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第5話:四角い迷宮と、消えた期待

始まりは、ほんの些細な「遅れ」だった。


コンテナを導入して数週間。

 すべてが順調に進んでいるように見えたある日、僕はふと思い出した。


「……そういえば、先週頼んだフリスビー、まだ届かないな」


去年作ったフリスビーの中に、遊びすぎて割れてしまったものがいくつかあった。

 リーゼと遊ぶために、予備を含めて新しく10枚ほど注文しておいたのだ。


以前なら数日で届くはずの距離だ。

 コンテナを導入してからはさらに速くなったはずなのに、一週間経っても音沙汰がない。

 ……まあ、たまにはそんなこともあるか。職人が手間取っているのかもしれない。



だが、翌日のことだ。

 執務室にやってきたシルヴィアが、不思議そうに首を傾げながら切り出した。


「ねぇリオン。私が例の石鹸を頼んでからもうだいぶ経つわよね? まだ来ないのよ。一体どうなっているのかしらね」


「あら、シルヴィア様の石鹸、まだ届きませんの? リーゼ、とっても楽しみにしておりましたのに……。あの泡でツルツルになるのを、ずっと心待ちにしているんですのよ」


隣でリーゼも残念そうに肩を落とす。

 二人は楽しげに美容の話に花を咲かせ始めたが、僕は密かに首を捻った。


(フリスビーも石鹸も届かない……? おかしいな。ハンスの報告では、物流の速度は劇的に上がっているはずなのに)


僕は自分の目で確かめるべく、二人を誘って城下町へと繰り出すことにした。


「……ねぇ、二人とも。気分転換に街までケーキを食べに行かないかい? 僕の奢りでさ。ついでに、荷物の様子もちょっと見ておきたいんだ」


「ケーキ! リオン、たまには気が利くじゃない。行きましょう、リーゼ様!」


「はい、お兄様! 嬉しいですわ!」



馬車に揺られ、城下町へとたどり着いた。

 大通りに入ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。


「わあ……! 見てよ二人とも。コンテナが山のように積まれているじゃないか!」


倉庫街や広場には、僕が設計したあの「四角い木の箱」が、整然と、かつ大量に積み上げられていた。

 それを見た僕は、思わず鼻を高くした。


「ハンスの言った通りだ。ほら、荷物はいっぱい届いているじゃないか。やっぱり僕のコンテナは大成功だよ! 運ぶ量が多すぎて、少し仕分けが追いついていないだけなんだね」


積み上げられたコンテナの山を「活気」の証拠だと信じて疑わない僕は、意気揚々とお目当てのケーキ店へと二人を案内した。



店に入ると、幸いなことにケーキはまだ残っていた。


「美味しいわねぇ、シルヴィア様!」

「ええ、本当に。このクリームの甘さが疲れを癒してくれるわ」


ウキウキとフォークを動かす二人の横で、僕はやってきた店主に声をかけた。


「店主さん、今日も美味しいね。コンテナを導入してから、材料の仕入れも楽になったんじゃないかい?」


僕が自慢げに尋ねると、いつもは愛想の良い店主が、途端に複雑な表情を浮かべて溜息をついた。


「……ああ、リオン様。それがですね、確かに箱はすぐに届くようになったんですが……最近は、その中から『自分の荷物』を見つけるのが、もう死ぬほど大変でしてね」


「……え? 見つけるのが大変?」


「ええ。外側からは中身がさっぱり分かりませんからね。今朝も卵一箱を探すために、届いたコンテナを五つも開けてひっくり返す羽目になったんです。おかげで腰は痛いし、仕込みは遅れるしで……」


店主の言葉に、僕はハッとして店の窓から外を眺めた。

 先ほどまで「活気の象徴」に見えていたコンテナの山。

 改めてよく見てみると、そこでは阿鼻叫喚の光景が繰り広げられていた。


「おい! 俺の頼んだ卵の箱はどれだ!」

「分かってますよ! 今、この十個ある箱を順番に開けてるんですから!」


荷下ろし場では、人夫や商人たちが殺気立った表情でコンテナに群がっていた。

 扉を開け、中身を確認し、違えばまた荷物を詰め込み直して扉を閉める。

 そして隣の、全く同じ見た目をしたコンテナに取りかかる。

 その不毛な作業を、街の至る所で人々が繰り返しているのだ。


「……あ、見て。あそこの馬車……」


シルヴィアが指差した先。

 これから荷物を積んで出発するはずの馬車が、広場の隅で空のまま何台も立ち往生していた。

 

 コンテナを積むスペースはある。馬車も準備できている。

 けれど、積み込むべき「荷物が入ったコンテナ」が、山のような箱の中に埋もれて見つからないため、一歩も動けないでいるのだ。


「……物流のスピードを上げたせいで、今度は中身を探す時間が無限にかかるようになっちゃったのか」


僕は額を押さえて天を仰いだ。

 

 物理的な箱を統一した。

 けれど、その箱の中に何があるかが、全く統一されていなかった。


僕が作り出したのは「効率的な物流」ではなく、中身のわからない「ただの四角い箱」だったのだ。

 

 目の前で美味しそうにケーキを食べる二人を前に、僕は冷や汗が止まらなくなった。

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