婚約して間もないころから酷いことばかり言ってきていた彼が婚約破棄を宣言してきました。特別驚きはしませんが……。
すみれ色のドレスが好きだった。
だから子どもの頃からいつもその色の服を着ていた。
日常で着ているものもすみれ色多め。特別な日のために仕立ててもらうドレスもどこかにすみれ色が使われていることを条件として。アクセサリーだとか、日頃使うアイテムだとか、そういったものも絶対ではないけれどすみれ色のものを多めに所持していた。また、店なんかですみれ色の商品を発見した際には、積極的に購入するようにしていた。
そんなこともあってか、私はいつしか『すみれ令嬢』と呼ばれるようになっていたのだが――まぁそれはおいておくとして。
婚約者エリフレッドはそんな私の好みを嫌っていた。
彼は婚約して間もない頃から「お前のセンスは壊滅的だ」「お前は女として終わっている、ババアか」などとたびたび失礼なことを言ってきていた。
――そして十九の春、ついに。
「お前との婚約だが、破棄とすることにした」
エリフレッドは冷ややかに宣言する。
「え……」
思わず漏れる声。
それがエリフレッドを苛立たせてしまったようで。
「ババ臭い女と思っていたが、まさか、耳まで遠いのか? そこまでババアなのか? いや、お前、もしかして本当に……婆さんなのか?」
凄まじい鬼のような形相で、驚くべきスピードで、そんな問いばかりが並んだ文章を紡がれてしまう。
「いえ違いますけど……」
「なら聞こえたはずだろう!」
エリフレッドは攻撃的になっている。
「いえ、ですから、あまりにも急だなと」
「やっぱり! 聞こえてるんじゃねぇか! ふざけんな!」
違う、そうじゃない。そう言いたいけれど。でもきっと無駄なのだろう。感情の波、そのうねりに、彼は既に巻き込まれてしまっている。そのような状態ではきっともう私の声なんて届かないのだろう。ここでこちらが説明したとしても、多分、彼はまたさらに怒るだけ。きっと、まともに聞くことさえしてくれないだろう。
「分かりました。婚約破棄、受け入れます」
「さすがに諦めたか」
「エリフレッドさん、今までありがとうございました。では、これにて。……さようなら」
こうして私は彼の前から去った。
すみれ色のワンピースの裾を風に揺らしながら。
◆
あの後、婚約破棄に関する一連の話を聞いて激怒した伯父によって、エリフレッドは毒殺された。
というのも、元々政治家であった伯父にはそういう仕事を請け負ってくれる知り合いが多くいるのだ――伯父は多分そういった知り合いに頼んでエリフレッドを毒殺させたのだと思う。
あれほどまでに威張り散らしていたエリフレッドだが、その最期は呆気ないものであった。
毒を飲まされ、ころりと死亡。
……なんてあっさりした最期だろう。
私を傷つけなければ、私を身勝手に捨てなければ、今だって彼は当たり前のように健康に生きていただろうに。
……残念な結末だ、まぁ、自業自得だけれど。
◆
「このワンピース、どうだろうか?」
「すみれ色!」
「うん、そうなんだ。前君がすみれ色が好きだって言っていたから、もしかしたら好みかもしれないなと思って。それで買ってきてみたんだよ」
あれから数年、私は今とても幸せに暮らしている。
結婚した人、夫となった人は、親の代で商売で大成功を収めて大金持ちになった家の出の男性である。年齢は私より六つほど上。少々年齢差はあるのだけれど、彼はとても心が広い人なので日々楽しく過ごすことができている。友人たちに心配されていたほど年齢差が苦になることはなかった。
「ありがとう!」
「きっと似合うよ。着てみて着てみて」
「ええ、着てみるわ!」
「楽しみだな。君は本当によく似合うからね、すみれ色が」
夫はエリフレッドとは違い私の好みを受け入れてくれている。
だからこそすべてを隠さず見せることができる。
好きを明かしても悪く言われることはない――そう分かっているからこそ、夫には飾らないありのままの自分で向き合うことができているのだ。
「着てみた」
「おっ、いいねー!」
「どうかしら……変じゃない?」
「最高だよ」
「本当!?」
「うん」
「やった! 嬉しい。似合っている?」
「もちろん!」
理解ある夫となら、きっとどんな荒れた道だって越えてゆけるだろう。
「今度のお出掛けの時、着てもいい?」
「うん、もちろん。よく似合ってるから。皆褒めてくれるんじゃないかな」
◆終わり◆




