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渓谷で警告

 最高の行楽日和。十一月二三日からのを連休を利用して、俺は埼玉県の寄居町に遊びに来ていた。

 メンバーは俺、花蓮、豪介に加え、先日知り合った吉田医師と、先日復活を遂げた学、その婚約者である美緒ちゃんの、総勢六名でのアウトドアレジャーだ。やっほーい!


 メンバーの中に豪介と吉田さんがいる時点で、方向性はある程度決まっちゃう。

 二人がどんどん計画を進めてくれるから、俺としては楽ちんだったよ。

 キャンプ場に着いたら早速ビールで乾杯した。

 それ以降は日本酒を飲んだり、焼酎を飲んだり、途中でウイスキーになったと思うんだけど、それ以降はあんまり憶えてない。

 昨日は温泉に行ったり、夜中までバーベキューして過ごしたり。

 山間のキャンプ場は夜になると冷え込んだけど、空気が澄んでいるせいか星がキラキラだった。

 最高でしょ?

 このメンバーの中に学がいるってのがいいよね。

 談笑しているあいつを見て、ちょっと泣きそうになっちゃったよ。


「でよ、風光明媚なカヤック体験なのに、なんで俺はじいさんの顔を見ながらオールを握ってんだ?」

「みてみて!えすえるじゃ!力強いのぅ、かっこいいのぅ!」

 じいさんは俺のの正面にちょこんと座り、目の前を通り過ぎるSLを見て興奮している。

 ちょっと……そこどけよ。じいさんのボサボサ頭が邪魔でよく見えないんだよ。


「つれないのぅ。せっかく遠くまで来たんじゃから、もう少してんしょん高くいけんもんか?」

 俺の心中を勝手に読んだであろうじいさんが、若干拗ねながら流し目を送ってくる。

 マジキモい。


「さっきまでは高かったよ!こんなじいさんがいきなりカヤックに現れたら、誰の気持ちだって湖底に沈むっつうの!」

 みんなで一隻ずつカヤックを借りて玉淀湖という綺麗な湖に滑り出すと、間もなくじいさんが現れた。湖に漂う霧がギュっと集まってきたと思ったら、髪も眉毛も髭も真っ白で浴衣姿のじじいが舳に座っていた時は、落水するほど驚いたよ。

 驚いた俺を見て悪いと思ったのか、じいさんはすぐに頭を下げたが、その時の事について触れるのは差し控えよう。


「え?差し控えんでくれ!ね!せっかく仕込んでるんじゃから……」

 差し控えよう。

 差し控えるが、一度外した小道具をもう一度着ける瞬間は、妙な哀愁に包まれている点だけ言っておく。


「で?今日は何の用なの?」

「特に用という程でもないんじゃがな。おぬし最近、調子良さそうじゃのう」

 言葉とは裏腹に、じじいの表情は曇っている。


 花蓮達は近くでカヤックを漕いでいるけど、俺達の会話に気付く様子は無い。

 じじいがいる時はいつもこうなる。俺とじじいの周囲だけ不可視のバリアみたいので覆われるような感じで、誰も俺達の存在に気付かなくなってしまうんだ。

 ちなみに、俺はこの状況が嫌いだ。

 だって寂しいんだもん!


「まあな。死んだ親友が帰ってきたんだから、これほど嬉しい事は無いよ」

「それは何よりじゃが……好事魔多しと言うからのぅ」

 じじいが現れた事で、喫水線ギリギリだった俺のご機嫌が水面下に沈みかける。


「おい!それは聞き捨てならないぞ?俺になんか起こるのか?」

「おぬしって、もっどを持ち歩く習慣は無いの?」

 ボール一つ分ゾーンを外す感じで俺の質問をはぐらかすじじい。この老齢ナックルボーラ―が……。


「持ち歩くわけ無いじゃん。壊れたり失くしたりしたら困るし」

「ほー、やっぱりおぬしは考えが浅いのぅ。『持ち歩かなければ失くさない』って全然根拠が無いわい。警戒心が足りんとは思わんか?」

「え?どういう意味」

 じじいはいつもふざけてるけど、俺に姿を見せる時はいつも目的があるように思う。

 じゃあ、俺がmodを失くすの?


「概ね推測の通りじゃ。おぬしって、ちゃんともっどを確認してる?未来のおぬしがもっどを眺める画って登場してた?」

「意識したこと無かった……」

「盗まれなければいいがのぅ」

 じじいの言葉にはきっと意味がある。

 確かに無警戒だったな。東京に帰ったら『もうありませんでした』じゃ嫌だぞ。

 警告の真偽は不明だが、ちゃんと対策を取るようにしよう。


「とろでさ、いまさらだけど、じいさんって何者なんだよ?」

「ワシか?ワシは『あどみん』じゃ」

「は?あどみ…?」

「あどみにすとれいたぁ。管理者とでも覚えればよいぞ」

「ごめん。全然意味が分からない」


 知識はあれども気配りの無いじじいの話は分かりにくく、突拍子もない事ばかりだったので要約するとこうだ。

 じいさんは自らをアドミンと呼んでいる。聞くと同じような立場の人が他にもいるらしく、ひっくるめてアドミニストレーターズグループと呼んでいるらしい。

 今こうして張られているバリアもアドミンの特権なんだって。

 他にもあるみたいだけど、真面目に聞くのが馬鹿らしくなったので憶えていない。

 霧の中から現れるとか忍者みたいでかっこいいけど、このじじいだからな……。


「あどみんよりも厄介なのは、ぱわぁゆうざぁじゃな」

「また変なのが出て来たな。何それ?」

「奴らはあどみんほどの権限は持っておらんのじゃが、ワシらの存在を認識しておる。一般人とあどみんの中間の存在と言ってよい。がつがつしてる分、あいつらの方がおっかないぞい」


 アドミンの下にはパワーユーザーズと呼ばれるグループもあるらしい。このグループは、アドミンほどの権限は持っていないものの、普通の人とは違う力を持った集団だそうだ。アドミンの存在に気付いていて、彼らからの恩恵を強く受けているグループだってさ。

 俺みたいだな。


「おぬしがもっどを手に入れたのも、本当はぱわぁゆうざぁ向けの通販だったんじゃよ」

 俺が酔っぱらってmodを買った時の通販サイトは、パワーユーザーが使うためのものらしい。

 本来は『.god』というドメインで販売しているのだが、『.mad』というテスト用のサーバーを、間違って一般のインターネットに接続してしまったとの事。

 すぐに気付いて接続を切ったらしいんだけど、その間に何も知らない俺が買いものをしてしまったというのが舞台裏なのだそうだ。

 ミスだったんだ。俺って『選ばれた人』的なすごいやつかと思ってた。

 な~んだ。ちょっとがっかり。


「どうする?そういう事だったら返品するけど」

 やはり俺の元にmodがあるのは手違いなんだな。考えてみれば代金も払っていないし、返せと言われれば断りの言葉が思いつかない。


「別に返さなくてもよいぞ。おぬしは変な使い方してないしな」

 そういうもんか。

 このじじいの基準もよく分かんないな。


「ワシが退屈しなければそれでいいんじゃ!」

 と、子供のように一声上げたじじいは、ノータイムで水面に頭から飛び込んだ。


「うわ!じいさん!」

「気持ちいいのぅ」

 十一月の淡水湖は相当な寒さだろうが、じいさんに怯む素振りは微塵も無い。

 流石は管理者。この水温でも平気なんだな。

 俺は柄にもなくじいさんの事をすごいと思ったのだが、初デートのビキニギャルみたいにはしゃぎながら遊んでいるのを見て、頭の中から全力で敬意を追い出した。


「もっどの行方に気を付けるんじゃぞ!あいるびぃばっくじゃ!」

 と、気になる一言を残し、水面に没するじじい。

 なんだ?こいつ……。

 親指を立てた手が完全に見えなくなってから後、じいさんは浮かんでこなかった。

 あ~。じじい、絶対にシュワちゃん意識してたよ。ホントにアホだな~。

 死んでもいないし、多分だけど人間じゃないから放っておいてもいいだろう。

 人知を超えたじじいの戯れに付き合う気にはなれず、俺の存在を認識してくれるようになった仲間達と秋の玉淀湖を楽しんだ。

 ここはマジでいい所なんで、みんなも遊びに行ってみるといい。

 でも、良い子は湖に飛び込んだりしちゃいけないぞ!!


 帰り道は花蓮と美緒ちゃんのリクエストにより、道の駅で買い物をして帰った。

 二人は山菜や和菓子を両手に抱えてウキウキモードだ。特に美緒ちゃんの道の駅好きは筋金入りだね。

 花蓮の手を引っ張って、特産品から得体の知れない木彫りまで、グルグル店内を見て回ってる。

 バターになるぞ?

 男連中は地酒のラベルとにらめっこをしている。お!この純米酒はちょっと興味があるな。

 いかんいかん。彼女サービスもしなきゃ。花蓮になんか買ってやろう。

 花蓮に花を買おうとしたら、お揃いの花を買って育てようと言われ、シクラメンを俺と花蓮で一鉢ずつ買った。


 快晴に恵まれ、それはそれは楽しい週末だった。

 また行きたいな~。


 ◇◇◇◇◇


 少し心配になりながらも青物横丁のワンルームに帰宅すると、ノートPCは変わらずテーブルの上に鎮座していた。

 ほっと一安心。これでmodが無くなってたりしたら、後悔してもしきれないからね。

 カヤックの上でじじいが言ってたセリフ。無視すべきじゃないんだろうな。

 でも、何に警戒すればいいんだろ?俺はもう一度じじいの言葉を思い出そうとした。

 やべ。全然思い出せない。

 じいさんのノリが軽すぎて、大切な話をしてる感じじゃないんだよ。

 そういえば、寄居町へお出かけするイベントがコメント欄にあった気がする。

 コメント欄って編集すると全体が書き換わるから、チェックするだけでも大変なんだ。


『玉淀湖でカヤック体験をする 2018/11/25 11:07』

 あった!これだ。学が復活してから出てきたコメントだ。

 このイベントの何が重要なのかは分からないが、カヤックの上でじいさんが言った言葉をもう一度聞いてみよう。


『再生時間:241470:43:57/626036:50:08』

 数分後、湖上の霧が一点に集まったかと思うと、カヤックの上に座るじじいが目の前に現れた。

 何度見てもすげぇなこれ。


「それは何よりじゃが……好事魔多しと言うからのぅ」

「おい!それは聞き捨てならないぞ?俺になんか起こるのか?」

 なんか俺とじいさんの会話ってバカっぽいな。画面を通して見ると際立つね。


「おぬしって、もっどを持ち歩く習慣は無いの?」

 この辺からじじいがmodの所在ばかり口にするようになる。

 外に出した事ないもん。家の中で失くすって意味なのかな?


「持ち歩くわけ無いじゃん。壊れたり失くしたりしたら困るし」

「ほー、やっぱりおぬしは考えが浅いのぅ。『持ち歩かなければ失くさない』って全然根拠が無いわい。警戒心が足りんとは思わんか?」

「え?どういう意味」

 警戒心ねぇ。


『家の中を警戒しろ』って、じいさんは暗に言ってるね。

 一方で、外が安全とは言っていない。

 普通に考えれば、外出先でのトラブルの方が起こる可能性は高いと思うんだけど、まるで未来が見えてるような断言っぷりだよ。

 多分……見えててやんわりと伝えてるんだろうな。

 じじい、結構いいやつじゃん。


「概ね推測の通りじゃ。おぬしって、ちゃんともっどを確認してる?未来のおぬしがもっどを眺める画って登場してた?」

「意識したこと無かった……」

「盗まれなければいいがのぅ」


 あ!はっきり言ってるじゃん。

 つまり……家の中で盗まれる?

 こりゃヤバいぞ!

四章をスタートさせたい衝動を抑えきれないので、見切り発車させちゃいます。

どうなることやら。

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