13. 地下空間
あと5話くらいで畳めればと思っています。
澪とマルガレーテは広がる地下空間の奥へと足を進めていった。
「何かを保管しておくとしたらこれほど都合のいい場所はありませんね」
「保管だけで済めばいいですけど、見てください」
澪が壁にライトを向けるとそこには真新しい傷があった。
「何か金属が擦れた様な傷ですね。それも長いこと放置されていた場所にしては新しいですね。誰か来ていたんでしょうか?」
澪は少し肩をすくめながら答えた。
「まだはっきりとは言えませんよ。発掘チームの人たちがここに入ってきた可能性もありますし」
「そ、そうですね」
2人は辺りを見回しながら奥へと歩みを進めて行った。
2人がライトを照らした先には壁があった。
「どうやらここがこの地下空間の最深部のようですね」
「そのようですね。結局これといった収穫は無しですか・・・」
澪は少し残念そうに呟いた。
それをマルガレーテはライトを別の場所に照らしながら否定した。
「いえ、まだ決めつけるには早いかもしれません」
マルガレーテがライトを照らした先には壁の一部が引っ込んだような小さな空間があった。
「そのようですね」
澪もその方向に足を向けた。
「一応、気をつけましょう」
2人は銃を構えながら空間へと足を進めた。
「何か、ありますね・・・」
澪がそう言いながら置かれる物体にライトを照らした。
「どうやら、何かの容器ですね。西園寺少佐、後ろを頼みます」
マルガレーテはそう言いながらゆっくりと近づいていった。
「ライトを照らしておいてください」
そういうとマルガレーテはライトをベルトにつけるとポケットから手袋を取り出した。
「いつも持っているんですか?」
「ええ、士官時代からの癖のようなものです」
マルガレーテは手袋をつけながら答えた。
「金属製の容器ですね・・・これは青銅?」
マルガレーテはその容器を弾いてみた。
澪もゆっくりと近づくと容器を覗き込んだ。
「青銅器のようですね。随分凝った装飾に見えますね」
「出土品でしょうか? 見た目も随分と宗教的な装飾に見えますね」
澪はさらに目を凝らして覗き込んだ。
「うーん? どうでしょう・・・」
「何か気になることが?」
澪はその問いに答えず青銅器の中へライトを向けた。
「何もない・・・、いえ、これは・・・」
澪は胸ポケットからピンセットを取り出すと青銅器の中へ手を入れた。
「ピンセットなんていつも持っているんですか?」
「何かと必要になったりするんで。よしっ取れた!」
澪は青銅器から手を抜くとピンセットをマルガレーテへと見せた。
ピンセットの先には白く薄いものが挟まっていた。
「紙切れ? いや何かの花びらですか?」
「そのようですね。それにこれは・・・」
澪は花びらを布に包み別に保管すると再び青銅器の中にピンセットを入れ側面を擦り始めた。再び、ピンセットを出すとピンセットには黒褐色の粘着性の高い物質がついていた。
「なんですか? それ・・・」
マルガレーテが少し不快なものを見る目で尋ねる。
「恐らく植物由来の樹脂か、何らかの有機物かもしれません。松ヤニや漆、いや匂いだけでは断定できませんね」
「何か分かりそうですか?」
澪は首を振った。
「いえ、むしろ謎が増えた気がします」
そう言うと、 澪は改めてライトを照らすと青銅器の外側に注目した。
まずは慎重に持ち上げ、底面を確認した。続いて、装飾の細部や縁の加工を観察した。表面には全体的に緑色の錆が浮いていた。
布越しに表面の一か所を擦ってみると布に緑色の付着物が僅かに移っていた。
「・・・うん、やはりこれは・・・」
そんな澪に痺れを切らしたマルガレーテは堪らず尋ねた。
「何かわかるんですか?」
「これは恐らく古代の出土品ではありません」
「そんなことわかるんですか?」
「あくまで仮説ですがね。ええ、まず表面の錆ですがこれは緑青といって普通は長い年月をかけて浮き出るものです。ただし、精巧な贋作となれば人工的に錆を付けたり、それらしい塗料を使って色を付けることもできるので、これだけでは判断できません。」
澪はライトを青銅器の縁を照らした。
「ただ、この縁を見てください。表面の仕上げ方が不自然です。装飾の細部には機械による加工を思わせる痕跡があります。そして縁の処理も古代の手作業で作ったのならあまりにも均一すぎます」
「つまり、これは古いものに偽装している可能性があると?」
「ええ、少なくともこれを古代の出土品とみなすのは危険ですね。材質や製造方法を調べればもっと確かなことが分かるとは思うんですがね・・・」
澪はそう言うと再び青銅器の装飾にライトを向けた。
「それから、もう一つ気になることがあります」
「まだあるんですか?」
澪は装飾を指さした。
「この模様です。花の装飾だと思いますが、パガン王朝時代の仏教美術としては違和感があります。曼珠沙華に似た意匠ですが、この地域の伝統的装飾とは考えにくいですね。何より、この地域の仏教美術で多く取り入れられる蓮華の意匠がないのも気になります」
マルガレーテは地上の建物にあった壁画を思い出していた。確かに壁画に多く描かれていた花と同じ意匠がこの青銅器には見当たらなかった。
「もちろん、異国の意匠を取り入れることもあり得ますし、この青銅器自体が外国から来た舶来品ということもあり得ます。ただ、ここまで時代や様式が異なる特徴が重なっているとなると誰かが意図して作ったとも思えます」
マルガレーテは青銅器を静かに見つめていた。
「つまり、誰かが意図して古代の出土品を偽装した者である可能性があるということですね?」
「ええ、疑う材料は揃っています」
澪は静かに返した。
「ずいぶんと詳しいんですね」
マルガレーテの口にした感想に澪は小さく息を吐いた。
「父が骨董に凝っていた時に覚えたんですよ」
「西園寺少佐のお父様が?」
「もっとも、父が買った青銅器が本物だった試しはありませんがね」
澪は少し恥ずかしそうに笑顔を見せた。
マルガレーテも、小さく笑みを返した。
2人は青銅器から視線を離すと空間全体へと目を向けた。
「あれはなんでしょうか?」
マルガレーテが隅の方へとライトを向けた。
そこには大きな四角形の跡があった。
「何かが置かれていたみたいですね」
澪がそう言うとマルガレーテが近づきながら覗き込んだ。
「ええ、それも一時的にここに置かれていたものではなさそうです。ほらこの跡、かなり窪んでいますしこっちは何度も引き摺った跡です。そして、あれを見てください」
マルガレーテは壁にライトを照らした。壁には錆びついた金属製のフックのような突起があった。
「どう考えてもこの寺院が建てられた時のものではありませんね」
澪はゆっくりとその金具を観察し始めた。
「ただ取り付けられた場所にも錆がこびりついているところを見ると最近取り付けられたものでもなさそうですね。それなりに年月が経過しています」
2人は金具と床の跡を見比べていた。
何者かが、この寺院の地下空間に物資を運び込み、一定期間保管していたのではないか。
もちろん、そう断定するのは尚早だ。でもそうであったのならば、この場所に残された傷や跡も説明ができる。2人はそう考えていた。
そのときだった。
マルガレーテが何の気なしに壁に照らした時、何かが壁の割れ目にあったことを澪は見逃さなかった。
「何か挟まっていますね」
壁に近づくと隙間に手をやった。
「折りたたまれた紙の切れ端ですね」
挟まっている紙片を引っこ抜くと澪はその紙片を広げた。
紙片の中を見た澪の表情が変わった。
「これは・・・」
マルガレーテが横から覗き込んだ。
「同じですね・・・」
そこには2人が何度も目にしてきた文字列が並んでいた。
P-19→W
00-04 LIMIT
R OK
2人はしばらくの間、その文字列を見つめていた。




