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異次元ホテルへようこそ!  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:パーティが始まる前に
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勇者と魔王の最終決戦 その四 運命の蜘蛛

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 辛い。喉の奥がひりひりする。気道が焼けるように痛い。咳が何度も出ようとするけどテープによって阻まれる。堪えようと必死になって全身で悶えた。あの豪華で穏やかなホテルに反して私が入れられた牢屋は無骨で何もない。


「んんんんんんんんー!」


 苦しくて、呼吸もままならない。私は魔王を倒したいだけなのに。あいつは世界の敵。敵! だから私は勇者として行動したいだけなのになんで殺されそうになるわ、壁ドンされて彼女のフリをさせられるわ、挙句に牢屋になんて……!


 せめて口が動けば魔法でどうにか……いや、魔力反応でバレてすぐに駆け付けられるだろうか。にしてもあの男、いくら何でも酷過ぎる。こっちはホテルを破壊しないように必死で力を制限したのに。


「ひゅー……! ひゅー……!」


 気道が狭まってくる。呼吸がまともにできない。どんな傷を負っても断ち上がれたのに、たかが辛いだけで私は魔王へ刃も届けられず、苦しくて涙が溢れ出てきた。勇者なのにこんなにもみっともない姿になってるのが恥ずかしくて、つらくて、全てを投げ出したくなる。


「癒したまえ。すべての穢れを殺し、あらゆる傷に祝福の力を与えよ。ヒールオール! ……勇者、流石に、呼吸困難は、見過ごせない。……平気か?」


 スッと消えるように気道の痛みが消えた。強張っていた緊張が解けそうになる。懐かしい声がした。けど彼は、彼はこんな高度な回復魔法をできなかったはずだ。


 私は半信半疑のなか顔をあげて、その声の主を見て目が見開くのを抑えられなかった。……死んだと思っていたのだ。私の大切な仲間の一人、狂戦士のフレイル・フルネーム。


「んんんんんー!!」


 感極まって名前を呼ぼうとしたけどテープのせいで声は出せなかった。彼はその赤い双眸で私をジッと見下ろしていたけれど、拘束具を外してくれはしなかった。それに黒く整った服装。私をこんな目に遭わせた奴と同じ格好だ。


(悪いが、拘束は外せない。念話で、話してくれ)


 強い魔法は遮断されているがそのくらいならできるのか。私はすぐに魔力を発した。脳内に直接交信をかける。


(生きてたのねバーサーカー! でもなんで助けてくれないの? 私達仲間じゃない!)


「すまない……。オレは、もう狂戦士じゃない。四天王との闘いの果てに、ここに流れ着いて、……救われた。だから、回復魔法を学んだ。オレは、ホテルマンだ。君を助けることは、できない」


 戦いの果てにようやく魔王城にたどり着いて、でも逃げられて、追い付いても遠ざかって、絶望のなかに刹那見えた光も一瞬で消え失せた。彼の目は本気だ。悲しいことだったけど、彼の姿は狂戦士でいるより何倍も誇らしげで、楽しそうに見えてしまって、言葉が止まってしまった。


(……ならよかったわ。私は相変わらず勇者よ。転職の充てもなかったしね)


(本当にすまない……。魔王であろうと、邪神であろうと、お客様である限り……ホテル内では絶対に、快適でいてもらわなければ、ならない)


 彼は几帳面な人だ。私に顔を見せなくたっていいのに、こうしてわざわざ謝りに来て、そのうえできちんと説明して断固たる対応をしてくれる。


(もうすぐ、次元ゲートが開く。……そしたら勇者、あなたを、元の世界に帰す)


(ええ、それがあなたの仕事なんでしょ? 私は怒らない)


 バーサーカーは、いや、フレイルはホテルマンとして真摯な一礼をするとその場を後にしてしまった。胸にぽっかりと穴が開いた気分だ。でも彼が生きていただけ、私にとっては朗報だ。


 ……けど、だからこそ素直に送還されてたまるか。私は勇者だ。そのために五歳のころから山奥で修行をさせられた。私の不器用な強さはそれぐらいしか使い道がないのだ。


 牢屋に入れられようとも、祖国が滅びようとも、人間同士が争い始めようとも、私の義務は魔王を倒す。勇者である限りその因果から逃げるわけにはいかない。どんな手段を使っても絶対にこの危機を脱する。


(私は私の存在を証明するために魔王を倒す)


 何か手はないものか。拘束を解いて牢屋から出る方法を探して、私は周囲を探した。牢屋に使えそうなものはない。天井に紫色の毛むくじゃらの蜘蛛がいるくらいで……。


(――私の声、理解できる?)


 念話の応用。動物と会話する魔法。勇者はイメージが大事だからとお師匠様が教えてくれたものだ。いつも魔族の血を浴びてる私とはかけ離れたメルヘンなものだから、恥ずかしくて今まで一度も使ったことはなかったけれど、今は蜘蛛の糸にも縋りたいのだ。


 私は祈った。その蜘蛛が返答してくれることを。魔法が上手く行ってる自信はないし、話せてもお願いを聞いてくれるほうが少ないのだ。だから、祈り目を閉じた。


(――おう、聞こえるぜ。蜥蜴の姉ちゃんよぉ。オレに何か用か?)


 蜘蛛は素っ気ない声で応えると私の足元に降り立った。毛むくじゃらの脚が触れる。むず痒かった。

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