生まれてからを振り返る
申し訳ありません。章のタイトルを変更しました。
昨夜は飲み過ぎた。俺は冷蔵庫から500ml入りの水を取り出し、ペットボトルから直接飲んだ。
ふぅ。気持ち悪くはないがまだ酔っぱらっている。
昨日の酒はすごかった。飲んだ量も多かったけど、とにかく変な状況だった。
突然現れたじいさんと意気投合したのは良いが、俺とじいさんの二人だけバリアみたいな感じになって、誰にも存在が気付いてもらえなくなってしまった。
この状態でどうやって注文するんだって思ったら、注文の瞬間だけバリアを解除するなんていう芸当を見せられた。あのじいさん何でもアリだな。
一緒に飲んでいた豪介は、あたかも一人で酒を煽っているいるような感じになってしまう。
いくらなんでも豪介に悪いと、じいさんにバリアを解除してもらうと、今度はじいさんが見えなくなって豪介と二人で飲む状況になる。
だけど、しばらくするとじいさんが再出現して、またバリアが張られる。
それを繰り返した。
じいさんと豪介をダブルブッキングして、別々に二人で飲んでいるような状況だ。
変な感じだろう?こんな飲み方した話なんて聞いた事もない。
そうだ!
じいさんと言えばmodだ!確かバージョンアップするとか言ってたな。過去の出来事が変えられるようになったとか。
かなり危険な香りがするが、見てみるだけなら問題はないだろう。俺の心は少なからず期待に膨らんでいた。
俺はブラッディローズ色のノートPCを部屋の小机に取り出し、さっそくカバーを開ける。
相変わらずシンプルなデスクトップ。
筆記体で『mod』と書かれたアイコンが、所在なさげに一つだけ配置されている。
俺はノートPCのタッチパッドを操作して、アイコンをダブルクリックした。
『Memory Operative Dialogへようこそ佐藤翔太さん【OK】』
俺はメッセージにOKを返す。
以前であれば、前回終了した場面から動画を再生するかを問うメッセージが出たが、今回は表示されなかった。
【基本機能】
(NEW)
登録されたユーザーが生涯にわたって目と耳で体験する出来事を、ノーカットで再生できます。
画面右にあるコメント欄には、ユーザーにとって重大と思える出来事がテキスト表示されます。
テキストは登録ユーザーの行動に限り、自由に編集可能です。テキストを編集すると、その内容に応じて、その先の動画が変更されます。
【便利な機能】
(NEW)
一~六百倍速までで再生速度を変更できます。
一時間、一日、一ヶ月、一年単位で動画をスキップする機能があります。
逆回し再生が可能です。倍速機能、スキップ機能も逆回しに対応しています。
お。『NEW』とか出てる。
よく見ると、前とは少しだけヘルプが変わってるな。
『生涯にわたって』っていう文言は前のバージョンには無かったな。
それに、逆回し再生っていうのも無かった。逆回しが欲しいって思ってたんだよな。コメント欄をクリックして場面を飛ばした後、その直前の動画を確認するのがとてもやり難かったんだ。
何せ三十万時間を超える動画だから、シークバーをタッチパッドで操作すると、少し動かしただけで数か月単位でスキップしちゃうんだ。
倍速で動画を見てる時に今のシーンをもう一度見たいって時も、シークバーの微妙な操作が難しくて、イラッとする事が何度もあった。
痒いところに手が届くじゃないか。運営もなかなか頑張ってるな。
だけど、今回のバージョンアップの目玉は、なんと言っても過去の出来事を見られるようになったところだろうな。
生まれたばかりの頃の動画か…少し興味がある。
俺はmodの画面右側にあるコメント欄を確認した。
『産まれる 1991/05/10 04:32:15』
いやはやシンプルなコメントですこと。確かに俺の誕生日に起きたイベントだ。
へ~。俺って早朝に産まれたんだな。こんな時間に立ち会った関係者に頭が下がる。
しかし、modのバージョンアップでどういう仕組みなんだろう?
有線、無線を問わずネットワークに繋げてもいないし、このPCにはケーブルの差込口すらないからな。
昨日、じいさんに聞いてみればよかった。適当に誤魔化されそうな気がしないではないけど。
ともあれ、とりあえず感動の瞬間でも見てみますか!
◇◇◇◇◇
再生ボタンを押したが画像は真っ暗だ。
PCが反応していない可能性を考えたが、再生ボタンが一時停止ボタンに変わっている。
『再生時間:15/626036:50:08』
それにしても総時間がすごいことになってるな。六十万時間って…。
これが俺の一生なんだと思うと感慨深い物がある。
再生時間も一秒ずつカウントされているのでmodは動いているようだ。
それにザワザワとした物音や、人の話し声も聞こえる。
そういえば、産まれた赤ん坊って、しばらくの間は目を開かないんじゃなかっただろうか。
画面が真っ暗なのはそのせいか。
暫くすると、大音量で赤ちゃんの泣き声が聞こえた。
画面が暗いので分からないが、たぶん俺の声なのだろう。
600倍速で確認していくと、一週間ぐらいで映像が現れた。やっぱり今までは目が開いていなかったのだ。
初めてのシーンは布団の中だった。すぐ横にうちの母さんが添い寝している。
まだ若いなぁ。
こちらを見て母さんが微笑んだ。母さんったらすげぇ良い顔してるよ。
動画は一日の三分の二ぐらい、真っ暗なシーンが延々と続く。
赤ん坊だから寝てるんだろうね。でも、ずっと寝てるわけじゃなくて、しょっちゅう目が覚める。大体四時間おきぐらいに目が覚めて、盛大に泣き声が聞こえる。
そのたびに、おっぱいを飲ませてもらったり、オムツを変えてもらったりする。
母さんに風呂に入れてもらうシーンも頻繁に出てくる。見てたらすげぇ恥ずかしくなったよ。
男の子ならこの気持ちは分かってもらえると思うぞ。
起きている時は大抵、父さんか母さんが『バー!』とか言って遊んでくれる。赤ん坊が喜んでいるような声も聞こえる。そして画面がまた真っ暗になる。
父さんも若い。
まあ、当たり前だよね。三十年近く前で、今の俺と大して変わらない歳なんだから若くて当然だ。
懐かしくて、温かい。これは貴重な映像だ。佐藤家の記念すべき一ページだろう。
でも、ちょっと退屈だな。
ほとんど寝てるし、言葉は喋らないし、同じような映像ばかり。刺激的な要素は無い。
とはいえ、ゼロ歳児がハリウッド並みのアクションスペクタクルを繰り広げるわけも無いので、これが普通の赤ん坊なんだろうね。
刺激が無いので、一ヶ月単位で画像をスキップしていく。
布団で寝てばかりだった映像が、床すれすれを動く視点に変わり、少し高くなってフラフラと家の中を徘徊するようになった。
ハイハイからヨチヨチ歩きの時期を過ぎたみたい。
初めて歩いた時の両親の喜びが方が凄かったよ。しかも、婆ちゃんまでわざわざ見に来てるし。
これだけ喜んでもらえると、生まれた甲斐があるってもんだね。
最初はただの音だった声が、おぼろげながら単語になり、発音がはっきりしてきて、言葉の体を整えていった。
母さんが作ってくれたお稲荷さんを『おーたにさん』と発音し、佐藤家が爆笑に包まれたシーンがあった。
両親から聞かされていた昔話を、この動画で見られたのには感動したね。
母さん、俺もついに伝説の目撃者になりましたよ!
三歳になってしばらくすると、保育園に通うようになった。
拙いコミュニケーションながら友達ができた。泣いたり笑ったりお遊戯したりして、充実の保育園ライフを送っている。
今見ると、うちの保育園って綺麗な先生が多かったんだな…。当時は意識しなかったけど。
忘れていた先生の顔を思い出したりして、この辺から動画が楽しくなってきたぞ。
うわ!おいおい!そんなに先生の胸に近づいて!羨ましいぞ、このエロガキ!
五歳の七五三では袴を着せられちゃってる。
この子ったら着たくないってダダこねてるよ。
「ママ…ボクおなかいたい」
この記憶はある。
あの時は知らない所に連れて行かれて、知らない人に変な服を着せられて、なんだか怖くなってきたんだよなぁ。
そうそう。この後に両親と祖父母になだめられて、ようやく写真撮影ができたんだ。
ちなみに、じいちゃん家の居間にはこの時の写真がいまだに飾ってあるぞ。
小学校に入学した。
入学式の映像は視点が忙しなく動くなぁ。
ダメだよ翔太!ちゃんと前を向いてないと!校長先生がお話してるんだぞ。
おお!そういう事か!後ろに座ってる両親の姿を探してるのね。不安になっちゃったのかな?かわいいなぁ。
やれやれ、やっと母さんの姿を見つけたよ。
あらあら母さんったら泣いてるの?これまでの苦労とか思い出しちゃってるのかな?
しかし、前に座ってる子は大きいな。他の子より頭一つ大きい。
…ってこれ豪介じゃん!そっか。一年生のクラスは豪介と一緒だったからな。これ以来二十年以上の付き合いだと思うと、これも記念すべきワンシーンだな。
と、いうことは…おお!いたいた、学だ!他の子より小さいな。
学の背が伸びたのは中学生の時だったから、この頃は俺の方が少し大きかったんだ。
懐かしいなぁ。
やばい、少しジーンとしてきた。
学と一緒に下校するシーンが出てきた。学とは家が近所だったから、一緒に帰るのが習慣だったんだ。
まっすぐ家に帰らずに公園で遊んでる。少子化って言っても、公園にはそこそこ子供が多い。
ん?なんだか雲行きが怪しいな。大きい子が学にちょっかい出してるよ。黄色い帽子をかぶってないから上級生だろうな。
ランドセルを取り上げられて…あぁ、学が泣き出した。
子供同士とはいえ、結構エグい事やってるみたいだね。
「おまえら!やめろ!」
うぉ!なんだこの子!いきなり学と上級生の間に入った。黄色い帽子だからこの子も一年生か?それにしちゃ大きいな。
って…やっぱり豪介か!
あっという間にいじめっ子達を撃退しちゃったよ。この頃から無双だったんだな。
「泣くな!日野も一年三組なら自分で戦え!」
体育座りで泣いてる学に手を差し伸べながら、豪介が学に気合を入れてる。
三組の誇りをかけて豪介は戦ったんだな。あいつらしいなぁ。
でも、こんな事できるのは豪ちゃんだけなんだから、他の子には無理だぞ。
でも学は素直に頷いている。頑張れ学!強い子になるんだ!
気付いたら仲良くなってた記憶しかないけど、この事件を契機に俺達は近づいたんだなぁ。
忘れてたエピソードだったよ。
豪介は憶えてるのかな。
「佐藤君…何してるの?」
嫌だ!このシーンは見たくない!
それは忘れもしない。五年生の秋だ。
クラスのアイドルだった美咲ちゃん。
運動も勉強も出来て、すこしお転婆だった美咲ちゃん。
服装はちょっとギャルってて、当時はすごいお洒落な子に見えていた。
当時の俺は美咲ちゃんが好きでたまらなくて……。
ああ!なんて事をしてしまったんだ!
「イヤ!私のリコーダ―!佐藤君もなのっ!?」
modは無情にもありのままの過去を映し出す。
古傷のかさぶたを剥がし、塩とタバスコの混合物をたっぷりと塗りたくるようにして動画は進む。
夕日に染まる放課後の教室で、凶行を目にした美咲ちゃんが全速力で走り去っていった。
振り返れば、教室の窓に映る影一つ。
リコーダーを咥えて間抜け面をさらす、翔太少年の姿がそこにあった。
……大丈夫。過ぎた事だ。俺はこのトラウマを乗り越えた。確かに乗り越えた筈だ。
ん?トラウマを植え付けられたのは、むしろ美咲ちゃんか。
その後は俺の記憶通りの動画が再生されていく。
中学生になるまで、豪介と学とはべったり一緒に過ごした。
豪介が小中を通して全国空手大会を連覇したり、学は常に県内トップの成績だったりと、それぞれの才能を開花させていく。
俺はといったらスポーツも学業も常に真ん中で、日本一普通の男としての才能を開花させていった
高校進学と共に豪介はスポーツの名門へ、学は私立の超難関校へ入学し、俺達は別々の進路になった。
それでも三人の友情は続いていって、ついに全員が現役で大学生になる。
そして、大学生活が三年に差し掛かろうとする春に学が逝った。
と、倍速とスキップの機能を利用して見た俺の半生は、忘れていた分を除けば記憶の通りに進んでいた。
現在に近くなればなるほど記憶もはっきりするので、段々と退屈になった。
駆け足で過去の体験を見てきた。
ここまでは良くできた記録映像止まりだが、modの本領はここからだ。
編集可能だとして、変えたいような過去って何だろう。




