1-9 音で繋がる
今回は骨組みはすぐ出来ましたが、推敲に時間がかかりました。
リハビリが始まって、十日ほど経ったある日。
看護師のバイタルチェックが終わると、入れ替わりで綾香が病室に入ってきた。
ほほ笑みを浮かべ、蓮の顔を見るなり「おつかれさま」と小さく手を振る。
蓮も身体を起こしてから軽く手を上げた。
綾香は椅子に腰を下ろし、膝の上で指をそろえながら顔を傾けた。
「ねえ蓮くん、最近、ラジオ聴いてる?」
「あ、FMオオルリとか?」
「うん。最近は忙しくて聴けてなかったでしょ」
「確かに、そうだね。久しぶりに聴きたいな」
「イヤホン持ってきたの。ちょっと聞いてみようよ」
地元コミュニティ放送局のFMラジオを聴いて、翌日に綾香と会話することが、以前の蓮の日課だった。
朝に制服の襟を整えながら、あるいは夜に勉強をしながら、いつも流してさいた馴染みの音だ。
けれど入院してからというもの、身体の変化や将来への不安で頭が一杯になり、耳に音を入れる余裕もなかった。
自分でも気づかないうちに、その習慣がどこか遠くに行ってしまっていたのを思い出す。
綾香がスマホのアプリを開いて再生ボタンをタップする。音量を調整してからイヤホンを片耳差し出した。
イヤホンを片耳ずつ分け合い、二人で耳を傾ける。
懐かしいジングルが流れ出し、ラジオパーソナリティの澄んだ声が鼓膜を振動させた。
蓮は目を伏せて、音に意識を集中させた。
ラジオパーソナリティが街のイベントの話題を読み上げ、地域商店街のスポンサー名が軽く流れる。
綾香が囁くように呟いた。
「この人の声、素敵だよね」
「……うん。なんか、落ち着く」
「蓮くん、こういう話し方好きって前も言ってたもんね」
「綾香ちゃんにちょっと似てるんだよね」
「そ、そうかな?」
綾香はイヤホンと反対の耳を掌で押さえると、真剣な面持ちで瞼を閉じた。
ゆっくりと目を開くと、はにかみながら蓮の横顔を覗き込む。
「最近はこんな時間なかったもんね。ちょっとなんとなく時間が戻ってきた感じ、しない?」
蓮は窓の外に視線をやると、頷いた。
「するかも。外と繋がってる感じがする」
流れてきた曲に合わせて、綾香が体を揺らしてリズムを取る。
その仕草につられて、蓮も指先で同じ拍を刻む。
わずか数分、病室の中に穏やかな空気が満ちていく。
曲が終わるころ、綾香がぽつりと呟く。
「また一緒にこうやって聴こうね」
「そうだね」
イヤホンを外すと、蓮の意識は病室の静けさへと引き戻される。
けれど胸の中には、確かにさっきの温かさが残っていた。
蓮は放送部の仲間のことを思い浮かべる。
「部の人たちは元気?」
「元気だよ。みんな今は、県大会に向けて準備を進めてる。取材とかはだいたい終わったから、4月から台本作りが本格的になると思う」
「いいな。少しだけ学校に行きたくなってきたかも」
蓮が冗談めかして笑うと、綾香は口の前で両手を合わせて何度も頷く。
「うん。蓮くんが戻ってくるの、みんな楽しみに待ってるから」
「学校のみんなの反応は、凄い不安だけどね」
「そうだよね。部のみんなはみんないい人だし、心配ないんだけど」
学校生活を送るとなると、いろいろと支障がありそうで、すべてがうまく行きはしないだろうことは予想できる。
学校以外の生活のことでも、将来の不安は尽きることがない。
しかし、今後について考えることが自然とできてきているだけで、前向きになれている表れだった。
そんな蓮の様子を見て、綾香も胸をなで下ろしていた。
蓮の退院の日も近づきつつあります。




