第3話:売り切れの街とリオンの後悔
「……ふぅ。やっぱり、お城の外は最高だね」
執務室という名の極寒の牢獄を脱出し、僕はリーゼとシルヴィアと共に王都の目抜き通りを歩いていた 。三日間、あの冷たい椅子に座り続けて、自分なりに限界まで判を押し続けたんだ 。もう指も腰もボロボロだけど、その分、今は最高の気分だ 。
「お兄様、早く、早くですわ! イチゴタルトが待っていますわ!」
リーゼがお出かけ用の小さなカバンを揺らしながら、僕の手をぐいぐいと引く 。あー、リーゼの手、あったかい 。
その後ろでは、同じく解放感に浸っているハンスが、のんびりと付き添っている 。
「わかってるよ、リーゼ。あんなに大変な思いをしたんだ、今日は好きなだけ食べていいからね」
「あら、リオン。今日は随分と太っ腹ね 。……でも、確かにあんな書類の山を見せられた後だもの 。今日くらいは贅沢をしてもバチは当たらないわよ」
シルヴィアもあの「地層」を思い出したのか、苦笑いしながら頷いてくれた 。僕は自分への正当な報酬を確信して、馴染みの菓子店へと入り、テラス席へと着いた 。
だが、給仕にやってきた店主は、申し訳なさそうに頭を下げた 。
「……リオン様。本当に申し訳ございません 。本日はタルトのご用意ができないのです 。今は『シュークリーム』しかお出ししちゃいけないことになっておりまして」
「えっ……? 売り切れ?」
「材料はあるんです。最高に熟れたイチゴも、フレッシュなバターも 。だけど、昨日ギルドの職員が来てこう言ったんです 。『これからは厳格に管理するから、一品目ごとに個別の販売許可証を掲示せよ。許可証がない品を売ったら罰金だ』って 。急いで全部の申請を出したんですが、お城から戻ってきた許可証は『シュークリーム』の分だけで…… 。肝心のタルトの許可証が、まだ届かないんですよ」
「…………」
店主の説明を聞いて、僕はポカンとしてしまった 。一品目ごとに、判 。……あんなに必死に、意識が飛ぶまで判を押し続けたのに、まだ全然足りてないことに愕然とした 。
「……ハンス。昨日の僕、結構頑張ったよね?」
「ええ、それはもう 。最後の方は白目を剥きながら、一心不乱に腕を動かしておられました 。しかし、この状況はなんと言いますか…… 。いや、一品だけでも届いていて、不幸中の幸いでしたな」
リーゼたちと歩いてた時には気が付かなかったけれど、ふと広場を見てみると、心なしかいつもより屋台の数も少ない 。
「だよね…… 。でもグレモリー公爵の奴め……なんだか王都の元気がなくなっちゃったじゃないか」
そう思うと、少しだけ悔しさがこみ上げてくる 。せっかくシルヴィアが考えてくれて、みんなで開催した祭典の熱狂がどこかに吹き飛んでしまったようで、街には活気がなかった 。
「お兄様……あそこにイチゴがありますわ 。とっても美味しそうなのに…… 。どうして食べられませんの?」
リーゼが、ショーケースの奥で「許可待ち」の札を貼られたイチゴを、残念そうに見つめている 。店主も申し訳なさそうに肩を落とした 。
「ごめんよ、お嬢ちゃん 。俺たちも売りたいんだが、勝手に売ると罰金なんだ 。商業ギルド、っていう俺たちの上司みたいなところから、売っていいよって許可がないと、そのイチゴはただの飾りなのさ」
「…………」
リーゼが、少しだけ悲しそうに目を伏せた 。
三日も僕を待ってくれた妹に、一番食べたかったものを食べさせてあげられない 。……自分の「頑張り」が、あと一歩、ケーキに届かなかった 。
「……リーゼ、ごめん。タルトは明日までお預けだ 。でも、このシュークリームだけでも食べていこう 。次来る時には絶対に食べられるように、僕頑張るからさ」
「はい。お兄様 。シュークリームもリーゼは大好きなのです」
僕は注文したシュークリームをリーゼとシルヴィアに勧め、自分も一口、口にした 。
……うん、甘い 。そして、なんだか悔しい味がする 。
「……ハンス」
「はっ」
「帰ったらすぐに、あの部屋にある残りの書類を全部僕の前に並べろ 。……今夜は一晩、寝ずに全部片付けてやる 。明日には、この店のケーキを全部解禁させてやるんだ」
僕はシュークリームを頬張るリーゼを眺めながら、これまでにないほどの執念を燃やして店を後にした 。
もう「適当に」なんて言っていられない 。これは、リーゼの笑顔と、僕が今日食べ損ねたイチゴタルトを取り戻すための、泥臭いリベンジだ 。
……まあ、この時はまだ「根性で全部終わらせてやる」としか考えていなかったんだけど 。その作業の不毛さが、すぐに僕の限界を超えることになるとは思いもしなかったんだ 。




