9. 合流
ここから3人称になります。
ビルマ連邦 ラングーン 日本軍合同庁舎
澪がマルガレーテにコンタクトをとってから3時間ほど経過していた。
澪はマルガレーテがやってくるまでの間、事件について纏めるために合同庁舎の執務室に籠っていた。
安住大佐の弟について本国の陸軍へと問い合わせを行ったりパガンの地形について資料を入手したりとそれなりに慌しかった。
遠藤少尉が執務室の扉を叩いたのはその作業に一区切りがついた時だった。
「西園寺少佐、今し方連絡がありました。ドイツ海軍のマルガレーテ・ヴァイス少佐がラングーンへ到着なされたそうです」
澪は少し驚きながら返した。
「ずいぶん早いですね。それでヴァイス少佐はなんと?」
「あっはい。ラングーン市内にあるホテル『インペリアル・ラングーン』にチェックインをしたとのことなので改めて待ち合わせをしたいそうです」
澪は手早く資料を纏める鞄にしまうと遠藤少尉に尋ねた。
「連絡先かホテルの部屋番号はメモしていますか?」
「はい。こちらに」
遠藤少尉から渡されたメモ紙を受け取ると澪は記された電話番号に電話をかけた。
「はい、ヴァイスです」
「お久しぶりです、ヴァイス少佐。先程はどうも」
「こちらこそお久しぶりですね‘
「単刀直入にいいますが、今からそちらに行ってもよろしいですか?」
「構いませんよ。こちらもそのつもりで来たんですから」
「ありがとうございます。では至急向かいます」
澪は鞄を持つと遠藤少尉に『インペリアル・ラングーン』にいく事を告げて官舎を出た。
ホテル『インペリアル・ラングーン』、1930年代の英国植民地時代に建設された外国人向けのシティホテルだ。1942年のロンドン講和条約においてイギリスの南アジア・東南アジア植民地の放棄に関連した植民地資産の整理により日本の財閥により買収され、現在も外国人が滞在するホテルだ。
外国人たちが多くいるロビーを澪は突っ切ってフロントへと足を進めた。
「すみません。こちらに宿泊しているマルガレーテ・ヴァイス少佐に面会したいのですが」
「少々お待ちください」
ホテルマンは宿帳に目を通すと笑顔で答えた。
「日本海軍の西園寺澪少佐ですね。ヴァイス少佐は2階のラウンジでお待ちという伝言を承っております」
澪は少し驚きながらもラウンジの場所を聞き階段へと足を進めた。
高い天窓付きの天井に大きなシーリングファン、アール・デコ調の装飾、いかにも英国植民地時代の内装のホテルだなと思いながら階段を上り教えられた場所へと向かった。
「ここか・・・」
掛けられた看板には『トロピカル・ポリネシアンラウンジ』と書かれいた。
(なぜ、ビルマでポリネシアン?)
そんな疑問を感じながら扉を開けた。
中には外の荘厳さとは全く違う南洋のリゾートのような空間が広がっていた。
過剰なほどの南国趣味がふんだんにあしらわれたラウンジを見回すと一番奥の席にその軽快な雰囲気に合わない軍服を身に纏った女性が手帳を見つめていた。
「ヴァイス少佐。お久しぶりですね」
女性は顔を上げた。
「ああ、西園寺少佐。黒海以来ですから2年ぶりですか?」
「そうですね。あっ」
澪の視線はマルガレーテの右目に集中した。2年前に会った時はどちらも碧眼だった彼女の瞳が右目だけ銀白色に変わっていたからだ。
その視線にマルガレーテも気づき平然と答えた。
「ああ、あの事件の後訓練中の事故で右目を負傷しまして。こんな感じに・・・まあ一種の勲章みたいなものです」
「視力は?」
「問題ありません。ちょっと驚きましたか?」
「ええ、でも綺麗だと思いますよ」
その言葉に少しマルガレーテは驚いた様子で続けた。
「そう言われたのは初めてです。事故の跡としか見てくれませんから」
「それと綺麗であることは両方成り立ちますよ」
「貴女らしいですね」
ラタンチェアに座りそんな会話をしているとポリネシアンな衣装を着たウェイトレスがやって来た。
「ご注文は?」
澪は手渡されたメニューを見るとトロピカルドリンクの一覧から一つ指差した。
「『ラングーン スタールビー』ですね。少々お待ちください」
ウェイトレスを見送るとマルガレーテが話しかけてきた。
「意外とトロピカルドリンク好きなんですか?」
「こういう場所だとあんまりお茶は期待できませんから。貴女だって同じじゃないですか」
澪はマルガレーテの前に置かれた洒落たグラスに注がれたトロピカルドリンクを見つめた。ご丁寧に小さな紙の傘までついている。
「雰囲気に合った飲み物を飲んでるだけですよ。こういうところでコーヒーはどうもあわないきがして・・・」
そんなやりとりをしているとウェイトレスがドリンクを持ってきた。グラスには花火がつけられていた。
「ごゆっくりどうぞ」
ウェイトレスが満面の笑みを浮かべながら去っていくのを見送ると2人は本題に入ることにした。
「西園寺少佐はラングーン郊外での軍事顧問団襲撃事件でしたね」
「ええ、そちらはパガンの考古学者チーム殺害事件ですよね。こちらで見つかった薬莢です」
澪はそう言いながら胸ポケットからハンカチに包んだ薬莢を取り出した。
「ちょっと待ってください。こっちの事件で使用された薬莢を出します」
マルガレーテもポケットから薬莢を取り出した。二つの薬莢をテーブルに並べると2人はそれを見比べ始めた。
華やかなトロピカルドリンクと同じく机に2つの薬莢が並ぶ光景はなんともシュールだがそれを気にする2人ではない。
目に穴が空くほど見比べるのが終わるとマルガレーテが口を開いた。
「同じ7.62×39mm弾ですね。しかもどちらも比較的新しい中欧製に間違いないと思います」
「やはりそうですか。先に伝えた通り私の担当している顧問団襲撃事件、ビルマ当局はロヒンギャの武装勢力と考えているんですが彼らはこの弾丸を使う銃を使わないんですよ」
「旧ソ連や影響が強かった国の銃に使う弾ですからね。英国製や日本製の鹵獲品・流出品を使う武装勢力が使うには不似合いな銃ですね。こちらも似たようなものです」
「現地の盗賊が使う武器も同じく英国製や日本製が主だと言いますかね。わざわざ高い金を払って旧ソ連やヨーロッパの密輸品を使う必要性は少ないですよね」
互いに思っていることを言い当てられたことに多少の喜びを感じつつマルガレーテが続ける。
「西園寺少佐、2つの事件で使われた銃は同じ入手経路だと思いますか?」
澪は少し考えた後答える。
「可能性はありますが、まだはっきりとは言えません。弾丸の種類だけではピースが足りないんです」
澪はそう言うと花火の止まったトロピカルドリンクに手をつけた。




