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第6話:公爵の甘い話

「リオン殿下、少々お時間をよろしいかな?」


執務室の机に積み上がった、見るだけで視力が落ちそうな分量の書類の山を前に、僕は白目を剥いていた。


今回、この祭典を行うにあたって、僕の作業量はこれまでにないほど膨大に膨れ上がっていてパンク寸前だった。


「職人ギルドを介さない、数百名への個別発注」という事務的波状攻撃や、会場の設営や警備の調整は想像を絶する破壊力だった。


通常ならギルドという一つの窓口で済むはずの契約が、数百通の個別契約書に分かれている。


それぞれの支払い条件を詰め、財務局に膨大な振込依頼書を提出し……。

挙句の果てには「職人の一人が腹を壊したから納期が遅れる」といった現場の細かなクレームまで、すべて僕のデスクに集約される仕組みだ。



そんな時、執務室の扉が開いた。


現れたのは、最高級の毛皮を首元にまとい、貴族の矜持きょうじをこれでもかと体現したような男――グレモリー公爵だった。


「……何の御用ですか、公爵。見ての通り、僕は今、公爵がプレゼントしてくれた『紙の山』と格闘中なんですよ。追加の発注書なら、もう僕の机には乗りません。天井から吊るすしかありませんね」



僕は、隠すこともせずにツンケンとした態度で応じた。


どうせこいつのことだ。「これもお忘れですよ」と言って、さらに面倒な書類を一抱え持ってきたに違いない。 つくづくいやらしいタイミングで持ってくるものだ。


だが、グレモリーは怒る風でもなく、いつものように非の打ち所がない優雅な所作で僕の前に立つと、机の上の惨状を眺めて、深く、深く同情するように頷いた。


「これはこれは。今回の祭典、ギルドを介さないとなると、これほどまでに事務作業が煩雑になりますか。

ふむ……お金の管理、財務局への煩わしい根回し、それに商品や職人への支払いや請求など。

これら全てを殿下がこなされるのは、あまりに酷というものですな。王族の御手がインクで汚れるのを、私は見るに忍びない」


僕は食い入るように公爵を見上げた。 な、何だって? こいつ、今、なんて言った?



「……公爵。嫌味を言いに来たのなら、他を当たってください。僕は今、本当に大変な作業のせいで、目から火が出そうなんです」


「ははは。嫌味などと滅相もない。……殿下、提案がございます。

これらの『お金絡みの雑務』、すべて私にお任せいただけませんか?

こういうのは元々我々財務局をよく知る者達の方がうまくできるでしょう。関連部署への根回しも、商人、職人への支払いも、私の配下たちに任せていただければ、こちらで整理させておきましょう。殿下は、そのような裏方の苦労などなさるべきではない」


グレモリーは僕の机の上にある書類を一枚手に取り「こんな内容、うちの職員でもすぐにでも対応できるではないか」などと嘯いている。


グレモリーは、「ここからここまでは引き取りますよ」と一言言うと、手をパンパンと鳴らした。



すると、控えていた彼の部下たちが、僕の机の上に山積みにされていた書類を、次々と手に取り部屋から出ていく。


「……えっ。あ、ちょっと、待って。本当に、全部やってくれるの?」


「ええ、もちろん。その代わり、と言っては何ですが。会場の設営、当日の運営、そして血気盛んな職人たちの取りまとめに関しましては、すべて殿下にお任せしてもよろしいかな?


何しろ、当日は国王陛下も直々にお越しになられる。会場に何らかの不手際があれば、陛下の御名に傷がつきます。……王都の顔として、現場の統括は殿下にしか務まりませぬ」


(――やったーーーー!!!)


僕は心の中で、王宮を三周半するほどのサンバを踊った。


公爵、君は最高だ! 悪魔だと思っていたが、実はとんでもないお人好しだったのか!?


「会場の運営」なんて、現場で職人の肩を叩いて「頑張ってるね」と微笑んでいればいいだけじゃないか。


しかも向こうにはシルヴィアとハンスがいる。 なんならシルヴィアの指示をもらって動けばいいし、国王が来ると言っても、挨拶の原稿なんてハンスに書かせればいい。


あの忌々しい「数字の確認」や「役人との泥沼の交渉」に比べれば、現場で突っ立っているだけの仕事など気が楽だ。

あ、そうだ、ついでにリーゼも連れていけば、実質的な「休日」と同じじゃないか。



これこそ、事務屋が夢見る究極のアウトソーシング!



「公爵! ありがとう! いやぁ、やはり公爵は頼りになりますね。会場のことは僕が責任を持って見ておきますから、その……お金のこととか書類のことは、全部公爵にお任せしますよ!」


「ははは。お任せください。殿下の負担が少しでも減るのなら、私としても光栄です。……では、私はこれで。祭典の成功、期待しておりますぞ」


公爵は満足げに頷き、去り際にこう付け加えた。


「ただ、会場にシルヴィア殿下やハンスがいるからと言って、くれぐれも気を抜かれぬようお願いします。陛下たっての勅命ですから、私としても失敗はしたくはありませんので。……そうですね、まずは警備の確認から初めてみてはいかがでしょうか」


むむ。こいつ心でも読めるのか。 僕がリーゼを連れて遊びにいくプランが頭の60%ほどを占めたあたりで、釘を刺してきやがった。



だが、考えようによっては好都合だ。

さっさと「警備の確認」とやらを終わらせてしまえば、後は誰にも文句を言われずにリーゼと遊べる。


「わかってるよ、公爵殿。万全を期すために、騎士団の団長と警備の責任者たちを全員引き連れて、今から会場の最終リハーサルに行ってくるよ。公爵、彼らに至急僕のところへ集まるよう、声をかけておいてくれるかな?」


「承知いたしました。リオン殿下。……実に頼もしい限りですな」


グレモリーが書類の山と共に去っていく背中を見送りながら、僕は椅子に深く体を沈めた。


自由だ。勝利の味がする。


これで僕の帳簿には、莫大な「自由時間」が利益として計上された。

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