2. ラングーン、弾丸の謎
ここから澪の視点で進みます。
ビルマ連邦 ラングーン近郊 ラングーン・ミンガラドン空港
羽田空港から経由地を二つ挟みつつ飛行機で揺られること14時間。ようやくラングーンへとたどり着くことができた。夜だというのに亜熱帯特有の蒸し暑さがなんとも言えなかった。
「はあ、来るだけで疲れるな」
思わずそんな愚痴が出てしまった。
手荷物を受け取り入国手続きを済ませゲートを出るとそこには軍服を着た若い男が立っていた。
男の方も私に気づいたのか足早に近づいてきた。
「大日本帝国海軍の西園寺澪少佐ですね?」
「はい。貴方は?」
「私はビルマ基地所属の陸軍少尉遠藤と言います」
そう言うと彼は敬礼をしてきた。私も敬礼を返すと遠藤は口を開いた。
「日本からの長旅、お疲れさまでした。表に車を用意しておりますの宿舎の方へご案内いたします」
私はトランクを持とうとする遠藤を制止した。
「先に襲撃現場を見せていただけないでしょうか?」
遠藤は面を喰らったような顔をした。
「今からですか?」
「私はここに事件調査に来たんです。観光に来たわけではありませんので」
空港から遠藤少尉の運転するジープに揺られること小一時間、現場へ到着した。当然のことだが辺りには照明などはなく漆黒の闇があるだけだった。しかし、まだ薄っすらと漂う焼け焦げた臭いと硝煙の臭いがここで惨劇が起きたことを物語っていた。
「それでは顧問団の車列もいま私たちが着た方向と同じ方向から来たんですね?」
「はい、生存者の証言からそれは間違いないことだと思います」
遠藤少尉がいささか疲れた顔をしながら私の質問に答えていた。本人としては早く基地に戻りたかったのかもしれないがこちらとしてもなるべく早く事件現場は見ておきたかった。
「空港からラングーン市内へ向かうルートはここだけなんですか?」
「いいえ、このルートを含めて4つあります」
4つか。だとしたらどうしてこの場所を選んだんだろうか・・・。
「今まで派遣された顧問団はいつもこのルートを?」
「いいえ、毎回4ルートをランダムに変えています」
ルートを変えているということはやはりどこからか情報が漏れてるってこと? だとしてもビルマ政府が漏らす利点って何?
いやまだ決まったわけじゃない。もっと情報がないと・・・。
「襲撃を受けた車両は全て回収されたんですね?」
「はい!炎上した車両も全て回収しました」
「炎上した車両は団長車だけ?」
「そのはずですが」
ということは焦げ跡が酷い場所がその団長車があった場所ということか。
「すいません、このライトで道を照らしていただけませんか?」
「えっ、はい了解しました」
遠藤少尉にライトを手渡すと目を凝らした。
「あの辺りか。そのまま照らしておいてください」
そう指示をして焦げたあとへと駆け出した。
「流石に回収されてるよね」
焦げ跡が酷い場所を確認したがそこには何もなかった。少しがっかりしながら向こうの草むらを見ると何かが光った。
「ん?あれは・・・」
その場所へと駆け寄るとそこには空薬莢は転がっていた。
「回収し損ねたやつかな」
私はとりあえず持っていたカメラでその空薬莢を撮影すると指紋をつけないようにハンカチに包んでポケットに入れた。
そしてゆっくりと後ろの岩を見た。
「おかしい、弾丸の威力が強すぎる」
それからいくつかの場所を撮影すると遠藤少尉にもういいということを伝えてジープに乗った。
「では改めて宿舎にご案内いたします」
「お願いします」
ゆっくりとジープが動き出すと先ほどの道を進んでいった。しばらく沈黙が続いていたがそれに耐えきれなくなったのか遠藤少尉が口を開いた。
「あの西園寺少佐ってもしかしてあの西園寺侯爵家と関係あったりします?」
「ええ」
私は素っ気なく答えた。それ以上言わないでくれと思った。
「なんでまた海軍に? 西園寺家ほどの家なら別に海軍なんて入らずとも」
やめろ。
「いやその若さで少佐なんてよっぽど優秀なんですね。さすが西園寺家っていうか」
今の言葉はさすがに許容できなかった。
「海軍は家柄で出世できるほど甘い世界ではありませんよ。それは陸軍も同じでしょ?」
遠藤少尉は面を食らったようになったがすぐに失言だったと気付いたようだ。
「あっいえ申し訳ありませんでした!」
一応謝罪をしてきたので受け入れることにした。ここでイメージが悪くなるのは避けたかった。
再び訪れた沈黙を破ったのは私だった。
「顧問団の車両を回収したのはビルマ政府?」
「い、いえ一応我が軍の車両ですので機密保持の観点からこちらが回収しました」
「ではラングーンにある軍の施設に?」
「はい! ただ見分などはビルマの捜査当局の立会が必要とのことです。 それから顧問団の荷物などもこちらで保管しております」
「安住顧問団長のも?」
「もちろんです」
「じゃあ、明日改めて車両と手荷物について確認します。負傷した顧問団員の方はラングーンの病院に?」
「はい! 重傷を負った副団長も含めてラングーン市内の軍病院に入院しています」
「その方達にも事情を伺いますので手配をお願いします」
「はい!」
「それから明朝にビルマ当局の捜査責任者に挨拶に行きます」
「分かりました」
その会話を最後に宿舎に到着するまで嫌な沈黙がジープを支配した。
ビルマ連邦 首都 ラングーン 日本陸海軍合同宿舎
気まずい沈黙に耐えること30分ほどしてラングーン市内にある軍の合同宿舎へと到着した。
案内された部屋はそれなりに掃除の行き届いたそこそこ広い部屋だった。そこに書き物をするための机と椅子、シングルベッドと簡単なコンロとシンクが置かれていた。英国軍の元官舎だった建物を再利用しているだけあって内装はそれなりに豪華だ。まさか各部屋にシャワー室があるとは思わなかった。
「さて、明日から本格的に始めないといけないし、シャワーを浴びて寝よう」
誰に言うでもなしにそう呟くと軍服をハンガーにかけシャワー室へと向かった。
「寝れない・・・」
シャワーを浴びて浴衣に着替えてからベッドに潜り込んだがいかんせん眼が冴えてしまった。
おかしな点はいくつかあった。しかし、まだ結論を出すにはピースが足りなさすぎる。
ゆっくりとベッドから起き上がると持ってきた荷物からティーポットと麦茶のティーパックを取り出し、部屋にあったケトルに下でもらった水をいれ火にかけた。
「本当は緑茶がいいけど、ここで目を冴えさせるのはね・・・」
少しして沸騰したのを確認し麦茶のティーパックを入れたティーポットにお湯を注いだ。忽ち、香ばしい麦茶の香りが広がった。
「冷たい麦茶も美味しいけど温かい麦茶も美味しいんだよね」
麦茶をティーカップに注ぐと香りを楽しみながらゆっくりと口に含んだ。
しばし、麦茶を愉しんでから再びベッドに戻るとゆっくりと訪れた睡魔に身を任せた。
この世界における海軍の女性士官制度について大まかな流れ
1943年 長期化による特定部門への女性補助員制度開始
1945年 女性士官制度正式開始(ただし通信・医務・気象・情報・経理など限定的)
1947年 女性兵科士官化開始(男性士官と同じ教育が認められ全配置への登用が制度上可能になる)
1950年 潜水艦艇を除く女性士官の艦艇勤務制限の撤廃
1960年 女性士官は一般化しているが多くはない
主人公である西園寺澪は女性士官制度が整った第一世代




