第16話:教授回:歴史の「誤訳」と、星の王冠
五百年後。アルカディア帝国大学、歴史学部の大講義室。
教壇に立つ老教授は、前回に引き続き、恍惚とした表情を浮かべていた。
スクリーンには、宮廷画家ルネによる無題の写実画が映し出されている。
「諸君、これを見たまえ」
教授は教鞭を振る。
「前回も触れたが、これこそがかつて『愚帝リオン』と呼ばれた男が生きた時代を知る、近年発見されたルネサンス絵画の一部だ」
スクリーンの中では、黄金の円盤を力いっぱい投げつけた直後のシルヴィアと、その背後の木陰でひっくり返ったリオンが描かれている。
リオンの頭には、何かが直撃した衝撃を示すような、幾つかの「星」が散っていた。
「注目すべきは、このリオンの頭上だ。
この星の並びをよく見てくれたまえ……」
教授は誇らしげに、その星をなぞった。
「そう、これはまさに『王冠』の形を成しているのだ!
私はついに看破した。シルヴィアの放った一撃が、リオンの頭上で帝王の証へと昇華する――」
教授はドヤ顔で胸を張り、学生たちを見渡す。
「これは彼女がリオンを帝王へと押し上げようと画策した、恐るべき『愚策』の始まりを暗喩しているのだよ!」
続けて、教授は画面の隅で微笑むリーゼや、直立するハンス、そして無邪気に遊ぶ子供たちの姿を指し示した。
「さらにこの背景を見たまえ!
聖母リーゼ様や鉄人ハンス、そして未来を担う子供たちが、和やかに過ごしている」
教授の声が、一段と熱を帯びる。
「これこそが最大の皮肉だ。
聖母リーゼ様が内政に力を入れている間、すぐ隣で進行しているシルヴィアの不穏な権力闘争に、誰も……あの聖母ですら気づいていなかったことを暗喩しているのだよ!」
彼は満足げに頷いた。
「平和という仮面の下で進む、音なき戴冠式……。
なんと寒気のする構図ではないか!」
講義室が静まり返る中、最前列のアリアがボソリと呟くように手を挙げた。
「あの……教授。
この時代、他に記録が一切ないので想像でしかないのですが……」
アリアは絵画をじっと見つめる。
「この絵、シルヴィア様がものすごく怒った顔をしてますよね?
もしかして、リオンがシルヴィアに何か余計なことを言い、キレた彼女が手元のフリスビーをぶつけただけ、という可能性はないでしょうか?」
アリアはさらに指摘を続ける。
「頭の星も、単にたんこぶができて目が回ってるだけというか。
ほら、リーゼ様も楽しそうに何かに興じていらっしゃいますし」
教授は一瞬の沈黙の後、憐れむような溜息を漏らした。
「アリア君。君は相変わらず、歴史というものを矮小化したがる」
彼は再び、絵画の中の「星の王冠」に酔いしれる。
「いいかね。一国の運命を左右した時代の中心人物たちが、そんな『ただの痴話喧嘩』を、よりにもよって唯一の歴史的資料として後世に残すはずがないだろう?」
教授は断言した。
「シルヴィアによる執拗なまでの帝王教育(物理)と、それに翻弄されるリオン。
そして何も知らずに笑う周囲の民衆……。歴史とは常に残酷で、深遠なものなのだよ」
彼はドヤ顔を崩さない。
「『興じる』などという下らない理由で、歴史の教科書が作られるわけがないだろう」
アリアは、シルヴィアの生々しい怒鳴り声が聞こえてきそうな表情を見つめ、納得のいかないまま座り直した。
教授の目には、シルヴィアに「へたっぴ」と言って怒られてしまい、目を回しているだけのリオンが、大陸の命運を一身に背負わされた「悲劇の戦略家」に見えていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
今回の絵画は、ティツイアーノ作「バッカスとアリアドネ」になります。
これも、ルネが図らずも生み出してしまった名画。。。を誤解する回です。
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