TVIR&GNXR 1
音声会議を開始し、待機中だった参加者を招いていく。一人一人手動でやるのも面倒だと思ったが、万一招かれざる接続者がいれば、ブロックしなくてはならない。自動で判別できない以上、必要な手間と考えるしかなかった。
待機者は四人――ヨアヒム、パメラ、リーザ、クララ。そして俺自身であるゲルトを加え、参加者は五人。ジムゾンが不参加なのは聞いていたが、フリーデルについては事前連絡なしだ。協調性もなく嘆かわしいことだが、予測できていたことだ。いちいち気にするのも億劫である。
「時間だ。会合を始め――おい、喋らないならミュートにしておけ。誰だ、周りで選挙カー走ってる奴」
開始を宣言しようとした矢先、どこからか選挙の街宣らしき音声が入ってきた。明瞭ではないが、人名を連呼する声がはっきりと這入り込んでいた。
知らず溜め息が漏れる。音声通話時の周囲の音から、身元の特定に繋がることもある。今回であれば、候補者名から選挙区が割れるばかりか、選挙カーの現在地から対象の住所まで筒抜けになりかねない。リテラシーが足りないと言わざるを得ない。
『まあまあ〈ゲルト〉。そう目くじらを立てなくとも。誰しも失敗はあるものさ』
そう反応したのはヨアヒムだったが、その声にはいつになくノイズが多かった。
『貴方こそどうしたの、〈ヨアヒム〉。喋りすぎてマイクを壊しでもした?』
『相変わらずだね〈パメラ〉。残念ながらそうじゃない。ちょっと出先でね、ケータイから通話に入っているから、きっとそのせいで音質が悪いんだ。いつもの画面も見えていないから、参加者も分からないんだけど。今日は誰がいるの?』
参加者一覧を読み上げると、ヨアヒムは『うわあ、減ったねぇ』と笑った。
『ということは、〈ディーター〉君は無事失格、というわけだ。そうか、負けると人がどんどん減っていってしまうんだね。寂しいもんだ、次はきっと勝とうぜ』
などと、鼓舞するような言葉を並べるヨアヒムだが。日頃の言動から、揶揄するような気配が滲んでしまうのは自業自得だった。
『そう。敗戦の弁の一つも聞きたかったけれど』
『厳しいことを言うね、パメラ。ほとんど結果は見えていただろう。彼じゃ八剣 一星には及ばない。そんなの、誰の目にも明らかだったろうに』
ヨアヒムの言うとおりだった。
正直言えば、ディーターに掛ける期待は一キロバイトほどもなかった。新しいゲームシステムの試運転と操作確認、それから相手の出方を見ること――それ以上の成果は望んでいなかった。前期のゲームで稼いだ一人分のアドバンテージもあったし、まさしく予想の範囲内の犠牲だった。
『いや。厳しいのではなく、優しすぎるのかな。パメラ、君は彼を嫌っていると思っていたけど』
『勝手に決めつけないで。一言謝らせたかっただけ』
それ以上はどうでもいいわ、と。パメラはすねたように言い捨てた。
『まあ、それはともかく』
妙な間があったのち――ミュートで笑っていたのではないかと予想するが――ヨアヒムが切り出した。
『相手方もいよいよフルメンバー、こちらと人数も並んだわけだ。ああそうそう、僕はまだよく知らないんだけど、最後の一人っていうのは誰だい? ゲルトは知っているんだろう?』
そんなことを、この男は、普段と変わらない白々しい調子で言ってきた。
「和知 悠助という高校生だ。野宮 一格の旧友」
そう告げると、ヨアヒムは『へえ』とだけ返した。また何か、皮肉の一つも言うのかと思ったが、それ以上の追求はなかった。
『その実力のほどはさておき、問題は野宮の方だ。かの誠一の弟君は、まだ能力を発現させていないのかな?』
そうだ、と答える。対戦相手の能力事情については開示しない方針だが、その点については既知の情報だった。
『そう。結構発破を掛けたつもりだったのに、随分とのんびりしているもんだ。ディーター君ももう少し、追い込んでくれたらよかったのに』
残念だよ、と。そう零すヨアヒムの声は、普段とは打って変わって、冷たさを隠そうともしなかった。
「とは言え、野宮も参加者、それは通知済み。機関も無策ということはないだろう。遠からず、戦力として仕上げてくる」
『遠からず? 悠長なことを言うね、ゲルト』
ヨアヒムが心外そうに言った。
『君のゲームメイクは信頼しているけど。まさかRPGの魔王よろしく、勇者一行のレベルに合わせた刺客を送ろうだなんて、そんなこと考えてないよね?』
「それも一つの王道だ。奇をてらうのも結構だが、クソゲーを作るつもりは毛頭ない。片方に勝ち目のないゲームに存在価値があるか?」
ないね、とヨアヒムが言う。特に食い下がることもなく、用意されていたかのような即答が返っていた。
『それが君のポリシーだというのも理解しているよ。ジムゾンも了承しているんだろう? 多少こっちの不利があったって、飲み込まざるを得ない』
「いかにも不服だと言いたげだ。言っておくが、その程度の不利は跳ね飛ばしてもらわないと困る。あいつらにも、そしてお前達にもな」
要はバランスだ。
実力差が物を言う、それ以前の話だ。
勝ち目はどちらにもあるべきだ。その上で内容は精査され、勝敗が決まる。
先日のゲームは俺たちの負けだ、間違いなく。だがそれは、ディーターがやらかしたというより、機関側が上手だったというのが俺の評価だ。立ち回りが上手く、それぞれが適切に動いた。恐らく、一人欠けただけでも、結果は大きく違っただろう。
『であれば。どうだろう、ゲルト』
ヨアヒムはもったいぶって、ひと呼吸入れてから、
『次は僕に任せてくれ。ゲーム内容も考えてあるし、君が言うところのバランスも十二分に考慮した。ようは、ほとんど一般人の野宮が出張るから、こちらのペナルティが増えるんだろう』
確かに、それはあるだろう。一般人と大差ない性能の参加者が、かえって場をかき乱している。それ自体は大局に影響を与えるものでなかったとしても、存在自体を無視はできない。ゲームバランスを考慮して、こちらが不利になるルールが課されるのは必然だろう。
『合理的に考えよう。潰しやすいところから潰すというのも理に適った作戦だ。八剣 一星を倒せばほぼゲームセット、だからといって、馬鹿正直に彼女だけを狙う必要もないってことだ』
『それは』
舌のノリだしたヨアヒムの、言わんとするところを察したのだろう。パメラが不満げに口を挟んだ。
『それは倫理にもとるわ。弱い者いじめしてまで勝ちたいの? ヨアヒム』
『逆に聞くけど、勝ちたくないの? 無様だろうが倫理にもとろうが、勝たなきゃ意味がないでしょう。明らかな弱点で、潰せばリターンも大きい。それが分かっていて、弱い者いじめはかわいそうだから放っておこうって? ねえゲルト、そういうのを舐めプって言うんじゃないのかな』
ヨアヒムは、いつになく辛辣だった。普段はもう少し遊びのある奴だったはずだが、今回は違うようだ。
らしくないと言えば、ディーターを救出に出向いたあのときもらしくなかった。何かの要因で、これまでのヨアヒムの印象とは違う行動を取っているように思えてならない。
こいつ、一体何を、苛ついているんだ?
『言いたいことは分かったわ、ヨアヒム。否定もしない。貴方の言っていることは多分正しい。いま、真に討つべきは、八剣 一星の前に、野宮 一格。それを認めた上で、そうはならないということを、私は貴方に告げなくてはならないわ』
パメラは、静まりかえった通話内で、誓うように言った。
『次は、私の番だから』




