第2話:王の無茶振りと、リーゼの涙
豪奢な装飾が施された謁見の間で、リオンは天を仰ぎたい衝動を必死に抑えていた。
目の前では、父であるヴィクトール国王が、身振り手振りを交えて熱弁を振るっている。
「いいか、リオン。ギルドという『古い壁』を取り払った今、職人たちは己の腕を証明する場を求めておる。民もまた、閉塞感を打破するような、腹の底から笑える娯楽を欲しておるのだ!」
「……はぁ」
リオンの返事は、限りなく溜息に近い。
国王はそんな息子の沈鬱な表情を、「大役を前にした真剣な顔」と好意的に解釈し、その逞しい腕をガシガシと叩いた。
「この国に新しい風を吹かせられるのは、お前の腕にかかっておる! 形式張った式典などいらぬ。職人が競い、民が熱狂するような、これまでにない『興行』を形にしてみせよ!」
「……父上。念のために確認しますが、僕が断るという選択肢は――」
「わっはっは! 期待しておるぞ!」
会話が成立していない。リオンは悟った。この国王は、一度テンションが上がると他人の言葉を「都合のいいBGM」程度にしか認識しないのだ。
***
(これまでにない興行……? そんなの、考えるだけでも面倒くさいじゃないか。考えただけで、脳みそがストライキを起こしそうだ)
トボトボと力ない足取りで廊下を歩くリオンの背中は、まるで処刑場へ向かう罪人のようだった。
「お帰りなさいませ、リオン様! して、陛下からはどのような熱い激励が?」
執務室に戻るなり、ハンスが目を輝かせて駆け寄ってくる。
「……ハンス。悪いけど、しばらく僕を一人にしてくれないかな。今、人生の意味について深く再考しているところなんだ」
「おお! 流石リオン様。祭典の企画を練るために、人生という命題からお考えとは!」
***
違う。現実逃避をしているだけだ。リオンは机に突っ伏し、そのまま意識を失おうと試みた。だが、そんな彼の安息を妨げる、さらなる「非常事態」が発生する。
「お兄様……っ。お兄様ぁ……っ!」
バタン、と勢いよく扉が開いた。飛び込んできたのは、最愛の妹、リーゼだった。その瞳には大粒の涙が溜まっており、今にもこぼれ落ちそうになっている。
「リーゼ!? どうしたんだい、誰かに何かされたのか!?」
一瞬で「ぐうたら王子」から「過保護な兄」へと切り替わったリオンが、椅子を蹴立てて立ち上がる。彼の脳内では、リーゼを泣かせた不届き者を全財産を使って社会的・事務的に抹殺するプランが爆速で構築され始めた。
「お兄様。ごめんなさい。これを……これを、見てくださいませ……っ」
リーゼが差し出したのは、彼女が一番のお気に入りだった、木製のフリスビーだった。よく見ると、中心から無惨に真っ二つに割れている。
「庭で遊んでいたら……お父様の石像に当たって、割れてしまいましたの。これ、お兄様と一緒に遊んだ、大事なものだったのに……っ」
リーゼの小さな肩が震える。リオンの胸を、鋭い痛みが貫いた。
(……国家の祭典? 職人の不満? そんなものは知らん。今はリーゼの涙を止めることが、この世で最も優先されるべきだ!)
リオンの瞳に、ある種の「決意」が宿る。
(とにかく、リーゼのためにこれを直せる人を探さなきゃ。ハンスに言って、腕のいい職人を何人か呼んで見積もりでも出させよう。お祭りのことは、その後で考えればいいや)
「大丈夫だよ、リーゼ。お兄様が、元通り……いや、世界で一番かっこよくて丈夫なフリスビーに直してあげる。だから、もう泣かないで」
「本当ですか……? お兄様」
「ああ。約束するよ」
リーゼを優しく抱きしめながら、リオンは背後で控えていたハンスに、冷徹な――あるいは、そうハンスには見えたであろう――声で告げた。
「ハンス。予定を変更する」
「はっ! いよいよ、リオン様が動かれるのですね!」
「ああ。今すぐ、腕に覚えのある職人たちを数人、ここに呼んでくれ。……リーゼのフリスビーを新規で発注したいんだ。それで見積もりを出させてくれないかな」
「承知いたしました! リオン様が直々に職人の選別を始められると、すぐに調整してまいります!」
リオンは、あくまで「数人」と言った。リーゼのフリスビーを直すのに、そんなに大勢はいらないからだ。




