機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その三 機械仕掛けの心
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平気だと言っていたのに、勇者を抱えて戻ってきたバロンはだらりと頬から血を流し、その右腕の義手は縦に避けていた。火花とスパークを散らして、機能不全になったのか黒煙を漂わせている。
「魔王……いえ、お客様は無事です。勇者のほうはすみません。無傷での捕獲は無理でした」
彼は申し訳なさそうに紫の瞳を濁した。その視線の先、抱えられた勇者は体をよじらせ、もごもごと粘着テープを唾液で濡らして何かを叫んでいた。……あまり健全な絵ではない。
「何が『まぁ、平気だ』ですか。全然大丈夫じゃないじゃないですか。切り傷はあるし、腕も壊れてる。見栄を張って虚偽の報告をしないでください。業務に支障が出るでしょう」
「すまん。そこまで頭回らなかった。あと腕を付け替えたいから少し休憩を貰いたい」
謝らないで欲しい。接続部分が痛まないかとか、他に怪我はないかとか、沢山聞きたいことがあったのにワタシは叱責してしまった。勇者が魔王を殺そうとした言質も取れている。捕縛できたのは褒めるべきことだったのに。
「爆破予告とは別の犯行でしょうけど、あなたはお客様のためにその腕を犠牲にしてまでも尽力しました。褒めるに値する行動でしょう」
「ははは、褒めるなら素直に褒めろよ」
バロンはからかうように笑った。笑いながら、勇者の拘束具を二重、三重に増やし、マジックアイテムである封印の鎖を備品から取り出して、雁字搦めにしていく。遠慮はなかった。
「褒めて欲しかったらお客様の見えない場所に行きなさい。その醜態は人族の不信感を買います。……よく頑張りましたね。ビッグファーザーの命令に関係なかったのに」
身だしなみが乱れたままだったり、一悶着あったせいか歩き方が臨戦態勢に戻りかけていたが、最初の彼と比べたら相当成長している。もう仕事を馬鹿にしていなければ、傲慢でもないのだから。
「勇者はどうすればいい?」
「控え室の奥に人型種族用の牢がありますので、そこに放り込んでください。それと隣に仮眠室もありますし、あなたは少し休みなさい」
「分かったよ。そんな顔されても困る。十五分だけ休むわ。腕も五分あれば新しいの着けられる」
――そんな顔? ワタシは一体どんな表情をしたのだ。ワタシのプログラムは最先端過ぎて、あまりにも繊細で、自分でも理解が追い付かない。不明瞭な感情が渦巻く。変な表情をしていなければいいのだが。
ワタシはワタシの両頬を押さえた。確かに少し……表情が強張っていたかもしれない。
「……あなたが不用意な怪我をするからです。人間は頭部を打ったら大した力でなくてもポックリ死んでしまうことがありますし」
彼は気づかれてないと思っていたのかもしれないが、額が青く染まっている。痛々しい打撲の痕だ。内出血を起こしているのだ。きちんと冷やさないといけない。
「そうですよ。あなたが不要な怪我をするのが悪いのです。あとでクラーゲンに氷届けさせますから、ちゃんと頭を冷やしなさい」
「はいはい……ったく。それどっちの意味で言ってるんだ? カノン。……っと、忘れるとこだった。前日以前に宿泊した客の詳細と部屋の場所を教えてくれ。テレパシーでもデータでも書類でもいいから。そもそも今日泊まったやつが犯人とは限らないからな。今日チェックインしたやつに目が行き過ぎてた。確認しとかないといけねえ」
「客室係からは不審物の知らせはありませんが……了解しました。あなたにデータを送ります。確認してみてください」
『じゃあ、頼んだ』と言い残してバロンはカウンター奥へと入って行った。しかし何かあったら大変だった。彼には改めてお礼をしなくてはならない。思わず肩の荷が下りそうになって、ワタシはパチンと頬を叩く。
ぶつぶつと文句を言いながらバロンはカウンター奥へと入っていった。ああ、何かあったら大変だった。彼には改めてお礼をしなくてはならない。思わず肩の荷が下りそうになって、ワタシはパチンと頬を叩く。
まだパーティ開始時間までは先が長い。ホテルマンとしての仕事は半分だって終わってないのだ。
(あの、聞きたいことがあるのですが)
頭に響くテレパシー。目の前にいるお客様が、翼の生えた菌類が声をかけたらしい。
「はい、どのようなご用件でしょうか。お客様」
ワタシはすぐに笑顔を向けた。バロン・フォールズはまだまだ未熟だが、ホテルマンの仕事が無理だと断言してしまったことは早いうちに撤回すべきかもしれない。でないといつ彼がドヤ顔を浮かべるか、分かったもんじゃない。




