第5話:競う職人たち
シルヴィアの「整理」によって、リーゼの個人的なフリスビー修理が、王都の職人二十人による「円盤製作競技会」へとすり替えられた翌日。
木工ギルドの講堂には、昨日リオンの執務室で取っ組み合いを演じた二十人の職人たちが再び集められていた。
「……おい、聞いたか? 単なる修理職人を選ぶだけじゃなくて、王家主催の競技会をやるんだとよ」
「しかも、全員に同じ図面が配られるらしい。腕自慢の俺たちに『同じものを作れ』だなんて、王子の考えは読めねえな」
職人たちが殺気立った様子で囁き合う中、壇上にシルヴィアと、ハンス、そして「今すぐ透明人間になりたい」という顔をしたリオンが現れた。
「――静かにしなさい。昨日も言ったけれど、貴方たちの腕前は、実力で証明してもらうわ」
シルヴィアの凛とした声が響くと、職人たちは一斉に口を閉ざした。
「ただし、二十人がバラバラに動くのは非効率よ。そこでルールを追加します。貴方たち二十人を、所属する工房ごとに四人一組、合計五つのチームに分けなさい。……今後はチーム対抗戦として競ってもらうわ」
職人たちの間に、どよめきが走る。
「チーム戦だと!? じゃあ、俺一人じゃなくて工房の連帯責任ってことかよ!」
「そうよ、いいわね。工房の看板を背負って戦いなさい。足を引っ張る者がいれば、その工房の格が知れるというもの。工房のチームワークも評価対象ってことよ!」
シルヴィアの一言に、職人たちの顔つきが「個人的な喧嘩」から「組織の生き残りをかけた顔」へと変わる。
隣同士で「おい、ヘマすんなよ」「わかってるよ!」と小突き合う声が聞こえてきた。
(……シルヴィア。チーム制にして管理を楽にするのは事務の基本だけど、これ、工房同士の抗争が激化するだけじゃないかな。僕の机に届く苦情の手紙が、個人名から工房名に変わるだけな気がするんだけど……)
リオンの懸念をよそに、シルヴィアはハンスに目配せをする。ハンスが鞄から取り出したのは、磨き抜かれた真鍮製の細い棒だった。
「まずは、これを各チームに配って。これは『1リオン』原器。リオン殿下が制定された、王国の新たな標準寸法よ」
職人一人ひとりに配られた真鍮の棒。それを受け取った彼らは、一様に首を傾げた。
「寸法、ですか? そんなもん、俺たちの指の幅や腕の長さで十分……」
「あなたたち甘いわね。これからは精密な技術こそが、職人の腕の証になるのよ」
シルヴィアは机の上に置かれた精密な図面を指差した。
「直径は正確に『1リオン』。縁の厚みは『1リオンの十分の一』。重さは……」
彼女が読み上げる数値は、これまで「勘」と「経験」だけで木を削ってきた職人たちにとって、経験したことのないほど過酷な制約だった。
「そんな細けぇこと言われたら、木の個性が死んじまう!」
「……そう。個性が死ぬ代わりに、同じ品質が生まれるの。いい? チーム全員で、寸分違わぬ『1リオン』規格を形にしなさい。最も正確に作れたチームだけが、決勝の舞台で円盤を投げる権利を得るわ」
リオンは、自分の名前がついた棒を不思議そうに見つめる職人たちを見て、冷や汗を拭った。
(……ごめんね、みんな。僕はただ、修理の見積もりを出すときにサイズがバラバラだと比較しにくいから、適当にお皿をなぞって決めただけなんだ……)
しかし、職人たちの瞳には、もはや戸惑いではなく、狂おしいほどの職人魂が灯っていた。
「……へっ、面白ぇじゃねえか。工房の四人で知恵を絞って、この『リオン棒』にどれだけ近づけるか……。指物師の意地、見せてやるぜ!」
***
講堂を出る際、リオンはハンスに尋ねた。
「ねえハンス。なんか街中が騒がしくない? まだ布告を出したばかりでしょ?」
「おやおや、殿下。耳が早い。すでに街の広場では、シルヴィア様が考案された『五工房対抗比較試験』のための特設コースの建設が始まっておりますよ」
「建設……? ただ広場で投げるだけじゃないの?」
「まさか! S字カーブに障害物、高低差を利用した立体ステージ……。時には池を超えるコースも。」
「王都の民は、五つの工房が最新規格の円盤でいかに不可能な軌道を通してみせるか、固唾を呑んで待っております!」
リオンは遠い目をした。
王都の至る所から、木を叩く音や石を運ぶ音が聞こえてくる。
(どうして……どうして妹のフリスビーを直したいだけなのに、二十人が五チームに分かれて競い合い、街中に巨大なアスレチック会場が作られてるの……?)
リオンは、自分の「適当」が生み出した怪物が、王都全体を飲み込んでいく様子を、震えながら見守ることしかできなかったのである。




