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第1話:公爵の算盤(そろばん)と、祭典の罠

 アルカディア王宮の一角、重厚な装飾が施された財務局長室で、グレモリー公爵は忌々しげに算盤そろばんの玉を弾いていた。

 パチ、パチ、と硬い音が室内に響くたび、彼の眉間のしわは深まっていく 。


「……あの『ぐうたら王子』め、またしても余計なことを」


手元の資料には、先日王立鋳造所から報告された『鋳型規格の厳格化』と、職人ギルド長バルトロの更迭こうてつ、および不正蓄財の没収記録が並んでいる 。

 公爵にとって、それは単なる不正是正の記録ではない。彼がギルドという窓口を通じて長年行ってきた、金の横領という名の「隠し口座」を完全に封鎖された屈辱の記録だった 。


「閣下、バルトロが失脚したことで、職人ギルドは現在バラバラの状態です。各職人が勝手に声を上げ始め、収拾がつきません」


控えていた側近の言葉に、公爵は不敵な笑みを浮かべた 。

 強力な指導者であったバルトロを排除したことで、王宮と職人を繋ぐ「窓口」を消失させていたのだ 。


「なるほどな……。おい。以前から話していた金貨の金型(かながた)は手に入ったか?」


「いえ。警備が厳重で、破棄予定の金型にもなかなか近づくことができません」



「ふん、グズが……。であれば警備が薄くなれば良いのであろう。良い策を思いついたぞ」


グレモリーは笑みを崩さずに続ける。


「組織には『頭』が必要だ。調整役のギルドを失った職人どもの不満は、いずれ爆発する。……ならば、その爆発をあやつの頭上で起こしてやろうではないか。あやつが上手くやってもいかなくとも、こちらには利がこぼれ落ちてくるぞ」


公爵は算盤を置き、立ち上がった 。その瞳には、計算し尽くされた悪意が宿っている 。


***


 アルカディア王城、謁見の間。

 玉座に座るヴィクトール・アルカディア国王は、目の前で深々と頭を下げるグレモリー公爵の提案に目を細めていた 。


「……ほう。祭典フェスティバル、だと?」


「はい、陛下。ギルドを失った職人たちの間に動揺が広がっております。そこで、陛下の慈悲深さを国内外に示すためにも、民に娯楽を与え、職人には自尊心を満たす場を与えるのはいかがでしょうか」


公爵は、さも国をうれう忠臣のような顔で言葉を紡ぐ 。


「……ああ、それと、この大規模な催しの運営ですが、人員も資材も今までにないほどの規模を考えております」


グレモリーはこれまでにないほどの笑みで続ける

「そこで、前回類(たぐい)まれなる手腕を発揮されたリオン殿下にお任せするのが、最も確実かと存じます。殿下ならば、鮮やかにさばかれることでしょう」


国王は、満足げに頷いた 。


「ふむ……。リオンか。あやつは最近、実務において素晴らしい働きを見せたと聞く。よし、許可する! リオンに王命だ。王国始まって以来の、盛大な祭りを企画させるのだ!」


公爵は、心の内で冷笑した 。

 かつてならギルドの職員が請け負っていた資材調達や人員配置も、今はすべてリオンが「個別の職人」とやり取りしなければならない 。煩雑な発注書、バラバラな要望 。それらが一気にリオンの机に積み上がれば、いかに有能な事務員といえどもパンクするのは目に見えていた 。


***


 その頃。

 リオン・アルカディアは、自分専用の執務室で、幸せの絶頂にいた 。


「……ふぅ。最高だ。やっぱり仕事がない午後のティータイムこそが、人生の本体だよね」


リオンは窓際のソファに深く沈み込み、ハンスが淹れた最高級の紅茶をすすっていた 。

 「金塊騒動」をどうにか(適当に)乗り切り、ようやく訪れた平和 。今の彼の関心事は、晩御飯にリーゼと何を食べるか、それ一点に尽きていた 。


 だが、その平穏は、慌ただしく部屋に飛び込んできたハンスによって、無残にも打ち砕かれることになる 。


「リオン様! おめでとうございます! 陛下より、『王令』が下りました!」


ハンスの、いつもの「殿下なら喜ぶに決まっている」という、全幅の信頼を込めたキラキラとした瞳 。

 リオンは、持っていたティーカップをわずかに震わせた 。



「……ハンス。嫌な予感しかしないんだけど、その王令って、もしかして……」


「はい! 国王陛下より、王国最大の祭典の総責任者に任命されました!詳しくは国王陛下自らご説明いただけるとのことです。」


「ギルドという旧態依然とした組織が消え、職人たちは混乱し不満を抱えております。そこでリオン様が全職人を束ね、これぞまさに次世代のリーダーの姿であると示すことを期待されております!」


「……嘘だと言ってよハンス」


 カラン、と。

 リオンの手からスプーンが落ち、受け皿の上でむなしい音を立てた 。


 窓口のない千人の職人の管理? リオンの脳裏には、数千枚に及ぶであろう発注書と、押し寄せる頑固職人たちの怒号が、津波のように押し寄せてくるイメージが浮かび上がった 。


(僕を過労死させる気か!?)


「娯楽」という名の、あまりにも過酷な「労働」 。

 リオンの頬を、一筋の冷や汗が伝い落ちた 。

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