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第7話:鋳造所の静寂と、公爵の恫喝

リオンが騎士団の主力と警備の責任者たちを根こそぎ引き連れ、意気揚々と会場へ向かった頃 。

王立鋳造所の重厚な鉄門の前に、四台の黒塗りの馬車が静かに止まった 。


それぞれの馬車から降り立ったのは、総勢十八名に及ぶ集団だ 。

その面々は、一見して異様だった 。



数人の護衛に加え、大半を占めるのは仕立ての良い官服に身を包んだ屈強な男たち 。


彼らは財務局において数々の修羅場を潜り抜けてきた、歴戦の部長級の面々である 。


予算の削り合いや利権争いで鍛え上げられた彼らの眼光は、並の兵士よりも鋭く、威圧感に満ちていた 。



そしてその中に一人、影のように気配の薄い男が混じっていた 。

グレモリーの秘蔵子であり、工作員としての顔を持つ男、フォーゲルである 。


最後に降り立ったグレモリー公爵は、首元の最高級の毛皮を整えながら、隣のフォーゲルに低く問いかけた 。


「……どうだ、フォーゲル。この惨状は」


フォーゲルは音もなく周囲を検分し、口元に冷ややかな笑みを浮かべた 。


「はっ。実に見事な人員配置です 。門の守衛も代わりの不慣れな者ばかり 。……これであれば、すべては公爵様の手筈通り 。中身は空同然ですな」


「フン。殿下が『事務効率』を重んじて人員を動かしてくれたおかげだ 。手間が省けたな」


そこまで言うと、グレモリーは視線を鋭くし、フォーゲルを射抜いた 。


「金型の奪取、どの程度の時間が必要だ?」


「……閣下 。三つほど鐘が鳴ったころには、すべてを終えて戻れるかと」



この広大な鋳造所の最深部へ潜り、厳重な保管庫を破る時間としては、これ以上ないほどの手早さと言える 。


だが、グレモリーの答えは冷徹だった 。


「だめだ 。二つだ 。二つの鐘で終わらせろ」


「……御意 。二つの鐘の間に、必ずや」


フォーゲルは表情を崩すことなく、静かに頭を下げた 。

不可能を可能にする 。それがグレモリーの飼い犬に課せられた「事務」なのだ 。


グレモリーは満足げに頷き、財務局の猛者たちを引き連れて、堂々と鋳造所の中へと歩を進めた 。


「グレモリー公爵閣下! このようなところに、いかがなされましたか」


鋳造所の所長、ヴァルデック子爵が額の汗を拭いながら慌てて駆け寄ってきた 。


このヴァルデック子爵、突出して仕事ができるわけではない 。

しかし、彼の家系は代々「厳格と清廉」を家訓とする、堅物で知られる名家であった 。

「不正を絶対に許さない」という家柄の信用で、この通貨発行の要職に就いている男だ 。


グレモリーの見立てでは、真面目すぎるがゆえに融通が利かず、今まで多少の圧では首を縦に振らない男であった 。しかし……




「急なご訪問、一体いかなるご用向きでしょうか 。これほど多くの財務局の方々まで……」


子爵は、財務局の部長たちから放たれる威圧感に圧倒されてはいるようだが、引くつもりはないらしい 。


「何、祭典での支払いに必要な金貨の調達ですよ 。リオン皇太子殿下から事務を任されましてね 。

ヴァルデック子爵、少し事務の込み入った話をしたくてな 。主だった面々を集めて欲しいのだ 。もちろん時間はありますな?」


「は、はい! もちろんでございます 。こちらへどうぞ!」


案内された応接室へ入る際、グレモリーはフォーゲルにだけ視線で合図を送った 。


財務局の部長たちが子爵を取り囲むように席に着く 。

その異様な空気の中で「面談」が始まるわずかな隙に、フォーゲルの姿は音もなく集団から消えていった 。


彼の目的は、鋳造所の最深部 。

金貨の製造が行われる工場――その奥に眠る、廃棄予定の旧式金型の保管庫で、偽物の金型とすり替えることだった 。


***


重厚な扉が閉ざされた応接室内で、グレモリーはゆっくりと茶を啜り、それから氷のように冷たい声を放った 。


「……さて、子爵 。単刀直入に伺いたい 。明日の祭典で職人たちに支払う金貨、明日までに1000枚 。用意をして欲しい」


ヴァルデック子爵は椅子の上で飛び上がらんばかりに驚き、震える声で答えた 。


「せ、1000枚!? 閣下、それはあまりに急でございます…… 。金貨の管理は厳格を極めており、現在、即座に動かせる予備は二百枚ほどしか……」


「二百枚?」


グレモリーはわざとらしく、冷ややかな溜息をついた 。

同席している財務局の部長たちも、一斉に子爵を鋭い眼光で射抜く 。


「金貨の管理が厳格で、今出せるものが二百枚しかないと? ……それは困りましたなぁ」


「しかし規定がございまして……」


「二百枚 。……公爵である私のメンツを潰すおつもりで?」


グレモリーはあえて椅子に深く腰掛け、足を組み、獲物を追い詰めるような視線を子爵へと突き刺した 。


「今回の祭典は陛下の勅命 。その成功に不可欠な金貨の調達に赴いてみれば、誰かの『怠慢』によって用意ができないとあっては…… 。私は陛下に、ありのままを報告に行かねばなりませぬな」


「お言葉ですが…… 決して怠慢などでは……!」


「できない、ではない 。用意するのです 。それが貴方の責務でしょう?」


グレモリーは冷酷に言葉を畳み掛ける 。


そこにグレモリーが連れてきた管財部部長が口を挟む 。


「閣下 。差し出がましい発言をお許しいただきたく」


「実際、明日までに1000枚は難しいかと思われます 。まずは明日までにどのぐらい用意できるのか、鋳造所の工員に話をさせましょう 。工数と効率から現在の予定を……」


そこに他の部長級の面々も議論を(かぶ)せる 。


「ぬるい 。融資部の意見としては、こういうところでは必ず他に回すはずの余剰金貨がある 。金貨の流通を整理すれば、もう200や300枚ぐらいすぐに集まるはず 。おい、出荷予定の金貨の予定表をもってこい」


「主計部としては局所的な対応をされても困るんですよ 。これだから……融資部長は 。まずは全体がわかる書類を集めてもらってもよろしいでしょうか」


グレモリーはその様子を見て厳しい顔をしながら心の中で笑っていた 。


(くははは 。いいぞその調子だ 。多方面から思う存分意見をぶつけてやれ)


「す、すぐに! すぐに用意いたします……!少々お待ちを」


ヴァルデック子爵は顔を土気色に変え、慌てて部下を呼び、右往左往し始めた 。

部長たちがその動きを監視し、さらなるプレッシャーを与えていく 。


グレモリーはその滑稽な姿を眺めながら、2つ目の鐘がなるのを聞いた 。



時間は十分に稼いでやった 。




子爵たちが必死に数字を合わせ、自分たちの部下に絞り上げられている間に、フォーゲルはすでに製造ラインの奥、厳重な警備が「リオンの指示」によって消えた保管庫へ辿り着いているはずだ 。


報告にあがっていた、廃棄予定だった旧式の金貨の金型 。

それを手に入れれば、この国の通貨制度を根底から揺るがす「牙」が手に入る 。


(……リオン殿下 。貴方は事務の効率化を求めて警備を動かした 。実に合理的だ)


グレモリーは口元に浮かぶ笑みを、手元の茶器で隠した 。


(だが、その合理性が、自分自身の首を絞めることになる 。せいぜい、今はリーゼ様と呑気な休日を楽しまれるといい)


鋳造所の奥から、何かが微かに動く気配がした 。

計画は、極めて順調であった 。

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