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第11話:銀色の手紙とゼノビアの変革

市場に活気が戻り、リオンがモンブランの甘さに溺れていた、その日の夜。 シルヴィア・ヴァレリアスは、アルカディア王宮の自室で、故郷の父へ宛てた手紙をしたためめていた。


けれど、ペンを動かそうとするたびに、今回起きた出来事が脳裏をよぎって筆が止まってしまう。


(……あの人は、本当にもう……)


解決策を提示した瞬間、子供のように目を輝かせて私を「女神だ!」と呼んだリオン。 あろうことか、私の手をぎゅっと、力強く握りしめてきた。


……その時の、あの方の手の熱。


シルヴィアは無意識に、机の端に置かれた小瓶へ目を滑らせた。 父から贈られた、最高級のジャスミンの香りがするハンドクリームだ。


彼女はその蓋をそっと開き、深く、その香りを吸い込んだ。


鼻腔をくすぐる高貴な香りが、記憶の引き金を引く。 あの方の少し荒れた指先に、このクリームを塗ってあげた時の感触。 そして、手を握られた時のあの高鳴り……。


シルヴィアは赤くなった頬を冷たい指先で押さえ、一度、深呼吸をしてから再びペンを走らせた。



『お父様、お元気ですか?

アルカディアでは今、かつてないほどの経済革命が起きております。


今回、市場の引き締めで混乱が起きておりました。 私はこの混乱を収拾すべく、持てる知略のすべてを注ぎ込みました。


ただ管理するだけでは混乱を招く。 だからこそ、管理していると見せながら、事後に一括報告させ自由に商売ができる仕組みを構築したのです。


リオンはといえば、その私の案を聞いて、「これなら判子を押さなくて済む!」と大喜び。 あの方はただ「楽ができる」という一点のみで、この世紀の英断を下されたのです。


そうそう、先日お父様にいただいたハンドクリームですが、書類仕事で指先を痛めていたリオンに塗ってあげましたの。 あの方は「なんていい香りなんだ、お父様によろしく伝えてくれ」と、それはもう嬉しそうにしていましたわ』



数日後。ゼノビア帝国の帝宮。


「陛下! シルヴィア皇女殿下よりお手紙が!

それと、同行している絵師ルネ殿より、現地の様子を描いた絵画も届いております!」


報告が響いた瞬間、皇帝は玉座の上で身をよじらせた。


「シルヴィアたんの手紙ィ! それに絵だと!?

今すぐ持ってこい!」


皇帝は頬ずりせんばかりの勢いで手紙をひったくり、同時に広げられたルネの絵画に目を向けた。 そこには、執務室の中で、リオンとシルヴィア、そしてリーゼが仲睦まじく歩く姿が描かれていた。


「ふむふむ、なるほど……リオンの窮地にシルヴィアたんが知恵を貸してやったのか。ガッハッハ! さすがはわが娘、相変わらずシルヴィアたんは賢いなぁ!

リオンとは相変わらず上手くやっているようだな!」


皇帝は鼻高々に笑っていた。 だが、手紙を読み進めるうちに、その顔から温度が消えた。


『……リオンにハンドクリームを塗ってあげましたの。あの方は嬉しそうに……』


皇帝の額に、ドクンと青筋が浮かぶ。 彼はまじまじと、食い入るように絵画を見つめた。


真ん中にはリーゼがにこやかに立っていて、

正面から見る二人は、ただ隣り合っているようにしか見えない。



だが、彼は不幸にも気がついてしまった。 背景に描かれた執務室の壁の、その奥にある「鏡」に映り込んだ、二人の後ろ姿に。


鏡の中の二人は――しっかりと、指を絡めるようにして「手」を繋いでいたのだ。


「……ぎ、ぎぎ……ぎぎぎぎ……!」


皇帝のカッと見開かれた眼が、傍らで震える文官を射抜いた!


「おいッ! お前だな!

前に『父親とお揃いの香りなど、年頃の娘は嫌がりますぞ』などと抜かして、わしにジャスミンを諦めさせたのは!」


「ひ、ひぃぃ! さ、左様でございますが、それは皇帝陛下と皇女殿下の……」


「黙れッ!

貴様の余計な進言のせいで、わしはムスクに甘んじているというのに!

見ろ! なぜこの小童リオンがシルヴィアたんと同じジャスミンの香りをさせて、あろうことか鏡の中で手を握り合っておるのだぁぁ!!」


皇帝の絶叫が、帝宮の壁を震わせる。


「わしを差し置いてお揃いの匂いだと!?

しかも、正面からは隠して、鏡の中でこっそり愛を育んでおるのか!?

お前……処すか? いますぐ処してやろうか!?」


「滅相もございません!

鏡の反射まで見抜く陛下の眼光が鋭すぎるのですぅぅ!」


皇帝は怒り狂っていたが、手紙の後半――ギルドが事実上解体され、自由になった市場が劇的な活気を取り戻したという記述を読んだ瞬間、その瞳に「覇王」の鋭い光が戻った。


彼は背後に控える、音もなく佇む黒い影に問いかけた。


「……おい。これは、自由経済と言うべきかな? お前は間近で見ていたはずだ。どう思う?」


影は感情を削ぎ落とした声で答えた。


「……恐るべき策にございます。

役人の利権を根底から破壊し、民に自由と責任を同時に与える。

これを実行に移すには、相当な胆力が必要かと」


皇帝は不敵な笑みを浮かべ、手紙を大切に懐にしまった。


「……よし。だが結果はこの通りだ。……この策、帝国でも即座に導入する!」


「かしこまりました。ただ、私が直接「財務局」に口添えできるようにして頂ければ、陛下のご期待に添えるかと」


「なんだ、そんなことか。わかった。話は通しておく。下がっていいぞ。」


親バカ覇王の、嫉妬と野心が入り混じった咆哮が、今日も帝宮に響き渡るのだった。

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