5. パガン、失われた手帳
ここからもう1人の主人公マルガレーテ視点のエピソードになります。
ビルマ連邦 ニャウンウー飛行場
地平線から太陽が昇ってきた頃、私を乗せた輸送機が飛行場に降り立った。
ドイツから17時間なんとも長い旅路だった。自分で操縦するならまだしもただ飛行機に乗っているのはなんとも落ち着かない。座席での背伸びをすると降りる準備を始めた。
輸送機から降りると南国特有の熱気が包み込んだ。
「暑いな・・・」
なんの捻りもない言葉が出てしまった。ただなんとも慣れなさそうな暑さだ。
「砂漠の方が暑いはずなのに湿気があるだけでこうも違うのか」
少しうんざりしながら滑走路から飛行場のターミナルへと足を進めた。
ターミナルに着くと初老の男性が待っていた。
「ドイツ海軍のヴァイス少佐ですね? ようこそビルマへ」
「はい、あなたは?」
「私はビルマ考古庁でパガンを担当しているチョー・リンです。軍警からお迎えに上がるよう言われまして」
少し含みがあるように感じたが今は気にせず続ける。
「そうですか、ありがとうございます」
「いえこちらこそ遠くからありがとうございます。先に宿泊先へ案内しましょうか?」
「いえ、先に襲撃現場を見に行きたいのですが。どれほどかかりますか?」
「ここからですよ30分程ですがよろしいですか? お疲れでは?」
「機内で睡眠はとったので問題ありません」
「わかりました。表に車を停めておりますのでそちらにどうぞ」
車に揺られること30分。車窓からの景色を眺めながらリン氏の説明に耳を傾けていた。
殺されたのは考古学者2名に研究助手が3名。通訳と運転手がそれぞれ1名に現地作業員が4名の合計11人。
随分と大規模な殺人だ。しかも半数がドイツ人、なるほど確かに政府が軍に真相の確認を頼むのも頷ける。
「ゲートが見えてきました。もうすぐですよ」
リン氏の言葉に前を見ると大型のゲートが見えた。奥には軍警の大型車両が大量に止まっていた。
どうやらビルマ当局はこの事件に非常に神経質になっているようだ。こちらも下手な刺激をするのは得策ではなさそうだ。
そんなことを考えているゲートの外で言い争いをしている姿が見えた。片方が見た感じ軍警の人間だろう、もう1人は作業服を来た中年男だ。
「あれは?」
リン氏は指差した先を見るとうんざりしたような顔をして答えた。
「ああ、地元の輸送業者ですよ」
「輸送業者? 」
「この辺りの遺跡の発掘品を研究機関などに送るのを担当してる男です。タン・ジンって男で地元ではそれなりに名の知れた実業家です。大方発掘品の輸送が中止になって文句を言ってるんでしょう」
「なるほど」
ゲートを抜けて発掘現場に入ると物々しい雰囲気だ。海外から招かれた考古学者が殺されているんだから当然か。早速本題に入ることにしよう。
「襲われたテントは何処ですか?」
「はい。奥にあるあの連なった緑色のテントです。学者2人と助手3人はそこで亡くっていました」
「他の被害者は?」
「運転手と現地作業員の一人はトラックの中で殺されていました。通訳と他三人の作業員は学者方のテントの隣にある黄色いテントです」
「では、緑色のテントから見せていただけますか?」
リン氏は警備をしている軍警へ交渉し始めた。しばらくしてリン氏は私をテントへ招き入れた。
「何か盗られているものはあったんですか?」
軍警の責任者にそう訊ねると
「テントの中にあった荷物は少し荒らされています。恐らく財布を奪ったものだと思います。ただ・・・」
「ただ?」
「ドイツ人の被害者の方々の遺体、全員時計をつけたままなんです」
「時計を?」
「はい、こういった強盗は金目のものは全て持っていきます。ましてや外国人の着けている時計なんて見逃すはずありません」
「なるほど、他には盗まれたもの」
「今のところはっきりとは・・・」
「発掘品に関しては?」
「それが・・・リストがドイツ語でして・・・我々ではあまり詳しくは」
なるほど、こういう理由もあったのか。
「そのリストと発掘品は?」
「作業員たちが殺されていた黄色いテントに」
「じゃあそっちに案内してください。私が見てみます」
黄色いテントに案内されるとものが散乱しており明らかにここで争いがあったことを感じさせた。
「かなり荒らされていますね」
「ええだから、発掘品を狙った強盗団なのでは?と考えております」
「それで、発掘品のリストは?」
「はい。こちらに!」
手渡されたリストの番号と発掘品に振られた番号を見比べていく。
「妙だな」
そう言った私に軍警の男は反応した。
「な、何がですか?」
「何も取られていない。破壊されたものは沢山あるが何一つ盗まれたものがない」
「ということは?」
「もしかしたら偽装工作かもしれない。先ほどの学者たちの緑のテントをもう一度見てもいいか?」
「は、はい!」
再び緑のテントへ戻ると辺りを見渡した。何か先程の見落としはないか。目を凝らしてみると机の上に目が行った。
「これは・・・」
「どうかしましたか?」
「見てください、ここを。血が途切れています」
「本当だ。どういうことですか?」
「ここに何か物が置いてあったということです」
「一体何が?」
それがわかれば苦労しない。ただこの大きさに周りにあるのは万年筆に鉛筆に定規?
「恐らく筆記具、多分手帳かノートがあったと思います」
「何でまたそんなものを」
何でも答えを知りたがる男だ。少しうんざりしながら机の端に丁寧にブックエンドで整理された手帳を手に取った。
それを血が途切れている場所にあててみた。思った通りピッタリだった。
「それが持ち去られたということですか?」
「正確にはこれと同じ物が。ですけどね」
ゆっくりと手帳を開くとそこには発掘の記録が事細かに書かれていた。ここに並べられた同じ種類の手帳は全て発掘日誌のようだ。
「そして無くなっているのは恐らく襲撃事件のあった日の日誌。つまり・・・」
少しだけ口元を緩めながら続けた。
「この日、襲撃者にとって非常に都合の悪いことが起こったかもしれないということですね。そう、人を11人も殺してまで守らなきゃいけない何かがね!」
そこで私はこう付け足した。
「あくまで、まだ過程ですがね。ただし、襲撃者たちが何かをここで探していたのは間違いないと思います」




