第13話:淀みの抽出と聖女の奇跡
王都には騎士たちの鎧の擦れる音と、蹄の音が絶え間なく響いていた 。
僕の焦燥感は消えなかったが、闇雲に走り回るフェーズは終わった 。
騎士団を総動員し、主要な商店やギルドに対して「カニ券と金貨の流通比率」の徹底的な聞き込み調査を行わせたのだ 。
◇
その日の夕刻 。
執務室のテーブルには、血の滲むような努力の結晶である一枚の地図が広げられていた 。
「……殿下、分析が終わりました。これをご覧ください」
ハンスが羽ペンを置き、地図上の数箇所に赤い点を打った 。
中央市場に近い場所、少し離れた下町……点在するその場所を、ハンスが険しい表情で指し示す 。
「王都全域でカニ券の普及が進む中、この数箇所の商店だけが異常です 。普及率は一〇%を切り、未だに支払いの大半が金貨で行われています 。さらに、騎士団が抜き打ちで確認したところ、店内の金貨の偽造率が他の場所の10倍を超えていました」
「10倍……! そこが犯人の息がかかった店なのね 。リオン、今すぐ騎士団を突入させましょう! 3箇所なら分散させてでも一斉にやれば……」
シルヴィアが身を乗り出すが、僕はそれを手で制した 。
地図に打たれた「薪屋」「八百屋」「酒場」という、一見バラバラな業種を見つめ、前世の管理部門で培った「数字の裏側」を読み解く 。
「いや、待って、シルヴィア 。この店たちは確信犯じゃない 。ただ『質の悪い金貨を掴まされている』だけの被害者だ 。……ハンス、共通点はないかな 。……例えば、そうだね……。この店たちの『卸先』を確認したい 。この三店舗、どこか特定の場所に商品を納品してないか?」
「畏まりました。少々お待ちを……」
ハンスは即座に、脇に積まれていた3つほどの分厚い帳簿を手元に引き寄せた 。
薪屋の納品記録、八百屋の売掛台帳、酒場の配送計画…… 。
彼は目にも止まらぬ速さでページをめくり、指先で数字を追いながら、次々と帳簿を突き合わせていく 。
パサッ、パサッ、と乾いた紙の音だけが執務室に響く 。
そしてしばらくすると、ハンスの手がぴたりと止まった 。
「……判明しました 。これらすべての商店から、定常的に大量の商品を運び込まれている場所が一つだけあります 。……『旧・裏路地区』にある、一軒の大きな銭湯です」
「銭湯……?」
シルヴィアが不思議そうに首を傾げた 。
僕は確信を持って、ハンスの指し示す一点を睨みつける 。
「そこだ! 薪屋は風呂を沸かすための薪を、八百屋と酒場は、風呂上がりの客に振る舞う食事や酒を大量に卸している 。そして、その支払いがすべて『偽造金貨』で行われていたんだ」
「あ……! そうか、銭湯なら火を使って煙突から煙が出るのが当たり前だから、金属を溶かす炉があっても怪しまれない 。薪を割る音や水の音があれば、金貨を叩く音だって掻き消せるわね!」
前世の僕なら、この「不自然な仕入れルート」を見つけた時点で、取引停止と監査を命じているところだ 。
だが今は、リーゼを救うための「源流」を見つけた喜びに震えていた 。
「よし、決まりだ! あいつら、自分たちの『不良在庫(偽金)』を銭湯の運営経費として支払い、取引先を通じて市場に流し込んでやがったんだ 。……ハンス、騎士団長に連絡を 。すぐに準備をお願い! 準備でき次第すぐに行くよ!」
僕の脳内は、冷徹なまでの「実務モード」に切り替わっていた 。
一刻も早く、リーゼを連れ戻す 。
その一点だけを見据えて、僕たちは走り出した 。
◇
陽が落ち、街に長い影が伸びる頃 。
僕たちは旧・裏路地区の、不自然に高い煙突を持つ古い銭湯を取り囲んだ 。
ハンスのデータと供給網分析が導き出した「淀みの源流」 。ここで間違いない 。
突入の合図を送ろうとした、その時だった 。
建物の中から、激しい争いのような音と、口を塞がれたような鈍い叫び声が聞こえてきた 。
「なっ!? なんだ、お前たちは!? もごっ、ごぼっ!!」
一瞬、心臓が跳ねる 。
「突入!! 抵抗する者は構わん、リーゼの安全を最優先にしろ!」
騎士団長の号令とともに、騎士団が鉄扉を激しく蹴破った 。
ドォォォン!!
松明の光とともに雪崩れ込んだ僕たちの視界に飛び込んできたのは、予想だにしない光景だった 。
***
そこには、毅然とした態度で立つ一人の男――グレモリー公爵の姿があった 。
「……あれ、グレモリー!? どうしてここに!」




