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異次元ホテルへようこそ!  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:パーティが始まる前に
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創立パーティは豪華絢爛ディナーと共に その二 脱走と追跡

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 太陽はいつまで経っても熱いくらい日差しを寄越すけど着実に海のほうへ移動してっている。それでも涼しいのは心地よい海風が吹き続けるからだ。椰子の葉と得体のしれない花が靡いて、崖の下から絶え間なく波音が響く。


 モンブラン卿こと紫色のタランチュラがオレ達を助けるために行ってからそれなりに時間が経っていた。いくら肢が速くたって虫の歩幅じゃ時間が掛かるのも仕方ねえ。けどタイムリミットはあまりなさそうだぜ畜生。


「やばいわ。誰か来てる! 私の尾のピット感が人間の熱を探知してるの!」


 ジウルーンびちびちと体から生やした触手が気色悪い音を打ち鳴らす。翼の間から覗くように、多肉植物の茂みを睥睨し、大慌てで檻に体当たりし始める。だが無意味だ。それに言われなくても分かってる。オレっちの鼻が血と香水と少女の汗の臭いをばっちし嗅ぎ取ってるからな。


「落ち着けビチビチちゃん。臭いからしてシュフの奴らじゃねえ。あいつら料理に香りが移らないようにしてやがったしな」


「だれがビチビチちゃんよ。馴れ馴れしいわよ豚野郎」


 呼びやすいし、触手がびちびち喧しいから似合いだと思ったんだがな。レディの感性とはちょっち合わねえらしい。


「今オレ達のとこに来てるのは血の気の多いやつだな。例えるならそう、戦いを終えて帰郷する腹を空かせた兵士……」


 あれ、それってもっとヤバくないか? 何気なく口にした言葉がゾクリと背筋を凍らせる。ああ、このままじゃあ冷凍ベーコンになっちまう!


「ちょっとどうするのよ! やっぱりあの蜘蛛さんじゃ無理だったのよ! このままじゃタンドリーチキンにされちゃう! 嫌、せめてローストチキンがいいわ!」


「落ち着けビチビチちゃん! お前は鶏じゃねえ! でもカエルって鶏と味が似てるらしいぜ! でもチキンとイカって合うのか!?」


 いやどっちにしたって死ぬじゃねえか! オレ達はそのことを理解して精一杯に檻に体当たりした。茂みから来る捕食者に食われるくらいなら一か八かだ! このまま崖に落ちて檻をぶっ壊してやる。


 ガツンガツンと力任せにタックルをした。翼があるやつってのは大抵骨が弱っちい。こういう荒仕事はオレっちの役目だ。全身を打ち付けるたびにビリビリと鈍痛がするけど構ってる暇はねえ!


 だけどいくら体当たりしたってやっぱり無駄だった。ピクリとも動かねえ。こんな重いもんをあの空飛ぶクラゲは触手一本で運んでやがったのか!? 今更敵戦力の脅威を身をもって知らされた気がした。嗚呼、わりいなモンブラン卿、ビチビチちゃん。どうやらオレっちには無理だったぜ。


 諦めかけたその瞬間、豪華に咲き誇る赤い南国の花を掻き分けて彼女は姿を現した。ドラゴンのごとき翼を背から生やし、腰から伸びた赤尾が揺れる。細い瞳孔。間違いねえ、捕食者の目だ。小さな口から刹那見える獰猛な牙。肉食獣のそれだ。


 外見こそ人間の少女のようだが真っ赤に染まった髪はオレっちの世界じゃ災厄をもたらす者だ。彼女はきっと破滅の使者に違えねえ!!


「ゆ、許してくれ! せめて生きたまま丸かじりだけはやめてくれ! 一思いに殺せ! それと可能ならソーセージはやめてくれ! オレっちの腸にオレっちの贅肉と血が詰め込まれるとかグロ過ぎるぜ!」


(失礼ね。本当に食べちゃうわよ)


「ぶひいいいいいいいい! ってあれ? 今普通に言葉通じなかったか?」


「そりゃオレが見つけ出した救世主だからな」


 もぞもぞと彼女の背から這い出て、角の先端まで登ってきたのは紫色のもじゃもじゃの蜘蛛だった。あのキモいルックスは絶対にモンブラン卿だ! やってくれるぜこの野郎!


「お前スケベな奴だな! どこに隠れてやがった。まったく最高だぜ。どん底から急上昇だ」


「なんでドラゴンの娘に助平心を抱かなきゃいけねえ。こいつも捕まってたから助けたんだよ。そんでお礼にお前らの檻をぶっ壊してくれるってことよ! んじゃ、頼みましたぜ勇者様」


 ガチガチと大顎を鳴らしてモンブラン卿は彼女から距離を取った。勇者は神妙な表情を浮かべながらも、その腕を天高く突き上げて咆える。


「剣の誓いを起こそう。腕は血に染め、心は白く。天蓋劈く稲妻が咆える。雷鳴轟き勝利に叫ぶ。運命の金輪。承認せよ。我が名は勇者!」


 声高らかに詠唱。少女の体が目には見えない不思議な力を纏い、その華奢な手が豚でもわかるくらい神聖な光に包まれる。例えるならそう、太陽か月の光だ。その力はやがて収束し、片手で持つにはいささか大きすぎる剣が現れた。


「てっきり凄い魔法でも出るのかと思ったけど……剣が出てきただけ? それで斬るの?」


 ジウルーンの馬鹿が失礼なことを言い出す。怪物なんだから深く考えねえで吠えてればいいのによ。


(悪かったわね。聖剣が没収されたから新しいのを作っただけよ。……斬って壊してもいいけど間違えて斬首しちゃうかもしれないしこうさせてもらうわ。――融解せよ。原始の終焉。メルトダウン)


 一転して不快なエネルギーが周囲を巡る。疫病に掛かった同類が放つ嫌悪感に酷似していた。その理解できない力がオレ達を捕らえる堅牢な檻を満たすと、たちどころに格子が溶けていく。それはもうドロドロになって煉瓦道を染めていく。


 こうなったら脱獄は容易だぜ。オレっちはすぐさま檻だったものから飛び出した。ああ! 蹄で地面を蹴る感覚! ずっと外にいたけどやっぱり檻のなかとじゃ空気が違う! 異世界の空気うめえ!


「ヒャッハー! シャバの空気だぜ! 助かったぜモジャモジャ! 勇者さんよぉ」


(元からシャバだったじゃない。うぅ、アニマルエンパシーは動物とお話できるメルヘンな魔法だと思ってたのに皆こんな口調だったなんて……)


 竜の少女が勝手に動物に理想を抱いて幻滅し、深く嘆息する。助けてくれたのはありがてえが随分偉そうな話だぜ。


(でもこれで借りは返したわ。助けてくれてありがとね。私は倒さなきゃいけない人がいるから。……あ、その前に一つだけ。ぷーる? ってなんのことか分かる? 私が探してる人がそこにいるかもしれないの)


「力になれなくてごめんなさい。私はそのぷーる? っていうのは聞いたこともないわ。上位の独立種族かグレートオールドワンかしら?」


 怪物のやつも知らないか。シュルルと蛇の尾が舌を巻きながら首を傾げる。……オレっちも聞いたことがねえな。


「モジャモジャは分かるか?」


「モンブラン卿と呼べって言ってるだろ。オレは人間と暮らしてたころがあるから分かるぜ。プールってのは人が泳ぐのを楽しむために作った人工的な池みたいなもんだ」


(あれは貯水用のため池じゃなかったのね……。ありがとう。本当に助けられたわ。今度こそさよならね。食べられないことを祈ってるわ)


 勇者は微笑を浮かべると踵を返した。剣を腰に掛けるとすたすたと遠ざかっていく。草むらのなかを突っ切って行ってしまい、すぐに鬱蒼とした影で見えなくなった。……っと! 悠長に女の子のケツ見てる場合じゃねえな。


「オレ達もすぐに移動しよう! けどどうやったらこの世界から出られるんだろうな」


 変なトラックに詰められてドナドナと揺らされて気づいたら奇怪な南国の島だ。巨大なキノコやら空には時々、植物生え散らかした岩が浮かんでやがる。挙句に水平線の向こうは虚無ときた。この島で野生になれるんならいいけどそれも厳しいだろうしなぁ……。手詰まりってやつだ。


「私達が最初にこの世界に来た場所に戻るのはどう? もしかしたら出れるとまでは言わないけど、もしかしたら出るための条件とかがわかるかも」


「GIrhaaaaaaa……! って騒ぎ立てるだけかと思ってたがたまには良い事言いやがるじゃねえか。よし! そうとなったらすぐにあの場所に行こうぜ。人間にバレないようにな」


 オレっちの優れた嗅覚が要注意生物である宙を浮くクラゲと腕が四本ある仮面野郎の臭いも記憶してる。こんな場所に来たのは不運だが悪運がオレっちにはあるぜ。奴らの臭いはしなかった。


「モジャモジャ。背中乗りな。お前の感触機関はあてになるからな。おっとビチビチちゃんもオレっちに乗りたいか?」


「変なセクハラしないで頂戴。私にはあなたより素早く動ける脚があるし、後ろの眼もあれば熱探知だってできるの。嗅覚なんかより全然優れているわ」


 ビチビチちゃんは翼で地面を蹴ると恐れることなく茂みのなかに突っ込んでいった。目指すは元の世界。今のオレ達ゃさながら異世界転移した主人公パーティだぜ。

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