の虫を鳴らして興味を示していた。
「これはのぉ。勇者と同じ世界で取れるミミックなる貝類じゃ。なぜかどの世界でも同じようなイメージで存在しおる宝箱と同じような外観の殻をしていての。ここをパカっと開けるじゃろ?」
童女がとても楽しそうに説明しながら皿の上の宝箱を開ける。じゅわりと溢れ出る旨味成分。ぷりっと弾けるような純白の身。中に香草、いや、そういう類いの果実が入ってるのか? ……昆虫と果実が主食のオレでもわかる。間違いなく人間の舌には美味と感じれる部類のものだ。
「……食べていいのか?」
ギラリと男の目が変わった。捕食者の目だ。同時に、御馳走を目の前にした純粋な少年の目をしている。キラキラと輝いてやがる。
「もちろんぞえよ!」
満面な笑みを返す童女。オレは確信した。今この瞬間こそ絶好のタイミングだ。動くか――――危険はあるが、どちらにしたって彼らが何気なく天井を見上げたら詰みだ。狩りってのはいつだって賭け事みたいなもんだ。恐怖はなかった。蟲ってのは恐怖を感じないから強いんだ。オレはそう自負してる。
「……旨いな! ま、まだあったりしないのか!?」
目の前の男は油断のないやつだった。さっきまでだって普通の人間が相手なら何も問題はねえはずだった。視線は義手にのみ集中していたし、けどこいつは嫌な予感がした。死角にいても油断できねえ。
「もちろんあるぞえよ。うへへ……まだ若い好青年に餌付け……のじゃ! 背徳感♪」
でも今は違う。どんな生物だって狩りの瞬間は周囲を顧みねえ。オレだって鍵を取りに行くその瞬間になったらただ全速力に全神経を向ける。今のあいつは飯に集中してる。よほど過酷な環境で育ったに違いねえ。野生動物と何も変わりはしねえんだから。
「そうだ。伝えてくれって言われたんだ。お客様の二人が……ええと、魔王様とクロノディアス様が、『最高だったとな!』と」
「おおぅ! あの魔族のお客様じゃな! クラーゲンに伝えておかねばなるまいな!」
――――今だ。今行くべきだ。鍵を取らなきゃあの竜っ娘は助けられないし、豚野郎を助ける目途も無くなっちまう。オレがやるしかねえんだ。だから覚悟を決めた。
全ての肢を万全の状態にして触毛を鋭敏に、全神経を集中させろ。一点のみを見なきゃ狩りは成功しねえ。その一瞬だけは防御も捨てて、運命に祈るしかないんだ。
(モンブラン卿! 今こそ騎士道を見せるときだ!)
心のなかで叫んだ。叫びながら、壁を這って駆け抜けた。一人の男と自称神が油断している隙に、鞄のもとまで、鍵の上まで一直線だ。




