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佐倉蓮の変わらない日常  作者: 八千三百
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8/13

1-8 新しい目線

一日に2回投稿!何とか叶いました。

ほどなくして、療法士の合図でリハビリは再開した。


 ストレッチを終え、蓮はゆっくりと足を伸ばすと、硬さは残るものの、以前よりも動きに迷いがなくなっている。

 平行棒を握る手にも、無駄な力が入らなくなっているのが自分でもわかった。


 療法士が、蓮の足さばきを確認するように横を歩く。


「いいね。動かし方が安定してきたよ。……じゃあ、あと二往復したら今日は終わりにしようか」


「はい」


 蓮は深く息を吸い、歩みを進める。

 意識をするたび、かすかな筋肉の震えが伝わってくる。


 歩ける。ちゃんと歩けるんだ。


 確信に似た感覚が心に灯る。

 最後の一歩を踏み出すと、療法士が優しく笑った。


「本当に良くなってきてる。無理をしない範囲で、この調子を維持していこう」


「はい。ありがとうございます」


 軽く会釈をし、蓮は用意された車椅子に腰を下ろすと背もたれに体を預ける。

 さっきまで感じていた緊張がふっとほどけ、全身が沈み込むように楽になった。


 ふと辺りを見渡すと、同じくリハビリを終えた様子の智也と視線が交差した。


「サクラちゃん、おつかれ」


「はい、新山さんもお疲れ様です」


「もしかしてだけどさ、サクラちゃんって、自分のこと“俺”って言ってる?」



「……はい」


「やっぱり?ちょっと珍しいよね」


「……」


 智也の言葉に、胸の奥がわずかにざらつく。

 自分の想像よりも女性的な顔立ちに変化しているだろうことは、頭では分かっていた。

 であるならば、そういう反応をされるのが普通なのだろう。

 けれど今の蓮は、心が音を立てて軋むのを誤魔化せるほどの強さはなかった。


「ごめん、気に障ったかな?」


「あ、いや、別に何でもないです」


 少し苦みの混ざった言葉だったが、智也は納得しているような様子で頷いた。


「ふうん、そっか。いいね」


「何がですか?」


「そのギャップ、悪くないよ。なんかサクラちゃんらしい」


 智也のその自然な言い方に、不安が頭をよぎる。

 気づけば、上目遣いで睨みつけるような格好になっていた。


「……俺の何を知ってるんですか?」


「え?いや、変な意味じゃないよ。ぽいなって思っただけ」


 牽制をあっさり受け流され、ほっとすると同時に、申し訳なさが込み上げてきて、蓮はうつむいた。

 先ほどは、事情を知られているのではないか、という疑いが頭をよぎったが、そんなことはあり得ないとすぐに思い直した。


「……ごめんなさい」


「いや、俺の方こそ急に踏み込みすぎたよ。ごめんな」


「いえ、その……本当に……」


「いいって。理由があるんだろ?俺の事が信用できるようになったら、サクラちゃんのこと色々教えてくれよ」


 軽くウインクを添えて、智也は空気を柔らかくほぐした。

 真面目さと軽さの切り替えが唐突で、蓮はその緩急の強さに翻弄されつつも、どこか救われてもいた。


 智也は、ふと蓮の髪を見つめるように視線を上げた。


「なあ、サクラちゃん」


「はい?」


「今度、髪、俺にセットさせてよ。うちの親が美容室やっててさ、俺も美容の専門行ってるから、ちょっと腕には自信あるんだ」


「えっ、イヤです」


 即答した蓮に、智也は眉を下げて苦笑した。


「疑ってる? 本当だって。女の子のヘアアレンジ、得意なんだ。報酬はデート1回でいいよ」


「そうやって、平井さんの事も口説いてるんですか?」


 蓮がカマをかけると、鋭い指摘に智也が驚く番だった。


「うわっ!どっかで聞かれてた?」


「盗み聞きしたわけじゃなくて、聞こえてきたんです」


「もしかして、サクラちゃんってば嫉妬?」


 相変わらずな反応に、蓮が目を細くすると、フォローにならないフォローをつけ加える。


「安心してよ、サクラちゃんが一番だから」


「何言ってるんですか」


「冗談だって。そもそもあの人とは昔からの知り合いなんだ」


「……へえ、なるほど」


「それに、男だったら美人は口説くのが礼儀でしょ」


「そういうこと言うと、信用なくしますよ」


「今の、笑うところ」


 智也が自分の口に指先で弧を描くと、軽く合図を送るように笑う。

 促されるように、蓮も苦笑した。


 女性扱いに戸惑いは強い。

 けれど智也にとってこれは特別扱いではなく、誰に対しても等しく接する距離感なのだろう。

 その気安さが、戸惑いを完全には消せないまでも、どこか息をつきやすくしてくれた。


 そんな空気の中で、蓮は、自分自身が女性として見られていることを、改めて強く意識した。


 受け入れるにはまだ早い。


 けれど、その事実を拒む力が少しだけ弱まっていた。

智也は悪い人ではありません。

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