第15話:勇者回:勇者カイルと、壊れた防具
雪のちらつき始めた隣国ゼノビア。その国境付近にある宿場街で、勇者カイルは左腕の重苦しさに顔を顰めていた。
「……また、ここが外れかかっているな」
カイルの左腕を守る重厚な籠手。激しい戦いの末、装甲を繋ぎ止めていた特注のパーツが弾け飛び、プレートの一部がブラブラと浮いている。
本来、この世界の防具は名工が打った一点物だ。ネジ一本、プレート一枚ですらその防具専用の「現物合わせ」で作られているため、他の部品は一切合わない。直すには、打った職人をわざわざ探し出し、数週間の修理待ちをするのが、冒険者の常識だった。
(次の大きな街まで、この不完全な装備で戦えというのか。……いや、そもそも直せる職人が見つかる保証すらない)
カイルが絶望的な気分で広場を通りかかった、その時だった。
妙に陽気で、一度聞いたら耳にこびりついて離れない独特な歌が爆音で響き渡った。
『パパネット、パパネット〜、ここはパパネット・ゼノビア〜♪』
「……なんだ? 妙な歌だな」
***
広場の中央には、特設のド派手なステージが組まれていた。真っ赤な礼服を着た男が、少し高い声を出しながら、満面の笑みで絶叫している。
「さあさあ、冒険者の皆さん! 旅先で防具が壊れて、泣く泣く高価な装備を買い替えたり、職人を何日も待った経験、ありますよねぇ!?」
隣に立つアシスタントのお姉さんが、絶妙なタイミングで手を叩いて相槌を打つ。
「あります! この時期、修理が終わらくて魔物を倒しに行けない、なんて話をよく聞きます!」
「そんな皆様に、今回ご紹介するのはこちら! 最新の規格品の防具フルセットです!」
「あら店主さん、とっても綺麗! 輝きが違いますわね! でも、これもお高いんでしょう?」
「いいえ! お値段の前に、まずはこの『凄さ』を見てください!」
男はハンマーを取り出すと、あろうことか実演用の籠手を思い切り叩き壊した。
「ああーっ! 壊しちゃったわ! 店主さん、これじゃ使い物にならないじゃない!」
「安心してください! この防具はすべて、最近アルカディアとゼノビアで発明された共通の『規格』で作られています。もし旅先でパーツを壊しても、同じ規格の替えパーツを差し込むだけで――」
店主が別の箱から取り出したパーツをはめ込む。
――ガチリ。
寸分の狂いもない、完璧な音が広場に響いた。
「まあ、すごいわ! 魔法みたい! 職人さんの調整もいらないし、カチッとはめるだけなのね!」
「そうなんです! 我がパパネット系列の店なら、この大陸のどこでも、この共通規格の替えパーツが手に入ります! つまり、『一生直せる、どこでも直せる』!」
「でも今の防具があるのに、規格品を買うメリットってなんなのでしょうか?」
「 いい質問です。では、これを見てください! はい、フリップ・ドーン!!」
男が勢いよくめくったフリップには、これまでの装備と最新規格品の「維持費」が残酷なまでにグラフで比較されていた。
「こちらが1年間のランニングコストの比較です。どうですか?一点物の防具をお金をかけて何度も修理するより、規格品で壊れた箇所ごと取り替える方が、トータルの費用と収入のバランスが圧倒的にいいんですっ!」
「さらに! 今日はこれだけじゃありませんよぉ!」
男は身を乗り出し、さらに一段と声を高く、喉が枯れんばかりに叫ぶ。
「今お使いのその防具……どんな名工が打ったものでも構いません! 私たちがまるごと『下取り』させていただきます!」
「ええっ! あのボロボロの、直すのも大変な一点物も引き取ってくれるんですか!?」
「もちろんです! 下取りさせていただいたお客様には、この最新防具フルセット……今ならなんと、銀貨15枚引きでご提供いたしましょう!」
「銀貨15枚引き!? 本当かよ!」
「俺のこの重いだけのボロも下取りしてくれるのか!?」
広場は熱狂の渦に包まれた。カイルも気づけば、最前列で財布を握りしめていた。
「……おい。俺のこの、使い古した防具一式も、下取りしてくれるか?」
「もちろんです、お客様!!」
カイルは、長年連れ添ったが、一度壊れると数週間の空白を生む「不自由な一点物」をすべて脱ぎ捨て、下取りに出した。
代わりに受け取ったのは、銀貨15枚の割引が適用された、最新の「規格品」のフルセットだ。
新品の籠手をはめ、その精密な噛み合わせを確かめる。そこには「もし明日壊れても、次の街で数秒で直せる」という、戦士にとって何物にも代えがたい安心感があった。
「感謝します、世界の導き手よ……。俺が命懸けでこの世界を守ってみせる!」
そしてまたカイルの旅が加速していく




