TVIR&GNXR 3
前
「折鶴さん、会計待ち? それとも、誰かの付き添いで?」
お互いほどほどに挨拶してから、努めて軽快に質問してみる。
生徒会室で鉢合わせて以降も、折鶴さんとまともに話す機会はほとんどなかった。特に話そうとしていたわけでもなかったが、避けられているのかと思うほど会話にならなかった。
折鶴さんとは、そういった間柄だ。クラスメートとはいえ、ほぼ初見の相手として、遠慮して話した方がいいだろう。
「え、えっと……」
折鶴さんは視線を泳がせ、あからさまに話しづらそうにしながら、
「その、付き添いで……」
病院のわずかなざわつきの中でさえ、かろうじて聞き取れるほどの小さな声で、そう返答した。
「ああ、ご家族か誰かの? 俺もアイツ――悠助の退院の付き添いで来たんだ。ちょっと用事があって、俺だけ残ったんだけど」
ああ、と折鶴さんは頷いた。悠助が入院していたことは当然知っているので、それだけで話は通じたのだろう。
「その、おめでとうございます」
「うん? ああ、伝えておく」
意味の通じづらい会話だが、基本的に善意で返してくれる人物だと考えれば、意思疎通は可能だ。転校してきてまだ日は浅いが、人となりはそれなりに掴めているつもりだ。
「あ、あの」
折鶴さんは言いづらそうにこちらを見て、
「家族、と。そう言っていいのか、分からないんですが」
「ああ、付き添い相手が?」
「はい……」
なぜだか恥ずかしそうに瞼を伏せ、折鶴さんは頷いた。それから少し待っても詳細説明が始まらないので、それ以上聞いてもいいものか迷った。
「そういえば」
迷っても、気まずい沈黙が流れるだけだ。気になっていたことを聞く、いい機会だと考えることにした。
「光永会長が病院に来てるみたいなんだけど、会った?」
「あ、はい。先ほどまで、ここに」
「やっぱり知り合い? わざわざ昼休みに生徒会室に行ってたから、顔見知りなのかなと思ってたんだけど」
折鶴さんは驚いたように目を見開き、あからさまに赤面した。
想像以上の反応に、こちらが驚いてしまう。折鶴さんは、あえてオーバーにリアクションしているというわけでもなく、飾り気のない驚きの感情だったと思う。光永会長とは、単なる知り合いかと予想したが、どうやら外れだったらしい。
「もしかして、付き添いって」
ひょっとしたらと思い、その先の言葉を躊躇っていると、折鶴さんはうつむいたまま、控えめに頷いた。
その表情は、とても印象的だった。
物憂げに揺れる前髪。角度のせいもあり、睫毛も長く見える。潤んだ瞳は泣いているようで、幼さの残る唇はかすかに震える。霧雨にうたれる白い花、一夜だけ咲く儚い薄黄木犀。学校でのイメージと根底は変わらないが、いつも浮かべているはにかんだ笑みが、今は途絶えていた。
それはたぶん、光永会長の話になったから。
そこで会話は止まった。なんとなく気まずくなって周囲を見渡し、壁面に埋め込まれた大型テレビに目をやった。
画面に映されているのは、時事ネタを取り扱うワイドショーのようだった。普段見ない番組のため、出演者は見慣れない顔ばかりだ。それでも話題の有名人が揃っているのだろうが、芸能界に疎い俺にはさっぱり分からない。
そんなだから、目を引く何かがあったというわけでもない。ほとんど期待せず、何か折鶴さんとの会話に使える話題はないものかと眺めていると、
『現代社会に怪盗現る!』
そんな見出しが表示され、思わず目を疑った。
「怪盗……?」
思わず呟いた言葉は、半笑いのようになってしまった。
そんな言葉を、フィクションではなく、現実のニュースで見るとは思わなかった。仮にそんな者が現れても、不審者とか呼ばれる程度でしかないだろう。
あるいは、そういう映画かイベントかの番宣かと思ったが。どうやらそうでもなく、実際に事件が起こったのだという風に、番組は進行していた。
「最近、出るらしいんです」
俺の呟きが聞こえたか、折鶴さんがおずおずと切り出した。まるでお化けの話でもしているようだなと、季節外れにも思った。
「宝石とか、文化財とか。貴重なものを盗むんですが、その前に必ず、予告状まで出すらしいんです」
「出来すぎじゃないか。それで、怪盗を自称していると?」
はい、と。折鶴さんはためらいがちに頷いた。
やっていることは愉快犯らしいが、それだけでは留まらない。解説によれば、すでに七件の盗難事件を起こしており、わざわざ予告までしているにもかかわらず、一度も捕まってはいない。そのため正体も素顔も分からず、警察は手を焼いているらしい。
一方で、ネット上では変な盛り上がりを見せているようだ。義賊というわけではないが、一般人に危害を加えるタイプではないようで、その常識はずれな存在感に、あろうことかファンまで現れているらしい。
「気持ちは分かるけど……盗みはなぁ」
こだわりの強い犯人であることは見て取れる。であればこそ、真っ当な手段でそれを表現してほしかった。
一部の層から理解を得られてるというのなら、何らかの大義があるのだろう。それは社会の欺瞞や、平等を謳う不平等な世界へ、抗いの意志を示す行動なのかもしれない。
それでも、明確な犯罪行為だ。盗みの美学とか、ポリシーとかがあっての予告状なのだろうし、予告されたうえで未然に防げない警察にも、落ち度はあるのだろうが。
応援はできない。勝負事とは別に、誰かを傷付けるような行いを、一般論として認めることができない。
「少し、怖いです」
折鶴さんは抱えた上着をきゅっと抱きしめると、視線を落としてそう言った。一瞬、泣いているようにも見えてしまった。
「このあたりで起きた事件、らしくて」
「本当に? 都会の方じゃなく? いよいよ分からないな」
冬樫市は小さくはないが大きくもない。少し騒いだところで、ローカルニュースに取り上げられるくらいが関の山だ。それゆえに宣伝効果は薄い。そんなに目立ちたいのなら、もっと大都市で実行すべきだった。いや、そもそもの正解は、そんな犯罪行為、しないのが一番ではあるが。
犯人には、郷土愛でもあるのだろうか。こんな辺鄙な地方なんかに、そこまでして盗みたい物があるとは思えない。
ただ。
そう、ただ。ふとよぎる可能性として。
今この土地では、同じくフィクションじみたゲームが繰り広げられているから。それこそ、正体を隠して行動するという点において、うってつけのチームのいる。
「大丈夫、だとは思うけど。例の傷害事件もあるし、一人歩きは避けた方がいい。折鶴さん、この後は? まさか、一人で帰る予定ではないよな?」
「え? あ、いえ。私は……」
そうして、困惑した顔を上げた折鶴さんの表情が、ふわりと和らぎ、そして硬くなった。視線の先で、立て続けに何かを見たのだろうか。先刻口元に浮かんだ微笑みは、今や真一文字に結ばれている。
視線の先には、予想通り。こちらに向けて手を振る光永先輩がいて。
その隣に、もう一人――風紀委員長、藤枝 舞子先輩の姿があった。
後
「そうか、和知君の。入れ違いになったんですね、それは間が悪かった」
不思議な光沢の瞳を輝かせながら、光永会長は苦笑するように言った。
場所はバス停へと移り、俺たち四人はバス停のベンチ脇に立っていた。ベンチは背の曲がったおばあさんが座っていたし、誰が言わずとも全員立って待つことになった。
「会長は、怪我の具合は?」
「ああ、もう大丈夫。元々大した怪我じゃなかったから」
怪我――つまり、海老原先輩との戦いの傷跡。あの木人形の群を相手取った防衛戦で、会長はかなり無理をしたようだ。
同じ役割を負った一星が無傷でいたから、つい勘違いしてしまいそうになるが。おそらくは、会長のあの姿の方が普通なのだ。あのような人外と、いつ終わるかも知れない戦いに身を投じて、生還することだって当たり前じゃない。
ふと、折鶴さんを盗み見る。うつむき気味のその瞳は、うっすらと潤んでいた。
「大した怪我じゃない?」
刺すような調子で口を挟んできたのは、藤枝先輩だった。
「車に轢き逃げなんてされて、その程度で済んだのは奇跡なのよ。それを、そんな風に言っていたら、いつ死んだっておかしくないわ」
「いや藤枝さん、轢き逃げというか、単に接触事故で……」
ぴたりと、光永会長が言葉を止める。蛇に睨まれた蛙、なんていう言葉を思い出した。
「まあ、その。ご心配をおかけしました」
小さくなって謝る光永会長に、俺は同情するよりほかに、何もできなかった。
海老原先輩の起こした事件については、かなり歪んだ形で周囲に伝わっていた。
女子剣道部員と教員が昏倒し、病院に搬送された。地盤の亀裂から漏れ出したガスによって意識不明に陥った、とかなんとか。特に健康被害にも至らず、全員当日帰宅できたし。その亀裂ももう塞がっているから大丈夫、だなんて。よく考えれば違和感しかない背景が、どうも事実として認定されたらしい。
悠助の件は、例の傷害事件のひとつとして数えられた。まあこれは実際事実ではあるので、あながち間違いでもないだろう。
そんな感じで調整された事件の中で、実に都合の悪かった光永会長の怪我は、まったくの別案件として切り出された。それがつまり車の接触事故だ。そういったシナリオが、ツナシさんの異能によって生み出され、そして現実になったのだと。鬼贄さんは言っていた。
そうやって、今までどれだけの事件が、もみ消されたのだろう。その中で、鬼贄さんは、ツナシさんは――兄さんは、戦っていたのだろう。俺には、思いを馳せるしか残されてなかった。
「野宮君も気をつけなさいね。事故にせよ事件にせよ、注意していれば防げることは多いんだから」
「はい。ありがとうございます」
と、素直に返しておく。どうやらあの日、俺たちは学校にはいなかった扱いになっているらしい。鬼贄さん曰く、少しの違和感で誤認は解ける可能性がある。うまく口裏を合わせていく必要があるだろう。
「そうだ、それで」
先ほどの、会長たちと合流する直前の会話を思い出しながら、切り出す。
「会長、折鶴さんの家って知ってますか?」
「うん? 美優の家?」
「はい。一人で帰らせるのもまずいんで、俺が送って行こうかと……」
流れに乗って、そこまで話したところで。会長の口から、思わぬ言葉が飛び出していたことに気が付いた。
「ありがとう。でも、心配は要らないですよ」
朗らかに笑って、会長は続ける。
「彼女の家は、僕と同じですから」
「……?」
話が見えず、つい押し黙ってしまった。
当の二人の顔を交互に見る。光永会長は口元だけいたずらっぽく笑い、折鶴さんは若干挙動不審な動作で、さらりと視線を逸らした。
「従兄妹同士、なのだそうよ」
と、藤枝先輩が教えてくれた。なぜそんなにしかめっ面なのかは、分からなかったけれど。
ただ、それでようやく、この二人の関係に得心がいった。身内、親類縁者ということであれば、他人同士とは違った距離感を感じるというのはあり得る話だ。
「事情を話すと長くなるんですが。彼女のご両親のご都合で、しばらく僕の家にいてもらうことになったんです」
「はあ。転勤族とか?」
「そんなところです。ただ、高校生にもなれば、あまり転々としていると受験にも障るので」
当然の配慮だと会長は語る。俺にはそういう親戚はいないから、そういうものかな、くらいにしか思わないが。というより、先ほどの折鶴さんの反応からすると、若干の違和感もあるのだが。
「転校という形になって、彼女一人では心細いかと思ったけど。野宮君と同じクラスだというなら心強い。気にかけてもらえると嬉しいんですが、どうですかね」
あまり詮索することでもないかと思い、「もちろん」と迷いなく返した。
「そういうわけで、僕らはこれから帰宅します。藤枝さんもそう。野宮君も帰るのかな?」
「いえ、駅前に。悠助たちを待たせてるんで」
「おや。和知君は退院したばかりだろう? 気持ちは分かるけど、あまり無理をしない方がいいと伝えてくれるかな」
「はい。会長も無理のないよう。力仕事とかであれば、呼んでもらえたら駆けつけるんで」
他愛ない話をしながら、やってきたバスに乗り、俺たちは分かれることになった。その間終始、折鶴さんは目を伏せがちで、藤枝さんはどこか不機嫌そうだった。




