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第1話:公爵の毒、市場に回る

王都の喧騒が引いた真夜中。

街灯の届かない裏路地を、夜の闇に同化するような三つの人影が音もなく進んでいた 。


彼らは目的の商家の前を通り過ぎると、慣れた足取りで建物の裏手へと回り込む。そこには、人目に付かない地下へと続く石造りの階段が口を開けていた 。


湿った冷気が立ち上がる階段を降り、突き当たりにある鉄帯で補強された重い木扉の前で足をとめる。

三人のうちの一人が、決まったリズムで扉を力強く叩き、中へ開けるよう促した 。


「……誰だ」


内側から野太い声が響き、覗き窓がスライドする 。

外の様子を確認した相手が重いかんぬきを外すと、ギィィという不快な軋み音と共に扉が開かれた 。


「……おいでなすったか」


出迎えたのは、顔に深い傷跡のある、いかにも柄の悪そうな男だった 。男は腰に下げた短剣の柄に手を置いていたが、一行の先頭に立つ人物が深く被っていたフードをゆっくりと脱ぐと、その表情をわずかに強張らせた 。


ランプの灯りに照らし出されたのは、冷徹な眼光を宿したグレモリー公爵の顔であった 。


「これはグレモリー様。こんなところまでお越しいただき……」


男が揉み手をして迎え入れようとするが、グレモリーはその言葉を完全に無視して歩みを進める 。その横から、付き従っていたお付きの者が遮るように声をかけた 。


「……こちらです、閣下。例のものの準備は整っております。ご覧ください」


案内された地下室の最奥には、即席の鋳造場が広がり、不気味な熱気と金属の焼ける臭いが充満していた 。作業台の上には、出来立ての金貨が文字通り山をなしている 。


「閣下のお言葉通り、金の配合を一割落としました」


お付きの者が、慇懃に報告を続ける 。

「九割が金であれば、色も重さも、よほどの手練れでなければ判別はつきませぬ。……それでいて、この一割の差が、いずれ市場に埋められぬ穴を空けることでしょう」


グレモリーは山の中から金貨を一枚手に取ると、指先で刻印の感触を確かめ、ランプの火にかざした 。表面にはアルカディア王家の獅子の紋章が、寸分違わず刻まれている 。


「……ふむ。実に見事な出来だ」


グレモリーは金貨を指先で弾いた。

キィィィン、と高く、冷酷な音が地下室に響き渡る 。その「悪貨」の品質を見極めた彼の唇が、満足げに歪んだ 。


「よかろう。これを王都の市場に流せ。一度にではなく、少しずつ毒を這わせるように、じわじわとな 。……あぁ、それと、細工をしていない本物の金貨も混ぜるのを忘れるなよ。その方が『疑念』はより深く、長く根を張る」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、案内した柄の悪い男が、下卑た笑みを浮かべて口を挟んだ 。


「ところで閣下……。ブツを流すのは構いやせんが、俺たちの報酬と安全はバッチリ保証してくれるんでしょうな? 王家の金貨をいじるなんてのは、バレりゃあ縛り首じゃ済まねえ仕事だ。先払いの分だけじゃ、割に合いやせんぜ」


「不遜であるぞ、貴様!」


お付きの者が、鋭い声で一喝した 。

「公爵閣下の御前であるぞ。分を弁えよ。貴様のような者の安全など、閣下の御慈悲一つで決まるものと知れ!」


叱責された男は、ちっと舌打ちをして黙り込んだが、その目は依然として貪欲な光を放っていた 。すると、奥で作業をしていた別の男が、手を止めて不安げに声を上げた 。


「旦那……とは言ってもなぁ。俺たちも心配なんですよ。お分かりでしょう。相手はあのリオン王子だ。もし嗅ぎつけられたらと思うと、夜も眠れねえ」


グレモリーは、怯える男たちを鼻で笑い、冷たく言い放った 。


「案ずるな。バレる隙など、今の王都にはない。もしバレてもそのくらい、私ならどうとでもしてやれる」


(……ふん。お前らなど、この『金貨の金型』さえあれば、どうにでもしてやるさ)


心の中で冷酷な計算を終えると、グレモリーは自信に満ちた表情で作業台を指差した 。


「リオン王子が始めた、あの『事後届出制』…… 。おかげで市場の取引速度は異常なほどだ。

今や中堅どころのギルドですら、一日に数百枚の金貨が右から左へと流れていく。誰も、その一枚の重さなど気に留めぬほどにな!」


グレモリーの喉の奥から、乾いた笑いが漏れ出した 。


そして隣に立つお付きの者に目をやり、

「ありがたいことにな……。リオン王子の行いが、これほど私に利をもたらしてくれるとは。ほれ、私が言った通りになったであろう? 材料なんてそこらじゅうにあると。見てみろ、この通りだ。あははは!」


「はっ。閣下のおっしゃる通りでした。流石のご慧眼に感服しております」


グレモリーは作業台の金貨を掴み、バラバラと音を立てて落とした。地下室に、公爵の狂気を含んだ笑い声が反響する 。


「信頼こそが、経済という名の城を支える唯一の柱。だが、奴が作ったこの『速すぎる流れ』が、その柱を根元から腐らせる助けとなる。人々が互いの金貨を疑い始めた時、この流れは一気に泥沼へと変わるだろう 。……自由であればあるほど、その毒の回りは早い」


暗がりの中、偽造金貨の山が鈍く光っていた 。

明日から更新は「21:20」にしようと思ってます。


よろしくお願いします

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