第10話:フリスビーを確認したら惨事
シルヴィアはまだ会場の設営に追われている。 ハンスも何やら職人たちの調整に走り回っているようだ。 手持ち無沙汰になった僕は一人、嵐の前の静けさのような検品会場へと足を向けた。
(……ちょっとだけ、フリスビーを見ておこうかな。)
フリスビーが収められている小屋に入ると、ひんやりとした空気の中に、ほのかに新しい木の香りとニスの匂いが漂っていた。 五つのチームが心血を注いで作り上げた二十枚のフリスビーが、長いテーブルの上に整然と並べられている。
「……うわぁ、すごいな」
思わず声が漏れた。 テーブルに並ぶ二十枚のフリスビーは、どれもが完璧な造形を誇っていた。
(僕が適当にお皿をなぞって決めただけのサイズだったのに……。 )
(シルヴィアが職人たちに『直径1リオン、縁の厚み十分の一リオン、規定重量厳守』って伝えると、これほどまでに形になるなんて。 あの気難しい職人たちを言葉一つで納得させて、みんなに同じ方向を向かせてしまう。 ほんと一番いい結果を引き出しちゃうんだから……。 彼女のああいう、凛としていて迷いがないところ、本当にすごいと思うなぁ。 思わず抱きついちゃったけど……)
僕は彼女への素直な感心と、ほんの少しの気恥ずかしさを感じながら、テーブルへ歩み寄った。
「へぇ……。これはすごいなぁ……ちょっとだけ……手触りとか、触っていいかな」
僕は一番近くにあった一枚に、そっと指を触れてみた。
(……っ、すごい。吸い付くようだ)
表面には丁寧にニスが塗られていて、鏡面のようにピカピカと光を反射している。 僕はそれを両手で持ち上げ、目の高さにかざしてみた。 ささくれ一つなく、指先を滑らせても凹凸一つ感じられない。 徹底的に磨き上げられ、まるで硬質な宝石のようでもありながら、木の温もりもしっかりと残っている。
「これを作るのに、どれだけの時間をかけたんだろう。職人の意地が、この薄い円盤に凝縮されているみたいだ……」
僕はその出来栄えにすっかり感嘆してしまった。 もうちょっと詳しく見てみよう。 そう思って、隣に並んでいた別のチームの作品にも手を伸ばそうと、一歩横に踏み出した。
その時だった。
「おっと……!?」
運悪く、足元の絨毯の端に靴の先が引っかかった。 おっとっと、と姿勢を崩した僕の体は、あろうことか、体を支えようとした左手がテーブルの端を激しく叩いた。
ガッシャアァァン!!
「ひっ!?」
無残な音が響き、テーブルの上で大人しくしていた二十枚の円盤が、まるで逃げ出す小動物のように一斉に宙を舞った。 床に落ちた円盤たちは、その完璧な円形と滑らかな塗装ゆえに、床の上を驚くべき速度で転がり始めた。 右へ、左へ。棚の下へ、部屋の隅へ。
「わわわ! 待って、止まって!」
僕は這いつくばって、必死にそれらをかき集めた。 幸い、会場には僕一人だ。 今のうちに元通りに並べればバレないはずだ。
数分後。 僕は冷や汗を拭いながら、どうにか二十枚の円盤をテーブルの上に戻した。 だが、並べ終えた瞬間、僕は凍りついた。
(……これ、どれが、どのチームのものだ?)
僕はテーブルの上の円盤を凝視した。 直径1リオン。厚み十分の一リオン。 そして、どのチームも負けじと磨き上げた、あのピカピカの質感。 シルヴィアの完璧な指示と、職人たちの超絶技巧が合わさった結果、二十枚の円盤は「個体差」という概念を完全に消失させていた。 裏を見ても、表を見ても、番号も名前も書いていない。
(終わった……。これ、誰が作ったものか判別する手段が何もないじゃないか。 どうしよう、もし、全然違うチームに他人の作品を渡してしまったら……?)
冷や汗が止まらない。 もしこれがバレたら、職人たちの努力を台無しにした最低な主催者として、僕は軽蔑されるに違いない。 職人たちの顔が脳裏をよぎる。 もし適当な判定をして、それが自分のミスで混ざった円盤のせいだなんて知られたら……。 想像するだけで胃のあたりが雑巾のように絞られる。 心臓がうるさいくらいに脈打ち、頭の中が真っ白になった。
(大丈夫……落ち着け。誰にも見られてない。 ……今なら、まだ『最初からこうでした』という顔で逃げ出せるはずだ。 そうだ、逃げよう。今はそれしかない……!)
僕は足早に、逃げるように検品会場を後にした。
***
リオンが去った後。 会場の入り口近く、太い柱の陰から、リオンを探しにきたハンスが見ていたのであった。




