2-6 一之瀬悠真は思いを語る
翌日、土曜日の昼過ぎに約束通りの時刻となった頃、佐倉家のインターホンが鳴った。
蓮は、来客を告げる音を合図にソファから立ち上がる。
足早に玄関へ向かい、扉を開けて悠真を迎え入れた。
お互いに「おう」とも「よう」ともつかない、言葉にならない挨拶を交わす。
悠真のさっぱりした様子から、部活終わりにそのまま来たのではなく、一度帰宅してシャワーを浴びてきたらしいことが窺えた。
髪は整髪料で整えられているし、春らしさが感じられる服装もまた、悠真の爽やかさを引き立てていた。
上はペールピンクの半袖ニットで、下はライトグレーのワイドパンツ。
友人宅に来るにしては少々キメすぎている感も否めないが、イイ男は服装にも気を抜かないということだろうか。
蓮もお洒落をすること自体は好きな方だが、身長があまり高くないこともあって、服を着こなす難しさを感じていた。
だからこそ、どんな服でもさらりと自分のものにしてしまう悠真が羨ましかった。
悔しいが、似合っているものは仕方がない。
むしろ、ピンクをここまで見事に着こなされると、感心するほかなかった。
一方、悠真は蓮の格好を一瞥すると、呆れたような声を飛ばした。
「そんな格好で出てきて、やってきたのが俺じゃなかったらどうすんだよ」
「別にどうもしないよ。それに悠真が来るって分かってじゃないか」
「そりゃそうかもだけど、それにしたって寝癖整えるとか、着替えるとかあるだろ?」
悠真の指摘のとおり、蓮の格好はとても褒められたものではなかった。
午前中の運動のために、寝間着からジャージに着替えただけで、髪も寝癖がついたままで、ろくに整えていない。
「まあまあ、ウチらの仲でしょ?それに悠真が格好つけ過ぎなんだよ」
「言ってくれるねえ。高校生にもなったんだから少しはカッコつけないとだろ?」
「俺だって、来るのが悠真じゃなければもう少し気を使ってたよ」
「おいおい、せっかく退院祝を持ってきてやったってのに、そりゃないぜ」
悠真が目線の高さまで掲げた紙袋には、近所で評判の焼き菓子店のロゴが見えた。
「おっ、悪いね。ありがとうございます」
蓮は紙袋を素直に受け取ると、リビングで外出の支度をしていた明美に渡した。
悠真と明美も二三言葉を交わす。
そのまま、蓮は廊下を抜け自室へと向かい、悠真も慣れた足取りで後に続く。
蓮の部屋へ入ると、悠真は入り口付近で腕を組み、室内を見回した。
「部屋は変わってねーな」
「そんなに長い入院じゃなかったし、戻ってから二日しか経ってないからね。それに部屋を変えなきゃいけない道理はないでしょ?」
「それもそうか」
一拍置いてから、悠真は蓮を見た。
「……で、要件はなんだ?」
悠真らしい単刀直入な質問が投げかけられる。
蓮は答えを詰まらせた。
どう切り出したものかと逡巡していると、トーンを柔らかくした悠真が言葉を変えて尋ねる。
「お前から誘ってくるなんて、そう無いことだし、なんかあったんだろ?学校の事か?」
話す前から用件を言い当てられ、重たくなっていた口も幾分か軽さを取り戻す。
「よく分かったね」
「そりゃ分かるだろ。身体の心配事は医者とか親に相談してるだろうし、今のお前が考えてそうなことで、オレを呼ぶとしたら、学校の事くらいしかないってな」
「確かに、言えてるかも」
「ああ。それで……なんか問題でもあったのか?」
「正直、不安なんだ」
蓮は、深く息を吸った。
「前の俺を知ってる人たちに、今の俺のことを伝えたら、どんな反応をするのか。ちゃんと受け入れてもらえるのか。それに、学校でどう過ごしていけばいいのか……」
一度話し出すと、言葉は思っていたより簡単に出てきた。
「昨日、両親とも話したんだけどさ……西高に戻るか、転校するか、通信制にするか。選択肢は他にもあるって」
悠真は口に手を当てて眉を寄せる。
「マジで言ってるのか?」
「冗談言ってるように見える?」
「見えねえけど……じゃあ、学校を辞めるのも考えてるってことなのかよ」
蓮はベッドにどさりと腰を下ろし、目を閉じて首を横に振った。
「分からない」
「分からないってお前……」
「すぐに答えが出るほど簡単な問題じゃない。だから悠真を呼んだんだよ。ねぇ、俺はどうしたらいいと思う?」
「……」
「ほら、分からないでしょ?」
口にしてから、蓮は自分の言い方に後悔した。
我ながら性格の悪い質問だ。
自分でも答えを出せていないくせに、相談相手に答えを求めておきながら、八つ当たりのような真似をしている。
悠真は黙ったまま、視線を落としていた。
いつもなら迷わず言葉を返してくるのに、今は何かを考えるように口を閉ざしている。
やがて、何度か口を開きかけては閉じ、ようやく顔を上げた。
「……俺は、戻ってきてほしい」
「え?」
「だから、学校に戻ってきてほしいんだよ」
思いがけない言葉に、蓮は目を瞬かせた。
「それ、答えになってないじゃん」
「なってないな」
悠真は困ったよう頭をかいた。
「でも、俺は思ってる。お前がいない学校なんて、ってな」
それは、学校をどうするかという問いへの答えではなかった。
どうすれば蓮にとって一番いいのか、悠真にも分からない。
でも、戻ってきてほしい。
その一言に、悠真の本音が詰まっていた。
「それに、クラスのことならさ……入院中にもお前に伝えた気がするけど、みんなだってお前に戻ってきてほしいって思ってるぞ」
「ホントかよ」
「ああ。少なくとも、俺が知ってる範囲ではな」
悠真の表情に嘘を吐いている様子は無かった。
「それにな」
悠真は一歩蓮に近づくと「俺たちって、友達だろ?」と言った。
その言葉に照れくさくなった蓮は、背中がむず痒くなる。
「あいつらだって、お前の友達だ」
悠真は時々、臆面もなくこういう事を口にする。
蓮は、ゆっくりとうなずいた。
「そうだね、ありがとう」
「礼言われるようなことじゃねーって」
悠真は、照れ隠しのように視線を逸らす。
少しのあいだ沈黙が流れたあと、彼はふと思い出したように言った。
「そういや、詳しくは知らねえけど、放送部の連中も心配してるらしいぞ」
「そうだよね」
「篠原さんも心配してる。ちゃんと相談しろよ」
蓮は、その名前を聞いて頷く。
「そのつもりではあるんだけどさ、綾香ちゃんは受験勉強と放送コンの準備で忙しいし悪いかなって」
「こんな時に遠慮してる場合かよ。それに、あっちだってお前のことが気掛かりで、勉強も手につかないだろうし、早めに連絡してやれ」
「わかった。そうしてみるよ」
悠真は蓮の返答に満足そうに笑みを浮かべ、離れた位置にある椅子に腰掛けてから、腕を組んだ。
「ところでさ、蓮の中で俺は忙しくないって認識なのか?来週、大会なんだけどなあ?」
「あっそうか。ごめん大丈夫だった?」
「冗談だよ。それに今日も練習はやってきたから平気だ。……大会、見に来るか?」
「んー、悠真には悪いけど、やめとこうかな」
「ま、そうだよな。でも、地区予選は突破してみせるから、県大会は来いよ?」
「おっけー」
蓮は、首肯しながらも曖昧に笑った。
恐らくお一人で、複数話にリアクションを下さった方がいらっしゃったようで、大変嬉しく思っております。
ありがとうございます。
また、ブックマークしてくださっている皆様もありがとうございます。
そもそも、こんな作品を読んでくださっている皆様に感謝です。




