第12話:勇者回:勇者カイルの恩恵「パパホテル」の衝撃
雪の舞う国境を越え、勇者カイルはゼノビア帝国の辺境領へと足を踏み入れていた。
「……ここから先は、より過酷な戦いになるはずだ。今まではなぜか楽に来られたが、国境を越えた先は厳しい環境だと聞く。気を引き締めなければ……」
カイルは腰に差した『聖剣』の柄に手を添え、独り言ちた。
あの日、王都で運命に導かれるように手にしたこの聖剣と共に歩み始めてから数ヶ月。
不思議なことに、これまでの旅路は驚くほど順調だった。
かつては修理に数週間かかった防具も、王都で出会った『パパネット』の規格品のおかげで、壊れてもその場でパーツを替えるだけで済むようになっている。
だが、この先にある宿場町『ゼトリア』は、物流も途絶え、旅人が飢えに苦しむ絶望的な場所だと聞いている。経験上、辺境であればギルドや役人などのしがらみ等も苛烈となる。
泥水を啜り、岩を枕にする覚悟で、カイルは町の門をくぐった。
――しかし。
そこで彼を待っていたのは、耳を疑うような喧騒だった。
「あ、そこの旅人さん! うちに泊まりなよ! 今なら朝食付きで銀貨20枚だ!他にもいろんなサービスが始あるよ。」
「いやいや、うちは銀貨19枚で朝食と、疲れを落とすお湯の桶を2つ付きだ!うちなら防具のメンテナンスツールの無料貸し出しをやってるよ。 さあこっちへ来いよ!」
「……な、なんだ? この活気は」
カイルは呆然とした。
寂れているはずの町は、多くの商人と、必死な顔で客を奪い合う宿屋の客引きで溢れかえっていた。
もみくちゃにされるカイルの前に、一際ド派手な真っ赤な礼服を着た男が立ちはだかった。
「さあさあ! 客引きを通した余計な手数料も一切なし! 店長自らおすすめする『パパ直』が一番おトクですよ!」
男は『店長』と書かれたタスキをかけ、満面の笑みで絶叫した。
「パパホテル・ゼトリア店へようこそ! 直接予約をいただく『パパ直』なら、どこよりもお安く、最高級のサービスを提供すると、この店長のわたくし自ら保証いたします!」
「パパ、ちょく……?」
カイルはその言葉の意味はわからなかったが、主人の熱意に圧倒された。
(パパ……つまり、存じ上げぬが、このホテルを統べるオーナーからの『直接(直)』の慈悲ということか! 比較の必要すらないほど、慈愛がこの地に満ちているというのか……!)
カイルは聖なる導きを感じ、その『パパホテル』へチェックインすることを決めた。
***
「……なんて素晴らしい設備なんだ」
「お客様。以前は色々なしがらみで不可能だったのですが、最近こういったサービスができるようになりまして。いかがでしょうか」
チェックインするやいなや、装備はすべて預けられ、汚れを落として油を差すという手厚いメンテナンスが始まった。
さらに案内された客室は、辺境の宿とは思えないほど清潔で、ふかふかのベッドが備わっていた。
一階には旅の汚れを芯から落とす大風呂まで完備されているらしい。
ふとベッドの横にある棚を開けて見れば、『娘を愛するための100の作法』や『真のパパ道(全10巻)』といった、威厳ある装丁の本が並んでいた。
(……このパパという御方は、これほどまでに慈愛に満ち、そして旅ゆく者の心の安らぎまで計算されていたのか)
宿の1階、ロビーから廊下を少し歩くとあるという食事処にいってみる。
夕食に出されたのは、お土産屋さんでも売っている、看板メニューの「パパ・カレー」だった。
「これは王都から届いたばかりの、特別なスパイスを使っているんですよ」
一口食べた瞬間、カイルの全身に衝撃が走った。
「――ッ!?!? ……キャラウェイシードのほのかな香り。そして魔王国産の柔らかなビーフ。玉ねぎ……いや、それだけじゃない。ともすれば喧嘩してしまいそうな素材たちを、極上のブイヨンが全体の味を整えているだとっ!」
ただの食事ではない。胃に落ちた瞬間、全身の血流が激しく加速し、眠っていた野性が呼び覚まされるような全能感。
疲れが癒えるどころか、スタミナそのものが底上げされていくのを、カイルは確かに実感していた。
(この劇的なまでの活力……。これも「パパ」なるオーナーが、辺境をゆく者のために用意された『秘薬』だというのか!)
***
翌朝。カイルはこれ以上ないほどの全能感と共に目覚めた。
「……信じられない。世界はいつの間に、これほどまでに良くなっていたんだ」
かつて魔王に剣を折られたという勇者の伝承は、今や遠い昔の話に思えた。
名もなき旅人の自分を店長が自ら迎え入れ、謎の『パパ直』の慈悲を受け、さらに自分を強化するための秘薬まで用意されている。
「お土産に、このパパの顔マークが入ったカレーも買っていこう。これがあれば、どんな魔王軍も恐るるに足らん!」
そうして、ゼノビア皇帝の顔マーク入りのカレーをしこたま買い込んだカイルは
軽やかな足取りで町を出て、また次の街に向かうのであった。




