第4話:はじまりの箱
コンテナという名の「巨大な木の箱」が導入されてから、数日が経過した。
かつての喧騒が嘘のように、王城の夜は静寂に包まれていた。深夜まで響いていた馬車の車輪の音も、人夫たちの荒々しい怒号も、今はもう聞こえない。王城の衣替えも、例年なら一ヶ月はかかる大仕事だが、今年はコンテナのおかげで驚くべき速さで終わってしまった。
秋の穏やかな午後の光が差し込むテラス。そこでは、リーゼとシルヴィアが向かい合って、静かにお茶を楽しんでいた。
「……ふふっ。お兄様のおかげで、最近はとってもよく眠れますの。リーゼ、朝もスッキリ起きられる『良い子』に戻れましたわ」
リーゼが満足げにスコーンを頬張る。その隣で、シルヴィアも優雅にカップを口に運び、小さく頷いた。
「ええ。あのリオンの思いつきにしては、珍しく役に立ったわね。事務方の残業も減って、助かっているのは事実よ」
「そういえばシルヴィア様、さっきのお話。……『オンセン』というものがあるんですの?」
「ええ。隣国のゼノビアにあるのだけれど。あそこは寒い国でしょう? だから地面から湧き出す熱いお湯に浸かる習慣が、向こうでは結構人気なのよ」
シルヴィアはうっとりとした表情で、湯気が立ち込める光景を思い描いている。
「そういえば、ここアルカディアでも、そういった場所があるって聞いたことがあるわ。一度、ゆっくり行ってみたいものね」
「わあ、素敵ですわ! お兄様も一緒に行けたら、きっと楽しいですわね!」
そこへ、僕もひょっこりと顔を出した。
「一週間くらい休暇を取って、のんびり浸かりに行きたいのは山々なんだけどさ。……まあ、今の仕事量じゃ無理だろうね」
僕がげんなりして肩を落とすと、シルヴィアがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「あら、無理ではないわよ、リオン。現地に『執務室』を作ってしまえばいいのよ。温泉宿の一角を借り切って、城と同じ機能を持つ執務室を設営するの。そうすれば、温泉に浸かって、美味しい食事を楽しみながら、隙間時間に仕事ができるでしょう?」
「そうね、遊べるところも欲しいわね。お土産屋さんや、屋台があったり、そうねマッサージをしてくれるところも併設させましょうか」
二人の夢は、もはや「執務室」を通り越して豪華なリゾート施設の建設計画のようになっていた。
「ハンス様、今のワクワクするお話……もしかしたらでいいのですが、作れてしまいますの?」
リーゼが、背後に控えていたハンスに問いかけた。ハンスは手元の管理表から目を離さず、苦渋に満ちた顔で眼鏡を押し上げた。
「…………いえ。申し訳ございません、リーゼ様。流石に今は無理です。今はコンテナの全土導入や各業者への規格説明で、手一杯ですので……」
「……あ、やっぱり。ハンスでも無理なことってあるんだね」
僕とリーゼが納得する一方で、シルヴィアだけはハンスの仕事の広げっぷりにゲンナリした顔をしていた。
◇
「ふふ、でも温泉地への夢は広がるわね。……そうだわ、リーゼ様。ゼノビアの温泉の特産品をいくつか取り寄せておいたの。そろそろ届くはずなのよね」
「わあ、楽しみですわ! お兄様のコンテナで届いていますの?」
「ええ、今朝コンテナが届いているって聞いたわ。一足先に、お城でお肌の手入れをしましょう?」
期待に胸を膨らませる二人に誘われ、僕も一緒に「中央倉庫」へと足を運ぶことにした。
到着した倉庫の中には、僕が整備したばかりの「規格箱」が整然と並んでいた。広い倉庫のスペースに対して、置かれているコンテナの数はまだそれほど多くはない。
「あら、ちょうどいいところに。私が注文していたゼノビアからの石鹸やクリーム、届いているかしら?」
シルヴィアが、在庫の確認作業をしていた倉庫の係員に声をかけた。
「あ、シルヴィア様。リオン様もご一緒でしたか! はい、ゼノビアからの直送便でしたら、あちらのエリアに届いておりますよ。今のところ、あの数箱だけですから、すぐにわかります」
僕たち三人は、係員と共にそのコンテナへと歩み寄った。
係員が「ここかな、それともこっちかな?」と言いながら、2、3個のコンテナの扉を開け、中をガサゴソと探り始める。
「ええっと、石鹸とクリームですね……。あ、ありました! これですよ」
ほんの少しの時間の後、係員が取り出したのは、丁寧に梱包された小さな木箱だった。
「まあ、本当。もう届いたのね! 以前なら馬車から下ろして仕分けるだけで何日もかかっていたのに……。本当にこの箱は魔法みたいだわ」
シルヴィアが嬉しそうに木箱を受け取り、リーゼと顔を見合わせて微笑む。
「お兄様、すごいですわ! こんなにすぐに見つかるなんて、とっても便利ですわね!」
リーゼのキラキラした瞳に、僕も鼻が高くなる。
「だろう? これが『規格化』の力だよ。これなら、どんなに荷物が増えてもうまくいくはずさ」
僕は満足げに頷いた。
これだけの仕組みを整えたんだ。これからはすべてが僕の計算通り、完璧にうまくいく。そんな確かな手応えと、明るい未来への予感が、僕の胸を心地よく満たしていた。
この先に待ち受けている、このコンテナのせいで起こる「地獄」のことなど、この時の僕はまだ、これっぽっちも予想していなかったのである。




