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第4話:リーゼの才能と「カニ」の報酬

 あの日、僕が「二度寝したい」という欲望のままに発行した『カニ券』 。

 正直に言おう。この作戦は、思った以上にうまく行きすぎていた 。


 発行した本人が少し引くくらいのスピードで、リーゼの手元に「カニ」が蓄積されていったのだ 。


 ある日のこと。執務室の外から、元気いっぱいのリーゼの声が聞こえてきた 。


「ハンス! 何かお手伝いすることはありませんか!? 今度のパーティーで、お兄様が出席する際のご挨拶文の下書きとか、わたくしが代わりに書きますわ!」


「えっ、あ、いや、リーゼ様。それは王族としての公務に関わる重要な書類でして……。流石にそれは……」


困り果てたハンスの声 。だが、リーゼの勢いは止まらない 。


「わたくし、お兄様の素晴らしいところなら、いくらでも書けますの! ハンス、カニさんが欲しいのですわ!」


「……はぁ。では、あくまで『練習』ということで、少しだけ書いてみていただけますか?」


ハンスの、諦め半分、疑い半分といった溜息が聞こえた 。

 ……ところが、一時間後。

 ハンスが、信じられないものを見るような顔をして僕のところにやってきた 。


「……殿下。これ、リーゼ様が書かれたものです」


「ん? どれどれ。……『親愛なる臣民の皆様。兄は、今日も皆様の笑顔のために尽力しております……』……えっ、これ、リーゼが書いたの?」


そこには、子供の遊びとは思えないほど、情緒豊かで心のこもった挨拶文が記されていた 。

 ハンスが、どこか自分を恥じるように、苦笑いを浮かべて言った 。


「正直に申し上げまして……私が書くと、どうしても事務的といいますか、冷たい感じになってしまいがちなのです。あ、いや、これでも精一杯、礼を失わぬよう気をつけてはいるのですが……」


そう。有能な実務家であるハンスの文章は、隙がなく完璧だ 。

 だがその分、遊びがなくてひたすらに硬い 。


 僕は、この前の祭典の時に彼が用意してくれた原稿を思い出した 。

 あの、舌を噛みそうなほどに回りくどく、読むためには早口言葉で顎の体操が必要なほど難解で、儀礼的な文章 。


「ですが、リーゼ様がお書きになった内容は、それ以上に……言葉のひとつひとつに体温があるのです。

読むだけで心が温かくなるような、不思議な力があります。殿下、リーゼ様には恐るべき文才があるのかもしれません」


あの子の「お兄様大好きパワー」が、一流の事務官をも凌駕する成果を生み始めていた 。



 リーゼの快進撃は、お勉強の時間でも続いていた 。

 家庭教師の先生が、これまた驚いた顔で僕に報告してくる 。


「リオン殿下、リーゼ様の最近の集中力には目を見張るものがあります。……ただ、非常に極端と言いますか」


「極端?」


「はい。算術は悪くありませんが、理科や家庭科にいたっては……その、あまり興味が持てないようで少々苦戦されています。ですが、国語と歴史に関しては、もはや私がお教えすることがないほど突出しております」


どうやらリーゼは、興味があるものはとことん突き詰めるタイプらしい 。


 歴史を「物語」として読み解き、そこに登場する人物の感情を国語力で深く理解する 。一度その面白さに目覚めてからは、寝食を忘れるほどの勢いで本を読み漁っているそうだ 。


「お兄様へのお手紙を完璧にする」「お兄様のような立派な王族の歴史を学ぶ」という彼女なりの目的意識が、その突出した集中力に火をつけたのだろう 。


 当然、その日のノルマを終えた彼女には、誇らしげに「カニ」が一枚授与された 。



 そして、数日が経った今日 。

 僕が数日ぶりの平和を噛み締めようとした瞬間、目の前で「バッ!」と五枚の紙切れが扇形に広げられた 。


「お兄様! カニさんが五枚貯まりましたわ!」


リーゼが、勝利の女神のようなドヤ顔で僕を覗き込んでいる 。

 五枚貯まるごとに「特別なお願い」を聞くという、僕が作ったルールの発動だ 。


「……おぉ、すごいねリーゼ。本当にお手伝いとお勉強、頑張ったんだね。……で、その五枚で、今日のお願いは何かな?」


本当は「一緒に二度寝」と言ってほしかったが、リーゼの提案はもっとキラキラしたものだった 。


「今日は、シルヴィアお姉様も一緒に、城下町のケーキ屋さんに行きたいのですわ! そこで一番大きなケーキを食べるのです!」


「あら、楽しそうですね。リオン、せっかくリーゼ様が一生懸命頑張ったのですもの。叶えてあげましょう?」


いつの間にか隣に来ていたシルヴィアが、逃げ道を塞ぐように微笑む 。

 ……こうして、僕たちの「ケーキ・ミッション」が発動することになった 。



 王都のメインストリートから一本入ったところにある、地元でも評判のケーキ屋『ドルチェ』 。

 こじんまりとした店内には、甘い香りが満ち溢れている 。


 ショーケースの前で、リーゼはかつてないほどに真剣な表情で悩んでいた 。


「あっちもいちごさんが大きくてすごいですわ……。でも、あちらのメロンさんもキラキラしていて、わたくしを呼んでいる気がしますの……」


リーゼがフリフリとドレスの裾を揺らしながら、ショーケースの前で立ち止まる 。


「……あぁ、でも、お兄様が頼もうとしているあのチーズケーキも、とってもふわふわで美味しそうですわ……。どうしましょう、お兄様! わたくしの体は一つしかありませんのに!」


そんなに深刻に悩まなくても、と僕とシルヴィアは顔を見合わせて苦笑した 。


「いいよリーゼ、君はいちごのショートケーキにしなさい。僕たちのを一口ずつあげるから」


「ええ、私のメロンタルトも一口あげるわね。そうすれば全部食べられるでしょう?」


僕たちがそう提案すると、リーゼの顔がパァァァッと輝いた 。


「本当ですの!? お兄様、シルヴィアお姉様、大好きですわ!」



 僕たちはテラス席に陣取り、運ばれてきた宝石のような一皿を前にした 。


 リーゼはいちごのショートケーキを幸せそうに頬張り、約束通り僕のレアチーズケーキとシルヴィアのメロンタルトを一口ずつもらって、まさに「ご満悦」という様子で鼻歌を歌っている 。


 ……あぁ、平和だ 。

 この笑顔を見ていると、わざわざ城を出るという手間を乗り越えた甲斐があったというものだ 。


 至福のひとときは、瞬く間に過ぎていった 。

 会計を済ませようと、僕は財布から金貨を一枚取り出し、カウンターに置いた 。


 ……ところが 。


「……あぁ、お客さん。すまないが、その金貨、ちょっと待っておくれよ」

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