1-7 新山智也
新キャラです。
蓮は歩行練習の一区切りを終えるとベンチに腰を下ろした。
ふくらはぎにじんわりと疲労が溜まり、足先にかけて薄い痺れが残る。
事故の怪我はほとんど無いはずなのに、身体がふわりと浮いているような落ち着かなさが残り、いまだに動作はしっくり来ない。
自分の身体が、まだ自分の命令に完全には従っていないことを突きつけられる。
呼吸を整えようと、胸に手を当てて数回ゆっくり息を吸い込む。
感覚がわずかに異なるのは、バランスが変わったからだろうと医師には説明された。
しかし、理屈では理解していても、「慣れる」という実感は追いつかない。
大丈夫。焦らず、ちょっとずつでいいんだ。
蓮は、自分自身にそう言い聞かせるも、小さな違和感が、否応なく変化した身体を意識させた。
ペットボトルの水を手に取ろうとしたとき、隣のストレッチ台のほうから、軽く弾むような声が飛んできた。
「ねぇ、そこのキミ」
蓮が反射的に顔を向けると、そこには少し年上に見える青年がいた。
肩まで届きそうなやや長い髪を後ろで軽くまとめ、両腕はリハビリウェアの袖を肘まで大胆にまくり上げている。
片足には固定具がついているけれど、その存在を忘れさせるほど表情は朗らかで、痛みの気配を感じさせない。
余裕のある姿は、周囲の空気さえ明るくするような雰囲気をまとっていた。
蓮がまじまじと見つめていると、青年が首を傾げる。
「どうした?」
「あ、いいえ。すみません」
不躾な視線を送ってしまったことを謝罪すると、青年は大げさに反応する。
「いいよ。俺がイケメンすぎて、見惚れちゃったんだろ?」
青年の反応を見た瞬間、先程のことが頭をよぎった。
この声。
廊下から聞こえてきた、平井と話していた声と同じだ。
あのときは姿を見ることができなかったが、こうして実際に目の前にすると、妙に納得する。
あの軽い口調と、どこか人懐っこい印象を与える様は、まさに声から想像していたとおりだった。
「冗談だって、なんか反応してよ。俺は新山智也。キミの名前、聞いていい?」
距離の詰め方が急で、しかし絶妙に嫌味がない。
蓮は戸惑いながらも答えた。
「佐倉です」
「サクラちゃん、ね。よろしく」
智也はにやりと笑った。
その笑みは、挑発するようでいて、どこか無邪気な少年のようにも見える。
「な、なんですか?」
蓮は思わず眉をひそめると、警戒心を強くしてそう一言だけ返す。
智也は肩をすくめて軽く手を振った。
「待った待った、怪しいやつじゃないよ。困ったことがあったら何でも言いな」
「……え?」
「リハビリの先輩が手取り足取り教えてやるから」
手をワキワキさせながらそう言う智也の言葉は、からかいと本気が半々といった様子がみえる。
反応に困って腕をさすりながら黙り込む蓮に、さらに言葉が飛んできた。
「思ったとおり可愛い反応。スタイルも良いし。これは、入院中の楽しみが増えたかな」
苦手なタイプ、かも。
蓮はどう返せばいいのか分からず、結局無表情で固まってしまう。
過去、こういう系統の友人はいなかった。
「おっと、怒った? ごめんごめん。俺ってば軽口が仕様なんだ」
「……何ですかそれ」
「んーとね。いっつも、可愛い子が好きですって正直に生きてるワケ、だから隠すのが苦手。むっつりより良いでしょ?」
軽薄なセクハラ発言はギリギリアウト、いや、もはや完全アウトではないかと蓮は考える。
悪びれないその言い方に、蓮は返事のタイミングを失った。
まともにこんなことを言う人間が本当にいるとは思っていなかった。
悠真だって冗談は言うけれど、女の子に向かってこんなことを言っているところは、見たことがない。
普通の女の子だったら、喜ぶのだろうか。
いや、殊更に警戒するような気もする。
蓮が曖昧に頷くと、智也は気にする様子もなく続けた。
「まあ、入院仲間として仲良くしようよ。サクラちゃんもどっかケガしたの?」
「……ちょっと、いろいろあって」
「そっか。悪い、無理に言わなくていいよ」
「……はい」
軽口ばかりに見えるその裏に、ふとした気遣いが滲む。
からかうようでいて、線の引き方は上手い。
智也の掴みどころのない性格も相まって、蓮は戸惑いを隠せないでいた。
智也は時計に目を向けると、軽く背伸びをして立ち上がる。
「おっと、そろそろ休憩も終わりか?」
ふざけた調子とは裏腹に、立ち上がる動きは慎重で、固定具のついた足をそっとかばうようだった。
その様子を見て、蓮はようやく相手も患者であり、平静を装っている部分があるのだと気づく。
「じゃ、行くとするか。サクラちゃんも続き頑張れよ」
智也は壁際へ移動し、療法士に呼ばれるのを待つように姿勢を整える。
励ましの言葉すら、軽い雰囲気を纏っている。
けれども、不思議と反発心は湧かなかった。
「……ありがとうございます」
蓮も次のリハビリに備えて気持ちを切り替え、小さく呟いた。
「……俺もそろそろかな」
饒舌なキャラクターは描きやすすぎる為か、筆が滑りますね。
カギ括弧ばかりにならないよう、注意を注がねばならぬ。




