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第15話:功労者と、聖女の兄の説教

 リーゼを無事に救出し、安心感と、不眠不休で脳内残業をこなした疲労が、どっと押し寄せてくる 。

 城に戻り、リーゼが夕食もそこそこに、安心しきったのか「お兄様、おやすみなさいですわ……」とベッドに沈んだのを確認した瞬間、僕の意識もブラックアウトした 。



 その後、グレモリー公爵の対応は神がかって速かった 。


 数日の間に彼は私兵を総動員し、地下にあった偽造金貨や、未完成の金貨、書類に至るまで、証拠品を根こそぎ押収した 。

 捕らえられた「賊」たちも、グレモリー配下による迅速な尋問を受け、わずか数日のうちに「すべては我ら単独の犯行である」という調書が作成され、刑場へと消えていった 。


 それからまた僕が事務に勤しみ、数日が過ぎた 。


「リオン! 偽造金貨が一掃されそうよ!」


部屋に飛び込んできたシルヴィアが、書類を広げながら数字をなぞって、眩しい笑顔で僕を称える 。


「ほら、カニ券の使用率が90%を超えてるの」


ハンスもまた、ここ数日の徹夜明けの疲労が抜けたのだろう 。敬意を込めて頭を下げた 。


「殿下。今回の偽造金貨のアジト強襲……あれほど僅かな異常値から敵を追い詰める采配、並の人物では到底不可能でした。正直、このハンス、殿下の才能に改めて驚愕しております」


「お兄様。リーゼ、お兄様がいらっしゃった時は、とっても嬉しかったのです。本当に、ありがとうございました」


健気なリーゼに手を握られ、ハンスには心酔され、シルヴィアには英雄扱いされる 。

 正直、期待しかなかった 。


 偽造金貨をカニ券で封じ込め、なおかつリーゼを救出したのだ 。父上からのお褒めの言葉と、一ヶ月の有給休暇 。なんなら特別ボーナスがセットで飛んでくるレベルだ 。


「……よし、いこう。栄光の瞬間を噛み締めにね」 僕は誇らしげに胸を張り、謁見の間へと向かった 。



 謁見の間。

 玉座に座る父上――国王陛下は、腕を組んで僕を待ち構えていた 。その傍らには、功労者としてピシッと背筋を伸ばして立つグレモリー公爵 。


「父上! ただいま戻りました!」


僕は満面の笑みで報告した。さあ、褒めてくれ 。

 だが、僕が口を開いた瞬間、父上の口から放たれたのは祝辞ではなかった 。


「貴様ぁぁ! リーゼを危険に晒すとは、一体何事かぁぁ!! 兄として、王族として、一番守るべきものを疎かにしたその不始末……どういうことか説明してもらうぞ!!」


地響きのような怒声。あまりの風圧に、僕の髪が後ろになびいた 。

 ……その怒声は、止まることなく最初の一つの鐘が鳴り響くまで、延々と、そして激しく降り注いだ 。


「えっ……? いや、でも父上、僕も分析とか頑張ったと思うのですが……」


父親の話が長く、何かの気の迷いだろうか。つい反論してしまった 。

 ふと横を見ると、グレモリー公爵が「(殿下、今はそれは悪手です……!)」という、これまでにないほど切実な顔で僕を凝視していた 。


 だが、時すでに遅し。火に油どころか、爆薬を投げ込んでしまった 。


「なんだと!? 頑張っただと!? お前が『卸先の分析が……』などと悦に浸っている間に、リーゼにもしものことがあったらどうするつもりだったのだぁぁ!!」


そこから、地獄の延長戦が始まった 。


 それから二つ目の鐘が鳴り―― 。


 父上の説教は、なぜか僕の「幼少期の片付けの甘さ」にまで飛び火していた 。

 僕は平伏したまま、石畳の模様を数える作業に入っていた 。


 ふと横を見ると、隣のグレモリー公爵が小刻みに震えていた 。完璧な姿勢を保とうとしているが、腰が限界なのだろう 。瞳には「……陛下、いつまで立ってればいいんですか? 腰が、腰が死ぬ……」という絶望が滲んでいた 。


 それからまた、三つ目の鐘が鳴り―― 。


 説教が中盤(?)に差し掛かった頃、グレモリー公爵が限界を超えた 。

 彼は、全く必要もないタイミングで、震える声で割り込んだ 。


「……陛下、お言葉ですが……この件、私にも一端の責任があり……申し訳ございませんでした!」


そう叫ぶや否や、グレモリーは崩れ落ちるように膝をつき、そのまま深々と頭を下げた 。

 一見すれば殊勝な謝罪だが、僕には分かった 。

 あいつ、謝罪のふりをして、ようやく膝をついて腰を休める権利を手に入れたのだ 。頭を下げたまま、公爵の肩が「ふぅ……」と小さく上下したのを、僕は見逃さなかった 。


「いや、これは父上のおっしゃる通り、私の力不足。グレモリーは膝をつく必要はないのです」


言ってやったぞ 。

 グレモリーの顔を見ると、何かに絶望をしたような顔をしているが、顔を上げようとはしなかった 。当然だ、僕が「立たなくていい」と余計な配慮をしたせいで、彼は逆に顔を上げる(腰を伸ばす)タイミングを失ったのだから 。


 ようやく、父上の怒りが「肉体的な限界」によって収まったのは、日が完全に傾いた頃だった 。


「……ふぅ。だが、リオンよ」 父上は肩で息をしながら、ようやくトーンを落とした 。

「カニ券と、偽造金貨の撲滅については……実に見事であった。市場の混乱を瞬時に収めたその手腕だけは、褒めてやろう」


「……ありが、とうございます……」 僕は抜け殻のような声で応えた 。


 父上は最後に、膝をついたままのグレモリー公爵に向き直った 。


「……グレモリー公爵。お前も立派であった。リーゼを救ってくれたこと、心から感謝する。長々と付き合わせてすまなかったな。下がってよいぞ」


「……はっ……もったいなき……お言葉です……」


グレモリーは、生まれたての小鹿のようにプルプルと足を震わせながら、私兵に支えられるようにして立ち上がった 。

 その顔には「英雄のドヤ顔」など一ミリもなく、「やっと帰れる……早くソファに座りたい……」という切実な願いだけが刻まれていた 。


 謁見の間を出た時、僕の膝は完全に終わっていた 。


「……ねえ、ハンス。特別ボーナスの話、どこいったの……?」


「……殿下。とりあえず、湿布を貼りましょう。……物理的な方と、精神的な方の両方に」


ハンスの憐れみの視線が、心に深く突き刺さった 。

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