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第13話:教授回:「カニの見えざる手」

 アルカディア帝国大学、歴史学部の大講義室 。


 教壇に立つ教授は、前回にも増して恍惚とした表情で、巨大なスクリーンを指し示していた 。


「さあ諸君、刮目せよ! これこそが近代経済学の夜明け、聖母リーゼ様が提唱し実践された自由主義経済の聖典とも呼ばれる傑作――通称『カニの見えざる手』である!」


スクリーンに映し出されたのは、宮廷絵師ルネによって描かれた一枚の油彩画だった 。

 光と影を駆使した繊細な筆致で、そこに立つ三人の圧倒的な存在感が表現されている 。



 画面中央には、王家の象徴である『カニの印』を手にした聖母リーゼ様 。

 その左にはリオン王子、右にはシルヴィア様が、どこか緊張した面持ちで並んでいる 。


「教授、質問です! なぜこの絵は、これほどまでに不自然なほど『全員の手』が隠されているのでしょうか?」


一人の学生が手を挙げると、教授は待ってましたと言わんばかりに、教鞭を机に叩きつけた 。


「素晴らしい質問だ! それこそが、この絵画の真髄なのだよ!」


教授は興奮で鼻息を荒くしながら、絵画の細部を拡大した 。


「見ての通り、聖母リーゼ様は印を掲げているが、その手は袖に隠れて見えない 。これこそが、王家は強固な地盤を固めつつあるが、市場に対して直接的な手を出さない――つまり、自由放任レッセフェールを象徴しているのだ!」


教授は確信に満ちたドヤ顔で断言する 。


「リーゼ様が掲げる王権の名の下に、『見える手』を隠し、市場の自律性に委ねる。この隠された手こそが、経済用語『カニの見えざる手』の語源となった、人類史に残る政治的メッセージなのだよ!」


講義室に「おおお……!」という感嘆の声が広がる中、また別の生徒が手をあげる。


「教授。リーゼ様の格好なのですが、なぜ犬の耳の耳当てをしているのでしょうか?」


教授は、さらに興奮して続ける

「いいところに気がついたね。これは、「犬」と言うモチーフを使い、人間との距離感を表している。

つまり、リーゼ様という王権は市場との揺るぎない忠誠心と絆を表しているんだ」



最後に最前列のアリアがジト目で手を挙げた 。

「あの……教授。この絵、どう見てもリオン様とシルヴィア様、真ん中のリーゼ様の後ろで隠れて『恋人繋ぎ』してるだけじゃないですか?」


「アリア君、また君かね」


教授は憐れむような溜息を漏らす 。だがアリアは止まらない。

 彼女はスクリーンに映る、背後の鏡に注目した 。


「鏡をよく見てください。二人の指、ガッツリ絡み合ってますよ 。シルヴィア様なんて、真顔を作ってるけど耳まで真っ赤だし 。これ、経済の暗喩とかじゃなくて、単に二人でデレてるだけですよね? リオン様の真顔も、ただ恥ずかしすぎて固まってるだけでしょ」


アリアの容赦ないツッコミに、教授は教鞭を振り回して反論した 。


「アリア君! 君は歴史という名のロマンを矮小化しすぎだ! いいかね、なぜリーゼ様や正面から見えず、この鏡の中で表現されているのか考えてみなさい! これは二人が聖母リーゼ様の背後で、彼女が知らないうちに両国の経済を乗っ取ってやろうと誓い合った、『謀略の合意』なのだよ!」


「謀略……?」


「そうだ! リーゼ様が市場を自由に解放したが、裏ではこの二人が固い絆でコントロールする 。この『複雑に絡み合った指』こそが、複雑化する国際経済の連動性を表現しているのだ! ただの照れ隠しのために、ルネサンスの油彩技術がこれほど贅沢に使われるはずがないだろう!」


教授の熱弁に、再び学生たちがペンを走らせる 。


 アリアは溜息をつき、胸元の使い古された「カニのペンダント」をぎゅっと握りしめた 。


 歴史の真実は、常に当事者たちの「適当さ」の中に埋もれている 。

 『カニの見えざる手』は、今日も世界を「自由」という名の壮大な勘違いで動かし続けているのであった 。

読んでいただき、ありがとうございます。


今回のモチーフの絵画はヤン・ファン・エイク『アルノルフィーニ夫妻像』 でした。

リーゼには二人の手を隠す役をしてもらうことに。


あと、来週ぐらいから平日の更新時間をこの時間にしようかなと思います。

また変えるかもしれませんが、よろしくお願いします


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