1-8 新しい目線
一日に2回投稿!何とか叶いました。
ほどなくして、療法士の合図でリハビリは再開した。
ストレッチを終え、蓮はゆっくりと足を伸ばすと、硬さは残るものの、以前よりも動きに迷いがなくなっている。
平行棒を握る手にも、無駄な力が入らなくなっているのが自分でもわかった。
療法士が、蓮の足さばきを確認するように横を歩く。
「いいね。動かし方が安定してきたよ。……じゃあ、あと二往復したら今日は終わりにしようか」
「はい」
蓮は深く息を吸い、歩みを進める。
意識をするたび、かすかな筋肉の震えが伝わってくる。
歩ける。ちゃんと歩けるんだ。
確信に似た感覚が心に灯る。
最後の一歩を踏み出すと、療法士が優しく笑った。
「本当に良くなってきてる。無理をしない範囲で、この調子を維持していこう」
「はい。ありがとうございます」
軽く会釈をし、蓮は用意された車椅子に腰を下ろすと背もたれに体を預ける。
さっきまで感じていた緊張がふっとほどけ、全身が沈み込むように楽になった。
ふと辺りを見渡すと、同じくリハビリを終えた様子の智也と視線が交差した。
「サクラちゃん、おつかれ」
「はい、新山さんもお疲れ様です」
「もしかしてだけどさ、サクラちゃんって、自分のこと“俺”って言ってる?」
「……はい」
「やっぱり?ちょっと珍しいよね」
「……」
智也の言葉に、胸の奥がわずかにざらつく。
自分の想像よりも女性的な顔立ちに変化しているだろうことは、頭では分かっていた。
であるならば、そういう反応をされるのが普通なのだろう。
けれど今の蓮は、心が音を立てて軋むのを誤魔化せるほどの強さはなかった。
「ごめん、気に障ったかな?」
「あ、いや、別に何でもないです」
少し苦みの混ざった言葉だったが、智也は納得しているような様子で頷いた。
「ふうん、そっか。いいね」
「何がですか?」
「そのギャップ、悪くないよ。なんかサクラちゃんらしい」
智也のその自然な言い方に、不安が頭をよぎる。
気づけば、上目遣いで睨みつけるような格好になっていた。
「……俺の何を知ってるんですか?」
「え?いや、変な意味じゃないよ。ぽいなって思っただけ」
牽制をあっさり受け流され、ほっとすると同時に、申し訳なさが込み上げてきて、蓮はうつむいた。
先ほどは、事情を知られているのではないか、という疑いが頭をよぎったが、そんなことはあり得ないとすぐに思い直した。
「……ごめんなさい」
「いや、俺の方こそ急に踏み込みすぎたよ。ごめんな」
「いえ、その……本当に……」
「いいって。理由があるんだろ?俺の事が信用できるようになったら、サクラちゃんのこと色々教えてくれよ」
軽くウインクを添えて、智也は空気を柔らかくほぐした。
真面目さと軽さの切り替えが唐突で、蓮はその緩急の強さに翻弄されつつも、どこか救われてもいた。
智也は、ふと蓮の髪を見つめるように視線を上げた。
「なあ、サクラちゃん」
「はい?」
「今度、髪、俺にセットさせてよ。うちの親が美容室やっててさ、俺も美容の専門行ってるから、ちょっと腕には自信あるんだ」
「えっ、イヤです」
即答した蓮に、智也は眉を下げて苦笑した。
「疑ってる? 本当だって。女の子のヘアアレンジ、得意なんだ。報酬はデート1回でいいよ」
「そうやって、平井さんの事も口説いてるんですか?」
蓮がカマをかけると、鋭い指摘に智也が驚く番だった。
「うわっ!どっかで聞かれてた?」
「盗み聞きしたわけじゃなくて、聞こえてきたんです」
「もしかして、サクラちゃんってば嫉妬?」
相変わらずな反応に、蓮が目を細くすると、フォローにならないフォローをつけ加える。
「安心してよ、サクラちゃんが一番だから」
「何言ってるんですか」
「冗談だって。そもそもあの人とは昔からの知り合いなんだ」
「……へえ、なるほど」
「それに、男だったら美人は口説くのが礼儀でしょ」
「そういうこと言うと、信用なくしますよ」
「今の、笑うところ」
智也が自分の口に指先で弧を描くと、軽く合図を送るように笑う。
促されるように、蓮も苦笑した。
女性扱いに戸惑いは強い。
けれど智也にとってこれは特別扱いではなく、誰に対しても等しく接する距離感なのだろう。
その気安さが、戸惑いを完全には消せないまでも、どこか息をつきやすくしてくれた。
そんな空気の中で、蓮は、自分自身が女性として見られていることを、改めて強く意識した。
受け入れるにはまだ早い。
けれど、その事実を拒む力が少しだけ弱まっていた。
智也は悪い人ではありません。




