TVIR&GNXR 2
前
「なるほど。だいたい理解した」
そういうことね、などと。真新しい黒のブルゾンに袖を通しながら、悠助が頷いた。
おいおいフリはよせよ、などと軽口を叩きたくなる。一星の正体、界装具という力、VAXなる組織との殺し合いゲーム。ざっと説明しただけで、すべて理解できる方がどうかしている。
とはいえ、俺の常識など通じない。なにせ相手は悠助なのだ。胴体に風穴の開くような大怪我を負ってなお、平然と生き延びた男。そればかりか、たった一週間で完治し、これから退院しようという、一星とはまた違った意味での化け物だ。
強靱な肉体と体力を持ち合わせた一星と考えれば、さもありなんといったところだが。寝間着から私服に着替えた今まさに、その細いシルエットからは想像もつかない筋肉質を見せつけられ、閉口したところだ。俺もかなり鍛えている方だが、単純な力比べでも勝てるかどうかだ。見た目だけなら、俺の方が強そうだと言われるんだが。今後はそのたび、ほくそ笑む悠助の顔がちらつくことになるんだろう。
「さて、存外居心地のよかったこの病室ともさよならだ。一星さんを待たせておくのも気が引けるし、さっさと行こうか、一格」
「お前みたいな溌剌とした患者が出て行ってくれて、病院も助かってるよ」
「いざさらば、第二の我が家! 我が故郷!」
「馬鹿やってんな恥ずかしい!」
諸手をあげて別れを惜しむ悠助を引きずって、病室を出る。すると廊下には、丸椅子に脚を揃えて腰掛けた一星がいた。
ワンピース型の黒いブレザー、黒いタイツと、最初に出会ったときと同じ真っ黒の出で立ちだった。白縁のベルトが浮かび上がるように映える。
目を閉じて、精神統一でもしていたのだろうか。背筋もピンと張り、見る側がぎょっとするほどの姿勢の良さだ。
「終わったか」
ぱちりと、少女らしい大きな瞳が開いて、こちらを見る。それだけで思わず身構えてしまうのは、その眼力が強すぎるせいだ。
「色々とお待たせ、一星さん。さっきは言いそびれたけど、僕の退院にわざわざ付き合ってくれてありがとう」
「礼を言うのはこちらの方だ。海老原の件だけでも充分なほどだったが。――悠助から聞いた、手を貸してくれると」
感謝する、と。深々と一礼する一星を前に、俺と悠助は苦笑して、互いに視線を送りあった。
「状況を考えれば、手助けくらいはね。まったく何事だよ一格。君がいながら、例のツナシさんと一星さんを仲違いさせたって。応援団のネゴシエーションはその程度だったのかって話だ」
「折り合いをつけることも大事だ。あっちの事情はよく分からないけど、何か含みがあったのは事実だ。賭けてる物が物だけに、本心を隠したまま協力はできないだろ」
「だからこそさ。僕は言ってるんだよ、一格。もう少し、一星さんの気持ちも考えた方がいいってね」
あれ以降、一星と鬼贄さんたちとの交流は絶たれたままだ。
実際には、一星の許可を得た上で、ツナシさんや鬼贄さんとは俺が連絡を取っている。必要な連携ができているとは言えないが、まったくの孤立無援というわけではない。
悠助は、その辺の事情も知り得た上で、一星の肩を持つと決めたらしい。この男らしい立ち回りと言える。それはある意味、俺が一星と鬼贄さんたちの間を取り持ったように。俺と一星の間を、取り持つような形になるからだ。
とは言え、悠助の言いたいことくらい、俺だって分かってるつもりだ。
たった一人で、知らない町にやってきて。兄の跡目として来たのに、仲間とは打ち解けられなかった。一星の態度もよくはなかったが、それも無理からぬ話だ。家族を亡くしたことも、到着早々に襲われたことも、目の前で俺が死にかけたことも。すべて、彼女にとっては恐ろしい出来事だったはず。冷静になれという方が難しい。
彼女には支えが必要だ。悠助がいて、しかも戦ってくれるというのなら――俺が、応援しかできない、役に立てない人間であったとしても――
「とにかくだ。一格、悠助」
俺たちの態度に気をよくしたか、わずかに一星の雰囲気が和らいだ、ような気がした。
「少々出遅れたが、これより始動する。二人とも、私に力を貸してくれ」
一星の言葉に、俺たちはよどみなく頷いた。力強く。任せておけと。覚悟を持って唇を結んだ。
そうだ、請われる以上は、応えなくては。応援しかできないというのなら、せめて、その応援を精一杯頑張る。それが、それこそが、俺という人間であるはずだから。
「あ、悠助は追試あるからな」
言ってから、悠助から肘鉄を喰らい、一星に足を踏まれた。
いや、それは言っておかなきゃだめだろ。
中
エレベーターから降り、徒歩で病院受付を目指す。かなりの規模を誇る小此木総合病院は、一般病棟から出入り口まで行くのもひと苦労だ。その分、医療機器はもちろん、コンビニや書店にカフェまで揃っており、院内だけで暮らしていけるほどだ。悠助が別れを惜しむ気持ちも少しは分かる。
――悠助の入院から退院まで、一週間。もう十二月に入った。
あのゲーム以降、海老原先輩の行方は知れない。学校にも来ず、家にも帰っていないらしい。
『彼はゲームの参加権を失いました。ゲームが続く限り、彼が再び現れることはないでしょう』
鬼贄さんは淡々と言っていたが、戸惑わずにいられなかった。ゲームに参加できないということが、イコール行方不明だなんてやりすぎだろう。
「そうでもないよ」
俺の意見を聞いて、隣を歩く悠助は平然と続ける。
「そのまま放置して、私怨でゲームの邪魔されるのは面白くないだろ」
「それにしたって、ほかにも何かあるだろ。単に力を使えなくするとか」
「敵が無力化された、ラッキー、よし殺そう。相手がそう考えるかもよ?」
「悠助」
「隔離というか、多分保護の意味合いが強い。必要な処置だと思うね、僕は」
悠助の反論が、より現実的だというのは分かる。だがなおさら、俺には分からない。本当にそうだとしたら、どうしてそんなに冷静でいられるのか。
「負けたら、次は俺たちだろ」
「負けたときのことなんか想定して戦わないさ」
「…………」
返す言葉がなかった。
悠助とは逆側を歩く一星は、何も言わない。多分、悠助と同じような見解なんだろう。
現実主義、というか。命を賭けるからこそ、常に次の戦いに備えなくてはならない。俺は一星から、ことあるごとに脇が甘いと叱られてばかりだが。悠助にその心配はないらしい。本当にこの男は、一度か二度くらい、世界を救う戦いを経験したと言われても不思議ではない精神性だ。
「前提の確認をするけど」
悠助が切り出す。早くも順応しているこの男に、この場は任せるしかなさそうだ。
「ゲームの景品にされている、勾玉? これを収集すると、一星さんはどんどん強くなるんだね?」
「元々の力を取り戻す形だ。本来の八握剣が有する八つの勾玉には、それぞれが界装具としての力を宿している」
一番最初のことを思い出す。おそらく前期のゲームで、ほぼすべての勾玉を奪われたのだろう。その状態の八握剣は刀身が錆び、とても戦える状態ではなかった。
「誠一さんが遺してくれたのが一つ、海老原戦で獲得した一つ。今は二つってこと?」
「実際には三つだ。もう一つ、機関側が確保していた物を受け取っている。もっとも――」
言いながら、一星は懐から、濁った無色の勾玉を取り出す。
その勾玉は、ほか二つと形こそ同じものの、輝きには雲泥の差があった。
「敵の手によるものだろう、封印が施されている。解呪の手立ては現状ない」
口惜しいがなと、一星は勾玉を握りしめ、再び制服のポケットに戻した。
「一格はどう思ってるの? このゲーム」
「曖昧な質問をよこすな」
「おかしいんじゃない? ってことさ」
悠助の問い掛けに、首を傾げるしかない。
おかしい、などと言われても。殺し合いをゲームと称すること自体がおかしいのだ。理解が及ぶはずもない。
「なんで勾玉を景品にしてるの? ってこと」
「そりゃあ、ゲームだからだろ。ステージクリア報酬みたいな」
悠助の言いたいことも分かる。ゲームの報酬で経験値を獲得してレベルアップ、それは確かにゲームらしい。でもよくよく考えれば、わざわざ相手にパワーアップアイテムを渡している訳だ。塩を送るどころの話じゃない。負けなければいいと言ったって限度がある。
でも、あのゲルトならば、それも普通のことではないか、と。今はそう思えてならない。ゲームバランスのためなら、自陣営が不利になることすらいとわない。あれはそういう人間なんだろう。
「そうだね」
俺の考えを聞いて、悠助は顎に手をやりながら頷いた。
「あながち間違いではないとは思う。それにどうやら、勾玉を取り込んだ敵――擬獣だったかな――は、数段強化されるらしい。勝つための戦術として組み込み、そして報酬としての役割も果たしている。自然だ、すごく自然。それが僕には、すごく不自然」
「は?」
「そういう風に、納得『させられている』気がしてならない。そんな感じがするんだ」
根拠はないけどね、などと。終始思案顔の悠助は最後に付け加えた。
悠助には覚えがあるのだろうが、俺には心理戦の駆け引きみたいなことは一切できない。そんなことを相談されても困るのだ。
「敵の狙いがどうあれ」
そう言って、一星が話題に乗ってきた。
「神剣たる八握剣を玩弄する愚挙には目眩すら覚えるが。勝てば返すというのならば是非もない。どのような裏があろうが関係ない、その謀略ごと斬って捨てる。八握剣を侮った罪は、身をもって償わせてみせる」
憤懣やるかたないといった風に、一星は吐き捨てた。一星らしいシンプルな結論だろう。そうして迷わずに自分を通し、そして通しきってしまうのが、一星の持つ美点の一つだ。
「まあ、聞いてみないことには分からないか」
いったんオーケーと、悠助は陽気に人差し指と親指で丸を作ってから、続ける。
「じゃあ今度は仲間の側ね。これも一格に聞いた方がいいのかもだけど」
なんだ、と悠助に先を促す。
「何か含みがあったと、一格は感じたわけだよね。その、ツナシさん、鬼贄さんに。それはどういう? まあ一格のことだから、全身包帯姿の女性が隠し事してないわけがない! くらいのことだとしても驚かないけど」
「驚けよそこは」
そんな失礼な理由で、初見の相手を疑うものか。いくらなんでも馬鹿にしすぎだ。
「でもな悠助。その包帯のこともさ、結局何も話さなかったんだよ、あの人たちは。こっちからは聞きにくい話題だろ? あっちも話したくないのかもしれない。でも、腹を割って話そうってときに、そういう遠慮は壁になるんだよ。本気で仲間になろうってんなら、信頼関係を築かなきゃならないんだ。お互い、話したいことだけぶつけ合って、じゃあ一緒に頑張りましょう、なんて虫が良すぎるだろ」
それだけじゃない。一見親切で、味方であることもたぶん間違いない。でも、どこかで一線を引いている感じがした。一星があんな態度をとったなら、あっちは怒って良かったんだ。参加人数が限られるこの状況で、味方の分断に頓着がなさすぎた。それが文字通り命取りになる、そんなことは分かっているだろうに。
「なにかあるね、確かにそれは」
今度も悠助は、意外なほどすんなり納得した。
「保険をかけた方がいいね。と、こういう会話も筒抜けだったりするの?」
「案ずるな。そこは釘を刺しておいた。盗聴は許さない、魔本の加護も一格のみでいいと」
「うん。じゃあ、僕もいいや」
悠助にさらっと言われて、一瞬意味が分からなかったが。
「いや。その加護って、相手の奇襲とか避けられるらしいぞ。一星はともかく、お前だって必要だろ」
「要るのかな? そんな無法なことをする奴が、わざわざゲーム形式の勝負なんか仕掛けてこないと思うけど」
「それは……」
「それに、海老原戦では通信も切られちゃったんでしょ。加護と言ってもどの程度のものだか」
疑わしいものだ、と。そう言われてしまうと、唸るしかなくなる。
「逆に言えば、一格の方が不用心すぎるでしょ。壁を感じるとか疑いながら、その力には縋ってる」
「ま、まあ……」
「落とし穴を警戒しているくせに、ろくすっぽ足元も見ずに進んでる。腹に一物ある人間からしたら、実に罠にかけやすい相手だよ」
「悪い……」
なんとも肩身が狭くなる。覚えのある感覚だ。確か中学時代、仲間内でボードゲームに興じたとき、組んだ悠助に散々ダメ出しされたことがあった。まさにあの再現だ。
「そこは切り分ける」
一星が、有無を言わさぬ口調で切り出す。
「あの鬼贄某が疑わしいのは事実。だが、当面敵になることはあるまい。最悪の事態にのみ備え、まずはVAXなる敵の殲滅に全力を注ぐ。異論はないな?」
また男二人、黙って頷いた。
一星は案外、リーダー向きかもしれない。疑心暗鬼で身動きが取れなくなりそうな気配を即座に断った。それが吉と出るか凶と出るかは、現段階では分からないが。分からないからこそ、この段階で判断を下すのは、誰にでもできることじゃない。
いや、多分。真実がどうあれ、自分の選択を過ちにはしないと。そういう決意、あるいは意地が、彼女にはあるのだろう。
「一格」
不意に呼ばれて、返事もなしに一星を見る。
一星は、少しだけ和らいだ視線で、俺を見上げていた。
「私とて、お前を助けてくれた者を敵だなどとは思いたくない。お前の実直さは美徳だ。努々(ゆめゆめ)、そのあり方を損なうな」
「ーーああ」
本当に。一星は、立派な人だ。
後
「ん?」
病院のロビーに到着し、悠助が最後の手続きを済ませたところで、見知った人物を見かけた気がした。
「どうしたの? 一格」
「あっちの通路って、外来病棟の方だよな。たぶん、光永会長だった」
へえ、と悠助も視線を投げたが、もう会長の姿はなかった。土曜の開院日だから人の往来が多く、向こうもこちらには気付かなかったのだろう。
「会長もお仲間なんだっけ。あの人も海老原戦で怪我を?」
「してたけど、お前ほど大事じゃなかった。怪我の経過観察とかかな。挨拶くらいしていくか」
「もうバス来てるよ? 今から一時間待ちは流石にしんどいな」
確かに、待ち時間を減らすため、タイミングを見計らって出てきたのだ。俺はともかく、一星や退院したばかりの悠助は、すぐにでも帰りたいはずだ。
「一星」
意図を説明しようと、一星に向き直る。
一星は片手で制止するような仕草を見せ、
「手筈通り、ロアジで待っている。一時間遅れで追いつけるな?」
「ああ」
ありがとう、と。何でもなさそうな顔の一星に礼を言った。
「悠助も、悪いな。一星を頼む」
一方で、やれやれといった風に肩をすくめた悠助にも声をかけた。
「他人の心配もいいけどさ、自分の心配もしてくれよ。君一人のときにゲームが始まりでもしたら、僕ら助けてあげられる保証ないよ?」
「ああ、なるべく早く合流する。ほら、急がないとバスが出るぞ」
そうして、二人は正面入り口から出て行った。
さて、どうしたものか。
会長を追ってもいいが、どこに行ったのかは定かではない。それに、用もないのに院内をウロウロするのは褒められた行為でもない。ただでさえ、静かなのにどこか慌ただしい、部外者お断りといった空気が詰まった場所だ。兄さんの件で迷惑をかけたこともあるし、大人しく待っておいた方が無難だろう。
そう思って、エントランスを見渡した。
出入り口と、正面の総合受付の間には、いくつかのロビーチェアが整然と並んでいる。淡いピンク色の座面と背もたれを持つ椅子が四脚一組で繋がって、ソファのような姿になっている。利用客は多いが、疎らに空席もある。
年配の利用者も多い。この利用状況なら、若者が一席占有するのも気が引ける。一時間程度、立ったまま待とうーーと、考えたところで。
「ん?」
「あっ」
目の前に座っていたボブカットの少女と、完全に目があった。
秋冬ものらしい落ち着いたピンク色のワンピースに身を包み、暖かそうなボアジャケットを両腕で抱えている。身体の線が出にくい服装だが、一星と同じかそれ以上に華奢なのが見て取れる。
それは見間違える余地もなく、確認する必要性もなく、自信なさげに視線を落とした、その少女はーー
「折鶴さん?」
一星と同時に転入してきた『折鶴 美優』、その人だった。




