機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その三 プールサイドの暗躍者
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
欲しいものを盗むためなら異世界だろうと踏み入れる。今宵ホテルのパーティで行われる宝石展覧会でお披露目される漆黒の宝石……ルナティックストーンを、狂った愛の名を持つ希石を手にするために少女と男は行動に出始めていた。
(あーあー。こちらユリシス。聞こえてる?)
さんさんと日光が照りつける中、艶やかな褐色肌の少女は濡れた白銀の髪を纏めながら自身の呪力を使って相方であるシュトラフに交信を取る。
(聞こえるとも。何かイレギュラーでもあったか? それとも面白いものでも見つけたか?)
脳内に響く枯れた声。ユリシスは心の底から目の前の光景を楽しむように琥珀色の双眸を輝かせて、快活で姦しいくらいの声を送った。
(シュトラフも予告状作ったらプールサイド来てみなよ! とは言っても人間用のは普通よ? 普通に凄いだけ。でも別エリアはぁ、どういう原理なのかしら? 空間を切り裂いて小さな宇宙を形成してるエリアとか、竜巻のプールとか、溶岩とか別世界の魔力? 解説には星のエネルギーって書いてあるけど……黒い油みたいのとかとにかく見たこともないわ!)
(そうか。楽しいならそれでいい。だが仕事は完璧にこなしたまえ)
ふふん、と少女は鼻で笑う。華奢な手で空間に小さな歪みを作ると、慣れた手つきで無から赤い果実と銀のトレイを取り出す。
犯行後、混乱に乗じて逃げるために多数の客に変身の呪術を行う必要があった。そのためには手元の果物を対象に経口的に摂取させる必要がある。ユリシスはホテルマンに扮して適当な口実をつけて客に食べさせるつもりでいた。
(もちろん私は完璧よ? シュトラフは素敵な予告状、作れた?)
(……こういうものはいつも時間がかかる。ラブレターを書いているような気分さ。頂きに参上しますにするか、頂きますにするか。推敲というものだ)
『ラブレター』。その単語を聞いて少女はくすりとあざけて口角を上げる。朱に染まる頬。顔が熱くなるのを隠そうとはしなかった。
(ふふん♪ ふふふん♪ 楽しみね。私たち二人でホテル中パニックにしてあげようさ)
(嗚呼、とても楽しみだとも)
渋く低い声を満足なくらい摂取したからユリシスは念話を切った。ニヤニヤと表情を溶かしながら計画を進めようとプールサイドを一望に収める。しかし不意に、ユリシスは背後から声をかけられた。
「ノナしちモラみらテラもらスチさかなカイにニしいトナのち?」
「はい?」
機械に読ませたような淡々とした音質。ユリシスには理解できない言語だった。意思伝達の呪術に寄る翻訳も機能せずに、ただ話しかけられたということしか分からないまま少女は振り向く。そして硬直した。
自身の数倍の体躯の不定形の生物がそこにいた。玩具みたいな金と銀色の粘液をテカらせて、触肢を靡かせながら五つのドス黒い瞳がユリシスを映す。
少女は咄嗟に生理的嫌悪感を押し殺した。計画を進めるためにここで動揺すれば不備が出ると確信し、震えようとする脚を堪えながら平静を装った。
「もらすちサカナかいニに?」
「はい。どういたしましたか?」
その生物もホテルの客だろうとユリシスは理解していた。危害は出してこないはずだと推測を巡らせる。それでも理解できない言語を話す怪物が目と鼻の先まで粘液まみれの身体を近づけてくるのはおぞましい時間だった。
「チすにキチからナ」
蠢く触肢の三本がにゅるりとユリシスの腕を這って、銀のトレイに乗せていた果物を取り込んでいく。取り込み終えると、怪物は何事もなかったかのようにその場を離れて行った。
「……は、早く人型のエリアに戻ろう」
怪盗の少女は呆気に取られてしばし棒立ちしたが、我に返って逃げるようにプールサイドを早足で移動した。




